29 / 74
【9】-2
今のままで十分繁盛しているのだから構わないだろうと言って、岩田はいつもの席に行ってしまった。
女性に飲み物を出すと、慎一が和希の前に戻ってきた。天井に視線を向けて「みるく、どうしてるかな」と呟く。
「心配?」
「うん」
思わず笑ってしまった。ペットが留守番をするのは、たぶんそれほど珍しいことではない。そう和希が言っても、ひっそりと眉を寄せたままだ。
「あんなに小さいのに……」
「意外と過保護だよね」
「だって、昼間は俺にべったりなんだぞ」
氷とお冷の入ったグラスを和希に出しながら、「そう言えば、和希、引っ越し先どうした?」と聞く。
「決めた?」
「まだ」
「じゃあさ、うちに来る?」
あまりに軽く言われて、「はあ?」と盛大に首を傾げてしまった。
「急に、何を……」
「いいと思うんだよなぁ」
にこにこと頷いている顔を呆然と見ながら、ああ、と気が付いた。
「みるくのため?」
「あー……、みるくと俺と、和希のため?」
「みるくのためだな」
「いやいや。みんなのためだよ」
いいと思うんだよなぁと、グラスを磨きながら慎一は繰り返す。昼間は自分がいるし、夜は和希がいる。和希の職場にも通いやすいし、部屋もちょうど余っているしと。
「ねぇ、考えてみてよ」
「いくらなんでも、急すぎるよ。それに、みるくのために同居してくれる人なら、ほかにいるだろ」
問題を抱えた和希と違って、慎一の場合、恋人がいないほうが不思議だ。
「彼女さんとか」
「そんなのいない。それに、俺は和希がいいんだよ」
「なんで?」
「うーん。なんでだろう?」
ともだちにシェアしよう!