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第18話「遭遇」

「おはよ」 「おはよ」 日曜日。 彼女の自宅の最寄り駅で待ち合わせをして、久々のデートに向かう義人は何故か緊張していた。 「結局どこ行く?」 1ヶ月程度会っていなかった麻子は特に変わったところはなく、一方的に彼女が不機嫌だと言う事は明確に理解できたからだ。 「壱沿江町駅」 「え、、なんで?」 「あそこ意外と可愛い雑貨屋さん多いの。前から見たかったんだ」 会いたいと言われていたのに引き延ばしたのは義人自身である。もちろん麻子の都合のつかない日も何度かあって延期になってきたが、課題に集中する為に迷惑をかけた分は大きい。久々のデートは麻子の行きたいところへ行こうとは思っていた。土曜日の深夜までどこに出かけるか決まらず、結局当日発表された目的地は予想外の場所。 壱沿江町駅と言うのは、藤崎の家の最寄駅だった。つまり、2日程前に皆んなで訪れたあの駅だ。 (藤崎に会ったら、、まあそれはそれか) ゴトン、ゴトンと揺れる電車の中、隣に座った彼女を見る。最新型の携帯電話を手に、誰かと連絡を取っているらしくずっと画面に視線を落としている。 (話したい事、割とあったのに忘れたなあ。何か不機嫌だし、つまらん) 口から出そうになったものを抑えた。 そんな事を言ってはまた機嫌を損ねかねない。自分が悪い事も重々承知している義人は、今日に関しては何をされても麻子に対して不満を言う事をやめようと心に誓った。 隣に誰かがいる状態で携帯電話をいじられる事が彼はあまり好きではない。前までお互いに気を遣い合っていたのだが、急に早乙女麻子(さおとめまこ)の存在が自分の隣よりもずっと遠くにいるように思えた。 (そういえば、誰かに画像とか見せる時以外、藤崎ってあんまりケータイ見てないな) ふと思い出したのは、ふわりと笑う優しく無邪気な藤崎の顔。 教室にいるときも、先日家に泊まらせてもらったときも、ニコニコと人の話を人の顔を見て聞いていた。遠藤や入山は長時間携帯に集中するときは「ちょっとごめん」と言ってくれる。義人も必要以上には見ないようにしていた。それでも誰よりも周りを気遣い、それが分からないくらい自然体に過ごしているのは藤崎だろう。 (そう言うの、意外と気にするタイプとか、、?) 「ねえ、義人」 「ん?」 携帯電話を持ったまま、麻子がこちらを向いた。 「義人のクラスの藤崎くんて、モデルの藤崎里音のお兄さんでしょ?」 「え?」 まさに頭の中に思い浮かべていた人物の名前が話題に上がる。どうしてそう彼は有名なのかと義人は少し苦笑いをして返した。 「そうだよ。何で知ってんの?」 きら、と一瞬麻子の目が光る。 「昨日ね、男に彼氏とられたーって里香に言ったら、もしかして藤崎くん?て言われてさ。そうって答えたら、教えてくれた」 「ああ、里香ね。里香も友達になったから」 荒木里香はどうにも口が軽い。 藤崎の家に泊まった日、あの電話の事を麻子は里香に話し、藤崎と言う人物について里香は麻子に話したようだ。 確かに分かりやすい説明かもしれないが、藤崎と言う人物の中身をあまり知らないまま、外見と有名な親族の話や元恋人の話で紹介されるのは彼の友人としてどこか複雑な気持ちになる。 そう言うもので説明し切れないような人間だと、義人自身が藤崎を理解して来ているから尚更だった。 「私も会いたいな」 「え?」 ドク、と嫌な音がした。 咳き込みそうな程大きく胸の中が揺れる。興味津々と書き込まれているような麻子の顔に違和感を覚えながら、義人は引き攣らないよう口角をあげてみせた。 「ああ、うん。会えそうなとき、とかね?」 何を理由に会いたいのかと考えると、何か寒気のようなものがし始める。 「今度そっちの大学遊びに行くよ。