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【11】Long kiss ××× Sleep tight……➆

 夜中にふと目が覚める。ベッドを見ると隣に寝ているはずの周防がいなかった。不安になってドアを開けると眩い光が差し込んできた。どうしたのだろう。眠れずに起きてしまったのだろうか?  毛布を片手でずるずるしながらリビングに向かうと、奥のダイニングテーブルに周防の背中が見えた。パチパチとキーボードを打つ音が聞こえる。ふと時計を見ると夜中の二時を指していた。周防はヘッドホンをしているせいか陽向の気配に気づいていない。もし寝落ちしていたら毛布を掛けてあげようと思って来たが、何もできないまま広い背中を見つめる。  ――やっぱり、どんな時でも、仕事では手を抜かないんだな。凄いな……。  尊敬しつつ、周防の体のことが心配になった。周防が短眠タイプなのは知っているが睡眠は重要だ。健康のために短くても質のよい睡眠を取るべきだ。 「周防さん」  陽向は毛布をずるずるしながら周防に近づいた。 「周防さん?」 「へっ! わあっ!」  陽向に気づいた周防は驚きの声を上げた。  ヘッドホンを外してこちらを見る。いつもの細い目が縦に見開かれた。 「驚かせてすみません。あの……一緒に寝ませんか?」 「え?」 「こんな時間まで起きてるの、よくないですよ。俺と寝ましょう」  周防に向かって毛布の端をふりふりした。  すると突然、周防が前屈みになった。自分の胸を手で押さえながら何やらぶつぶつと呟いている。どうしたのだろう。様子が変だ。 「あの……大丈夫ですか?」 「……パジャマ姿のピヨたんが……毛布を持って……一緒に寝ようと誘ってきた。なんだこれは。夢か!」 「周防さん?」 「夢か、夢じゃないのか。妄想か、仕事のしすぎか! いや、好きすぎて、とうとう自分の頭がおかしく――」 「あの、周防さん?」 「これは……わざとなのか?」  周防は頭を抱えると、もう駄目だ昇天すると、悶絶し始めた。 「無自覚……無自覚なのか。なんて罪深い生き物なんだ……。鳩尾えぐるさんをあっさり越えてきた。俺の心臓が止まる。いや、止まった。気づかぬうちに進化して、もう心臓止めるさんだ」 「あの――」 「ああ、可愛い……尊い……」  やっぱり、仕事の邪魔をしたのがいけなかったのかなと思いつつ、勇気を出してもう一度、声を掛けてみる。徹夜は体によくない。 「目が覚めて周防さんがいないと、なんか寂しくて……だから、俺と一緒に寝てくれませんか?」  陽向がそう言うと周防がわっと飛び掛かってきた。毛布ごとお姫様抱っこされる。 「わ、わ、分かった。とにかく寝よう。ピヨたんには睡眠が必要なんだ。起きていては駄目だ。寝よう寝よう」  すこすこと寝室へ運ばれる。  周防はベッドの傍に陽向を下ろすと、シーツの皺を両手で丁寧に伸ばし、枕をぽんぽんと叩いた。ちょうど陽向の頭の大きさの窪みができる。そうやって眠りやすいようにしてくれた。もう一度、陽向を抱き上げてベッドの上にそっと促してくれる。ごろんと横になると立ったままの周防が気になった。周防は神妙な顔で陽向を見下ろしている。 「あれ、周防さんは?」 「そ、そうだな」  陽向が布団の端を上げると、隙間から周防が入ってきた。その広い胸に甘えるように顔を寄せると、周防が腕枕をしながら温かい胸の中に入れてくれた。優しく頭の後ろを撫でてくれる。  温かくていい匂いがする。  凄く幸せだ。  周防と一つのベッドで寝るようになって、実はこういうのに憧れていたんだなあと、自分の子どもっぽい恋の夢想を再確認した。周防ならこういうのも全部、叶えてくれそうな気がする。  ――ああ……幸せだな。  本当に幸せだ。  周防の匂いをすんすんと嗅ぎながら、陽向は甘い夢の中に落ちた。

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