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【番外編】スケルトン・ラブ……①

 ――おまえは今日、いいことをしたな?  もやもやした空間の中で男のくぐもった声が聞こえる。部屋が狭いのだろうか? 音の反響が酷く、声が二重にも三重にも聞こえた。  おまえはえはえは……したなたなたな……と響いている。  ――お年寄りに席を譲り、倒れている自転車を立て、野良猫の頭を撫でた。  どうして、そのことを知っているのだろう。声の正体は分からなかったが、男の言っていることは正しかった。  ――よし。おまえの優しさに準じて特別な褒美をやろう。  褒美? 何をくれるんだろう。  いいものだと嬉しいなと、陽向は期待した。  ――これは一日だけ使える能力だ。よく聞くんだぞ。効果は明日の一日だけだ。  一日だけの能力?  なんで明日だけなんだろう。  ぼんやりした頭で変だなあと思う。  ――フフフ、どんな能力か気になるだろう? 教えてやろう。フハ! おまえは今、恋をしているな。だったら、好きな人の心を読めるようにしてやろう! ハハハッ! 大事に使えよ!  ブワンと妙な音がする。もやもやの空間に男が吸い込まれて、いきなり気配が消えた。  あれ?  さっきの男はどこに行ったのだろう?  不審に思い、その姿を探そうと顔を上げたところで目が覚めた。 「ああ、なんだ、夢か……。それにしても変な夢だったな……」  耳の奥にまだ男の声が残っている。リアルな夢の残像にその幻聴が続いている気がしたが、目を凝らすと見慣れたカーテンがあってホッとした。ここは周防のマンションの寝室で間違いない。 「ふぅ、よかった。……あれ?」  体を起こしながらベッドを見ると、隣に寝ているはずの周防がいなかった。どうやら先に起きたらしい。今日は久しぶりの休日で、晴れたら近所の公園に遊びに行く約束をしていた。園内にあるアヒルボートに二人で乗りたいと、周防が目をキラキラさせながら頼んできたのだ。  ボートに乗るぐらい構わない。  お弁当を持って公園内を散歩した後、ボートに乗ろうと約束して、昨日は寝た。  時計を見ると七時を過ぎたところだった。  陽向の好きな弁当のおかずを作るために早起きしたのかもしれない。自分も何か手伝おうと思い、陽向は寝室を出た。  ダイニングに行くとキッチンの奥で作業している周防の背中が見えた。エプロン姿でフライパンを揺らしている。見慣れた光景だ。 (♪ピヨたんは俺のエンジェル~ 俺だけの天使~)  ――ん?  周防が歌を歌っている?  鼻歌のようなものが聞こえた気がしたが、歌っているようには見えない。けれど、確実に周防の声が聞こえてくる。 (♪ピヨたん ピヨたん MY LOVE) (♪ピヨたんランドは続くよ どこまでも~)  やっぱりおかしい。  周防はどれだけテンションが上がっても鼻歌など歌わない。  目の前の周防は料理に集中していて、鼻歌を歌っている様子はない。  けれど、陽向の脳内にはその鼻歌が響いていた。  ――おかしいな。俺の幻聴かな。  陽向は思い切って声を掛けてみた。 「おはようございます」 「ん? もう起きたのか」  振り返った周防が「おはよう」と挨拶してくれる。いつもの落ち着いた表情だ。  陽向は頷いてダイニングテーブルに座った。 (ああ、今日も可愛いな。毎日、可愛い。いや、毎朝、可愛い。ピヨたんの可愛いが毎日アップデートされて、俺はもう萌え死にそうだ。どこまで可愛くなるつもりだ。今日も安定の鳩尾えぐるさんだな)  急に周防の声が聞こえてドキリとする。 「昨日はよく寝られたか?」 「あ……はい。大丈夫です」 「そうか」  話す声は冷静なのに、聞こえてくる声は妙にテンションが高い。  陽向はぼんやりしながら、さっきの夢の内容を思い出していた。  あの男……夢の中の男は、確かこう言っていた。  ――おまえは今、恋をしているな。だったら、好きな人の心を読めるようにしてやろう!  もしかして、能力ってこれのことなのか?  周防の心の声が聞こえるようになった?  一日限定で?  なんでだ。なんで直接聞こえる? そして、これになんの意味がある?  訳が分からない。  そんなおかしな能力があるわけないと思いつつ、現実問題として頭の中に響いてくる声がある。自分が変になったのかもしれないが、治す方法も分からない。とにかく様子をみることにした。

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