友達連れて」 「は?」 「久遠くんて、里音ちゃんのブログとかに時々出てくるんだ。それで皆知っててさ、彼氏の友達なんだって言ったら、皆会いたいって」 「え、いや、でも、俺、」 紹介出来ないから。と言いたかったが、彼女に今それを伝えるよりも後で「ごめんやっぱ無理だった」と誤魔化した方がこれ以上不機嫌にはならないだろうと、一瞬でそこまで思考回路を巡らせた。 「だめ?見るだけだから」 「んー、、いい、んじゃない?聞いてみる」 藤崎には、好きな人がいる。 あんなに周りから好かれる、イケすかない余裕を持ち合わせた人間を揺さぶる程、大切にしたい子がいる。 「、、、」 女の子達にキャーキャーと囲まれている藤崎をもしその好きな人が見たらどんな気持ちだろう。 最初の義人自身のように、チャラいとか、女慣れしているとか、あまりいい感じがしないのではないだろうかと思うと、モヤモヤした煙のようなものがどんどん胸に溜まっていった。 (藤崎と好きな人の邪魔は、したくないなあ) やはり後で断ろう、とぼんやり揺れる吊り革を見上げた。 「結構歩いたな」 「どっかでお昼にしよ。私も疲れた」 「うん。入れそうなとこは、」 辺りを見回す。駅を降りて最初の方は藤崎達と歩いた道で何となく歩けたが、それも数分の間だった。その後すぐに義人は道が分からなくなり、麻子の携帯頼りに歩き回り今に至る。 藤崎の家へ向かう道から逸れ、商店街を抜けると雑貨屋や古着屋が並ぶ通りに出た。しばらく麻子の入りたい店に寄って歩き、お互い空腹が目立って来た為、昼食を取れる店を探す事になった。 静かそうなカフェを何軒か通り過ぎたが、食べると言うよりはお茶をしに行く店に見えて入る事を断念する。もうしばらく歩くと、ファーストフードの看板が一つと、パスタの店、カフェではあるが食べ物が充実している店が見えた。 (思ってみれば、けっこう良い町に住んでるよなあ藤崎って、、、あ、むかつく) 「お前って良い町住んでるよな」と言ったら、あのニヤリ顔が返ってきそうだと想像して、一瞬イラッとする。 「あそこ行ってみたい」 そんな想像を吹き飛ばした麻子の声に反応し、彼女が向いている方を向くと、パスタやサラダ、ピザ、ラザニア等が看板に載ったカフェを見ていた。 「じゃああそこにしよ」 「やった!行こ!」 歩き出した彼女に合わせて歩幅を小さくして進むと、横からぬるりと伸びて来た小さな白い手が義人の左手を掴み、指を絡めて落ち着いた。 「、、、」 手を繋ぐ必要性が、彼は未だに分からないでいる。コレと言って特別性も感じないこの行為が、義人は少し苦手だった。いつもそれが彼女にバレないよう、軽く握り返して終わりにしている。 カフェに入ると明るい窓際の4人席に案内された。店内はあまり混んではおらず、落ち着いたオレンジ色の照明が天井からテーブルを照らす。テーブルとセットになっている木目模様のしっかりした椅子に座ると、思ったより足が疲れていたのか一気に身体が重たくなったように思えた。 「何食べようかなー」 店員が水の入ったコップと一緒に持ってきた茶色いカバーのメニューを受け取り、お互いテーブルにそれを広げる。義人はランチセットを眺めながら、麻子はサンドイッチやパスタのページを眺めた。 「、、、」 「義人ってさー」 「え?」 テーブルを挟んで向こう、対面に座り頬杖をつきながらこちらを覗き込む麻子に視線を上げる。 「こういう時の会話に色気ないよね」 「え、なにそれ」 単純に嫌味に聞こえた。 「何かこうさ、これおいしそうだね、とか。ないの?」 「俺と麻子って料理の趣味合わないじゃん。付き合いたてにそれで一回喧嘩したし」 「まあ、確かに」 そうとだけ言うと、会話がなくなった。 しばらく気まずいとも思える沈黙が流れ、義人は麻子にバレないように息をつく。 彼は彼女と大学が離れても何も不安がなかった。