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第17話「興味」

「くーうー」 「、、んー」 「くーうーってばー!!」 「んー、うるさい」 日曜日の朝。 目を開けなくても分かる、同じ日に数分遅れで生まれて来た彼の妹の声。生まれてこのかた離れた事の無い妹は軽過ぎるくらいのその体重でドッカリと藤崎の上に馬乗りになっている。 「今日はデートするって言ったでしょ。起きて」 双子と言えど藤崎自身には自分が兄だと言う認識がある。反対に彼女からすれば自分は妹だと言う認識があった。それ故、大体藤崎が彼女のワガママに付き合わされる事が多い。 「こないだの日曜の約束破ったのりいだったけどなあ」 「はいはい。そんなんどうでもいいから、行くよ」 バシバシ、と布団の上から藤崎の胸を強めに叩く。藤崎里音(ふじさきりおん)は藤崎久遠の二卵性の双子の妹であり、彼とは似つかわしくない容姿にそっくりで少しワガママを足したような性格をした学生でありたまたまスカウトされた雑誌でお小遣い稼ぎ程度のモデルをしている。 「んー、、行くってさあ」 「ん?」 「乗られてたら動けない」 「ああ、そうか」 仰向けに寝ていた自分の上に、見事に馬乗りしている双子の妹。腹部にある程度の圧迫感を感じながら伝えると、まるで下らないものでも見るかのような目で藤崎を見下ろし、面白くなさそうに上から退いていく。 「はい、ほら。起きて」 「はいはい」 「あ、そうだ。このあいだ着てって言った服、持って来てあげたから今日はそれ着てね」 「はーいー、、りい、津田は?」 里音と同棲中の恋人である津田秋宏の名前を出すと、彼女は途端に不機嫌な顔で振り返り、寝室のドアの取手をギチリと硬く握り締めた。 「化粧濃いって言われたからフッてきた」 「はあ?今更ここに住むとか言うなよ」 少し泣きそうな顔をしてはいるが、ここで甘やかすと更に付け上がる上、せっかく始めた一人暮らしを奪われかねない。里音がいなかったからこそ先日はみんなを家に呼べたのだと、そんな考えから少し言い方がキツくなる。 「私も部屋借りる事にしたから平気」 「お金は?」 「お母さんが向こうのお金から出してくれる。ちゃんと将来返すよ」 藤崎家では学生の内は必要な出費は親が請け負う事になっている。藤崎と里音が別々に暮らす事になったのはあくまで里音のワガママと恋愛が原因である以上、彼女がここではない他の家に住むのならその家代は親が出すが将来的にはきちんと返済するシステムだ。向こうのお金、と言うのは彼らの家が持っているアパート等の家賃収入の事になる。 藤崎も藤崎で1人用のもっと安くて狭い家に引っ越さない代わりに将来的に家賃の半分×4年間分を両親に返す約束だった。 「今度遊びにきてね」 「暇になったらね。引越しは手伝う?」 「ううん。元彼とミツと滝野にやらせる」 「修羅場じゃん」 寝癖のついた髪をガシガシと左手で撫でつけながらリビングに出て行くと、朝食が準備してあった。 テレビ台の上の時計は、既に午前10時を示している。休日としてはまあまあな寝起きだった。 「ねーえ。化粧濃い?」 寝室の姿見の鏡に顔を近づけ、難しい表情をしながらそれを覗き込む。瞼を引っ張ったり、口角をグッとあげてみたり、明らかに元恋人に言われた事を気にしている里音に藤崎は小さく息をついた。 「言われた事すぐに気にする」 「だって嫌じゃない。化粧で隠さないとどうしようもないような顔してるんだって思われるの」 「それはそうだ。どれ?」 「ん」 見る人が見れば恋人同士かもしれない。小さい頃はお互いが一番お互いの理解者で、大きくなったら結婚しようと言い合っていた程、2人は仲が良い。今もお互いを一番の理解者だとは思っている。だが双子という枠が居心地よく近いだけであって、別にそれ以上変の望みも、結婚しようとか言う事も今はない。一番近い親友だった。 「あれ?くう」 「なに」 向けられた顔の頬を両手で包み込み、もちもちと柔らかい頬肉を揉みながら里音の化粧具合をチェックしていく。