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【5】秘密と決意……①

 陽向がハイランド本社の廊下を歩いていると周防から声を掛けられた。 「入中、ちょっと来い」 「あ、はい」  ハイランドの本社ビルは左右に別れている。それぞれノースタワー、サウスタワーと名前がつけられ、その間には連結されたフロア――小さな庭園のようなものがあった。そのサロンまで歩いて向かう。  中に入ると、周防はガラス張りの喫煙室の中に入った。  周防は煙草を吸わない。わざわざ周囲が見渡せるこの部屋に入ったということは、ハイランド側の人間に何か聞かれたくない話があるということだ。  陽向が耳を澄ますと周防がおもむろに話し始めた。 「社員のヒアリングはほぼ終わっただろう?」 「はい」 「これから営業先のインタビューを行ってくれ」 「え? 営業先のインタビューも全て終わりましたけど……」  その結果は資料として提出済みだ。 「そうじゃない。これまでハイランドが営業をして断った、あるいは向こうから問い合わせがあって契約が成立しなかった企業のインタビューを徹底して行ってくれ」 「分かりました」  どういうことだろう。意味は分からないが周防の指示だ。  陽向は早速、過去の営業履歴を調べて、契約に至らなかった十七社にインタビューを依頼した。結果、五社からアポイントが取れ、こちらから出向いて積極的な聞き取りを行った。どの企業も口が重く、なかなか本音を言わない。陽向が諦めかけた時、一社の担当だけが真実を話してくれた。  それは、とても不思議な話だった。 「……いえね、うちはカーテン会社でしょう? やっぱり、イメージというかそういうの気にするんですよ」 「……はい」 「うちのシリーズでもあるんですよ。ご存知ないですか? 開運カラーカーテン・ワンハンドレット・スタイル」 「もちろん存じております」  元々、繊維業を営んでいたこの会社は、昭和の後期からインテリア業界に参入し、カーテンや壁紙、床材などでヒット商品を生み出して成長してきた。開運カラーカーテンシリーズは単色のシンプルな商品にもかかわらず、風水を取り入れたカラーバリエーションで現在もこの会社の主力商品だ。  陽向の実家のリビングも金運上昇に効果があるシャンパンゴールドのカーテンをつけている。ドレープを重ねると、どう見ても仏壇の中にしか見えないが、母親が喜んでいたので問題ないだろう。 「うちの社長も風水や占いが好きで、勉強もしているんですよ。だから、あのビルはちょっとね……」 「ちょっとと言うのは?」 「や、まあね、ここだけの話なんだけど」 「はい」 「ハイランドタワーの呪いってご存知ですか?」 「いえ、存じておりません」 「ハイランドさんは一流企業です。ハイランドさんが経営されているビルにオフィスを構えられたら、その企業もおのずと一流と認められます。どの会社の経営者だって、都内にあるハイランドさんのビルにオフィスやテナントを構えたいと思うものです。ですが――」  男はそこで一度、言葉を切った。 「都内にある幾つかのビルにはよからぬ噂があるんです。そのビルにオフィスを構えると業績が悪化するとか、経営者が逮捕されるような事件に巻き込まれるとか……。とにかくメリットはあるもののデメリットもある。社長の言葉だと光が強すぎるため陰の力も強いんだそうです。人の業みたいなものをあのビルは抱えているんです」 「はあ」  なんだそれ。思わず溜息のような声を洩らしてしまった。慌てて背筋を伸ばす。  そんな話は聞いたことがなかったが、目の前の男は噂を信じきっているように見える。  妙な噂のせいで本来借りてくれるはずの借主が忌避しているとしたら大問題だ。ハイランドタワーの呪いについて調べる必要がある。  陽向は会社を出た後も、歩きながら考え続けた。  誰がそんな噂を流したのだろう。  競合他社がハイランドのイメージを下げるために流しているのだろうか。だとしたら、絶対に突き止めなければいけない。ネガティブ・キャンペーンを行うような陰湿な輩は個人であろうが大企業であろうが成敗されるべきだ。  陽向はやるぞやるぞと気合いを入れた。  企業の社長というのは孤独だ。たった一人で全ての物事を決定しなければならない。その重圧は相当なものだ。だからこそ、占いや風水に嵌るものも多い。専門の占い師を雇っている会社もあるという。  そんな時はコンサルを頼ってほしい。  社長の味方、会社の味方。困った時のコンサルタントなのだ。  占いではなく、確かなデータと解決策で企業を幸せに導くのがコンサルの仕事だ。  ――ハイランドタワーの呪いは俺が祓ってやる。  陽向は早速、その話の内容を周防に報告した。

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