彼女に何度か自分と同じ大学に来て欲しいと言われたが、義人が行きたいと思える学科もなかった為、静海美術大学に入学した。 そのせいかは知らないが、連絡のときの言葉遣いがキツいとき、お互いの気持ちがすれ違うときがここ1ヶ月増えている。 (、、好きってなんだろうなあ) つまらなそうにメニューを眺める麻子をちらりと見つめる。可愛らしいと思った事は否定しない。一緒にいて楽で気が合っていたのもお互い分かっていた。けれど今は、やはり何故か遠く感じる。 「私決まったよ」 「ん」 そう言ってまた携帯電話をいじり始めた麻子が、色褪せていくように思えた。 (話したいこと、、たくさんあった筈なのに) クラスはどんな感じ? 友達はたくさんできた? サークルには入る? 飲み会には行った? 課題は順調? (何かもう、疲れた、のかも) 彼女も義人に、義人も彼女に。合わなくなってきた考え方とすれ違い始めた生活に慣れ切れずお互いに当たり始めている。最早始めから、何がそんなに良くて彼女と付き合うことになったのだろうかと義人は考える。 チリン チリン 近くでドアが開く音がした。 「何名様ですか?」 「2人です。窓際の席がいいんですが」 「畏まりました。ご案内します」 「、、、ん?」 受け答えする店員と入り口付近で話しているその声は、やけに聞き覚えのあるものだった。 「あれ?佐藤くん?」 「は?」 思わず喧嘩腰になった声のまま反応すると、義人達のテーブルから少し離れて横にいるその人物と目が合った。 「藤崎!?」 「おー!あ、ごめん。デート中か」 ちらりと麻子を見てから、藤崎は義人に視線を戻して笑う。相変わらず整い切った顔だった。その隣には、何度か見た事のある顔をした女の子が無表情に義人を眺めている。 「あ、、妹さん?」 「ん?ああ、そう。里音だよ」 「わっ!もしかして、モデルの?」 藤崎の言葉に、義人よりも先に嬉しげな声で反応したのは麻子だった。 「わー。私有名なんだ」 「すっごーい。本物だー!」 里音のその言い方が、藤崎が調子に乗ったときに言う台詞とかぶる。はやり双子だ。生で見ると余計に美人で、外見はあまり似ていないが話し方や態度、表情が藤崎と瓜二つに見える。 更に驚いたのは、やはりその美しい女性の隣にいる男が、彼女に全く引けを取らない程整った顔立ちをしている事だった。 「仲いいなあ。兄妹デート?」 「あはは、まあね」 見上げながらそう言えば、困ったような笑い声が返ってくる。オリーブ色のセットアップは少しだぼついていて、藤崎の高身長とすらりとした体つきによく似合って見えた。 「よろしければお席ご一緒になさいますか?」 「え?」 藤崎達を案内していた店員の提案に、何のことだ?と義人は首を傾げる。麻子からしてみれば初対面の2人とテーブルを囲う訳がないからだ。 「あ、いえ別々、」 「一緒にしても良いなら一緒にしませんか?ね、義人」 義人が戸惑うと、麻子はどうやら興奮状態で上機嫌にそう言った。麻子との間が少し気まずいと感じていた義人は拒否したかったが、それよりも先に里音が口を開く。 「いいじゃん、一緒に食べよ。くう、いいでしょ?」 「えっ」 里音の答えにバッと義人が彼女を見ると、ニヤリと笑った顔で見下ろされる。 藤崎と同じミルクティベージュの髪は肩よりも長く伸ばしていて毛先がゆるゆると巻かれている。前髪はかき上げられ、綺麗な丸みの額が見え、輪郭はシャープで顎が小さい。長いまつ毛に所々ピンク色が混ざっているのが見えた。垂れた目の愛らしさ、小さくて形の良いふっくらした唇。可愛いも美人も兼ね備えた里音の睨みのような視線に圧倒され、う、と義人が黙り込んだ。 「彼女さんがいいならいいよね。すみません一緒に食べます」 「畏まりました。会計はお分けしますね。