黒くて長いまつ毛、不思議な色のカラコンが入った大きな瞳、ぷっくりツヤツヤに彩られた唇は、どれも可愛らしい。 「好きな人できた?」 「うん」 こういった事が、口に出さずにすぐバレるくらいにはお互いの変化がよく目に見えた。 「りい、化粧濃くないよ。津田がおかしいんじゃない」 「くうはモデルの化粧慣れしてるからそう言えるよねー、、でもまあいいや!」 「ああ、それはあるね」 「くう」と「りい」とお互いを呼び合うのは幼稚園から始まった。両親がたまに彼らをそう呼んでいた為である。 「あ。弥生と別れたせいで私が弥生と仕事しにくい」 「知らんよ。大体、りいが紹介してきたんだろ。別れた後のことくらい考えて」 「めんどー」 朝食をさっさと食べて終えて、里音の持って来たお気に入りの鞄の隣に置かれている紙袋を持ち上げる。 「それね、生地も作りもすごいいいよ。着やすいし」 「ふーん、、」 「興味ないねー、ブランドとか」 「ないもんはないからね」 「あー、そう。早く着てよ」 「ん」 袋の中身を床に落とす。暗いオリーブ色のシンプルな形のセットアップと詰襟の白いシャツがラグの上に散らばった。ばさばさとその場で着替え始めると、里音は再び寝室に消え、スタスタとまたリビングに戻ってくる。 「ねえくう、しばらくヤってない?」 「ヤッてない」 手に持っている黒い皮のベルトを藤崎に渡しながら、きょとんとした顔の里音は着替え続ける兄の身体を興味のなさそうな目で眺める。 自分が話しているのに動きを止めない藤崎が気に入らないようだった。 「なんで?」 「ゴム減ってなかったから」 「あのねえ、そーゆーとこまで確認しなくて良いよ」 「確認してない。あまったやつ入れとこうと思ったら箱減ってないからおかしいなって」 「サイズ合わないよ入れないで。今は彼女いませんからね」 「ほんとはもう何人かに告白されてんでしょ」 確かに片手に持たれている金色に輝く0.01と書かれた箱を里音が振ると、カラカラと中で何個か入っている音がする。24個入りの箱だが、入っていても1個か2個くらいの軽い音だった。 「忘れた」 「されてるんじゃん」 「どうでもいい」 「他の子の断るくらいにいい子なの?」 着替え終わると、寝癖のついた髪を直そうと脱衣所にある洗面台に向かう。後ろから里音もついてくる。 「なんでそんな聞いてくんの」 「滝野がすごい騒いでた」 「あのバカは、、何か言ってた?」 「めーっちゃ可愛い子だったー!って、電話来た」 「あーもー本当にそう言うところかうざいんだよ!あのクソお喋り馬鹿野郎!!」 洗面台に置いておいたワックスで、軽く髪をいじる。ほとんど無造作でも大丈夫そうだったが、明らかに跳ね上がった後頭部だけは一度濡らしてから丁寧に乾かしてからセットを終えた。 そのまま、もう一度2人してリビングに戻って来る。 「どんな子?」 「可愛いし、美人」 里音はソファに座り、少し眠そうにしながら足をばたつかせている。 「いつものことじゃん」 「、、あと」 「?」 「男」 右手の手首に触れながら、休日に付けている時計をまた寝室まで取りに戻った。 「ああ、そう。で?」 思った通りだった。別に相手が男だろうと女だろうと、里音は気にしない。滝野もあまり気にしていなかったが、基本的に藤崎の周りの人間は性別というものにはあまり反応を示さない。性別よりも、藤崎の気持ちを重要視してくれている。 「で、って。これ以上なに言うの?」 「写真ないの?」 「ある」 「じゃあ今日は家でいいや。お昼なんか作ってね」 ごろん、とソファにうつ伏せに横になった里音が、電気を消して寝室から出てきたよそ行きの格好をしている藤崎を見上げる。 「えー、せっかく着替えたんだけど」 「じゃあ近くに食べに出ればいいし。買い物興味なくなった。くうの話し聞く日にする」 「はあ」 里音は好奇心に引かれるままに楽しげだった。藤崎は下ろしたての服で寛ぐ事もできず、結局パンツだけは一度スエットに履き替え、うだうだと午前中を家の中で過ごす事にした。

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