お水お持ちしますので少々お待ち下さい」 ガラ、と重たい音がして椅子が引かれ、麻子の隣に里音が、義人の隣に藤崎が座る。 「ごめん、邪魔して」 「いや、こっちが一緒にって言ったんだし」 もう慣れたこの距離感、位置に、何故か先程よりも義人は安心して身体から力が抜けた。 何も考えずに話せる相手がいてくれる事が心地いい。 だが逆に、麻子があれだけ興味を抱いていた藤崎と遭遇してしまった事に関しては藤崎に対して申し訳なさが浮かぶ。何事もなくこの時間が、今日と言う日が過ぎ去ってくれれば良いと考えずにはいられなかった。 「くう」 「ん?」 「くうと同じの」 「ん」 メニューも見ずに里音がそう言うと、藤崎もそちらは見ずに義人から受け取ったメニューのランチセットのページを眺めながら返す。 「おお」 「ん?」 「いや、なんか、双子すごいな」 「ああー、好き嫌い一緒だから。店来ても頼みたいもの全部かぶるんだよ」 また困ったように藤崎が笑った。藤崎自身が言っていたように中身は本当にそっくりな双子らしい。だが先程の高圧的な物言いからすると、藤崎よりも里音の方が性格の悪さが光っているように思えた。 「すごいな。言い方悪いかもしれないけど、おもしろい」 「悪か無いよ。俺も面白いと思う。でも、これが普通だからね。もう慣れた」 おかしな事に、出会い初めはあんなに嫌っていた藤崎を義人は受け入れつつあった。勿論峰岸も話しやすい友達だが、1ヶ月間同じクラスの同じグループで濃い時間を共有している事もあり、また外見から想像できない程、藤崎と言う人間の中身が真面目で芯のあるものだった事も影響して、最近ではお互いふざけ合えるくらいには距離が近づいている。 「藤崎さんて、色んなモデルさんと仕事するんですか?」 「するよー。ってゆーか、敬語いいよ。同い年、でしょ?」 「あ、うん」 「名前は?」 「早乙女麻子。まこでいいよ」 「じゃあ私も里音でいいよ」 女子同士は初対面でもすぐに会話に花が咲いた。義人は自分といるよりも良く喋る麻子を見ながら、不機嫌よりは誰かと笑ってくれている彼女に安心して、ふっと頬が緩む。 コツ 「?」 脚に違和感が走った。隣に座っている藤崎の膝が、義人の膝に当たったのだ。脚の長い藤崎が隣だとこう言う事もあるのかと考えながら、先日泊まった藤崎の家で2人きりになった寝室で起こった事が思い出されていく。 「っ、、」 あの時の、あの体温。真っ直ぐこちらを見下ろす目。義人の心臓を波打たせた全てが隣にある。当たった膝からじわじわと熱くなってくるような感覚がした。 「、、、」 けれどちらりと盗み見た藤崎は義人のそんな心中など気にもとめず、今度は麻子と話し始めている。きっと、気にする必要はないのだ、と義人はひと口水を飲んで色んな感情を流すと、当たっている膝はそのままにした。 「ご注文、お決まりですか?」 案内していた店員が注文を取りに来ると藤崎は義人にもメニューが見えるようにテーブルに広げる。 「ナスとベーコンのトマトソースパスタのランチセット2つ、、オリジナルレモネードとアイスティーで」 「、、えーと、ボロネーゼのランチセット1つ。アイスコーヒー」 「チキンサンドイッチのドリンクセットで、オリジナルイチゴミルクでお願いします」 「はい。畏まりました。お飲物の方はお食事より先にお持ちしますか?」 注文を取り終わった店員が4人の顔を見回す。 「先で」 里音がニコ、と笑いかけて最後に一言だけそう言った。 「畏まりました」 メニューを持って店員が下がっていく。その後ろ姿を見送ってから、里音がポツリと口を開いた。 「ここ、注文繰り返さないんだね」 「あー、、お兄ちゃんはアイツだけには似てほしくなかったなあ」 「は?誰?」 「滝野」 「うわ」

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