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第7話

 プラウダが頭を軽く下げると、膝まで届く長いブロンドの髪がさらさらと揺れる。  白い肌にピンクに染まる頬。そして蒼い瞳を縁どる、カールしたまつ毛。まるで西洋人形のような彼女は、宝にとって理想の美少女だった。 (はぁ。めちゃかわいいよなぁ。こんな子とつきあえたらいいな)  今のいままで恐怖で指先を冷たくしていたくせに、色呆けて頬が赤くなるのが自分でもわかった。 「プラウダさま、時間がありませんよ。そろそろ戻りましょう」 「えぇ、そうね」 「あれ? 帰っちゃうの? ギアメンツ残して? 退院したら迎えに()れる?」  結城の質問にロカイが「また来ますよ」と頷いた。 (そんな簡単にこのひとたちが帰っていける世界が、この研究室の近所にあるのか……? っていうか、またこっちに来たりできるの?)  自分の代わりに宝と名乗って救急車に乗った青年が、本当にちゃんともと来たところに帰ってくれるのか、心配だ。 「なぁ、晶。……俺、うっかり乗っとられたりしない?」  不安に駆られて隣に立つ晶に訊いてみると、華奢な彼女はその薄っぺらい胸を反らして、ひとこと「さぁ?」と首をわずかに傾げた。 「宝、心配はいりません。わたしたちには善意しかありませんから」  さっと蒼ざめた宝に、プラウダが近づいてきてやさしく説明してくれる。彼女はその白い手で宝の手をとった。 「それではみなさん、そろそろ参りましょう」  すぐ目のまえでにきれいな顔ににこっと微笑まれて、宝はぽぅっとなってしまう。  背後では結城が「うっそ、やった!」とはしゃいだ声をあげていた。晶も部屋の片隅にあった大きな箱に身体を乗りいれるようにして、ごそごそとしだす。どうやら持っていきたいものを探しているようだ。 「え? 参ります?」 (彼女はいったいなにを云っているんだ? 一緒に? 参りましょう? って、えぇぇ? 一緒にぃ⁉)  なんでだっ⁉ 宝はそうプラウダに意見しようと口を開いた。しかし彼女と目が合うと言葉は出てこない。宝のなかにあったはずの彼女への反発心と猜疑心が、不思議と薄れていったのだ。 (なんでだろう。行かないといけない気がしてくる……)  彼女の(いざな)うそのさきには、とても大切ななにかが待っているような気がするのだ。    はやく俺の大切な忘れものを取りに行かないと――。  とたんに切なく痛んだ胸に、宝は狼狽えた。 「さぁ、宝、いそいで」  ましてやプラウダのその美しい指先で握られていた手を引かれてしまえば、宝は魔法に掛けられたかのように、ふらふらと光の渦巻くクリーン室へと足が向かう。 「ほんとに行ってもいいの? あのひと放っておいて大丈夫? あっ、宝が先に行こうとしてるよ、晶っ」  結城の声が遠い。 「ギアメンツのことはしばらく宝の家族に任せます。怪我が完治したら迎えにきますので、気にしないでください。それよりも、あなたたち――……」  宝が光の塊に入った瞬間、彼らの会話は聞こえなくなった。                    *                      あまりにもの光に目が(くら)んだ宝は、繋いだ手を信頼してかたく目を閉じた。  表現しがたい不思議な感覚が体内を駆けぬけていくのに、思わず「うわっ」と声があがる。 「大丈夫ですよ。粒子のより小さな星への移動ですので、水中から浮かび上がるように、宝の身体は心地よさを感じるはずです」  プラウダの声が途切れたときには、柔らかい風圧も瞼を差していた(まばゆ)さも消えてなくなっていた。  そっと目を開ける。  光の渦の中ももちろんそうだったが、いま新しく目に映る光景もまた非現実なものだった。 (いや、まだこっちのほうがマシか?)  ここは宝がテレビで見たことのある、中世の城の騎士の間に似ていていた。  漆喰の白い壁に、ところどころ絨毯が敷かれている石の床。天井には木材が格子状に張られている。目を(すが)めて奥を見てみると、格子の最奥部もまた石材であることがわかった。  作り付けの暖炉に、カーテンで仕切ることのできるベッド。窓際には小さな書斎がある。室内は全体的に簡素な雰囲気だ。  そして宝の立っていた足もとには絨毯はなく、むきだしの石床に円陣のような模様が書かれていた。 「ここは?」 「ここは神殿のなかにあるわたしに与えられた部屋です」  妹以外の女性の部屋に訪れることがなかった宝は、こんなときではあったがちょっと心をときめかせてしまう。ちなみに結城と晶の部屋は問題外だ。宝にとって彼女たちは、妹よりも女性ではない。  ほどなくしてプラウダの部屋で彼女とふたりきりというおいしいシチュエーションは、うるさい結城の声にぶち破られた。  足もとの円陣の内側がきらめいたかと思うと、そこからたちまち光が天井へと立ち上り、宝がびっくりする間もなく、結城たちがそのなかに現れたのだ。 「うっわー。すごーい。かわいー。おしゃれー。晶、ここってお城?」 「知らない。このひとたちに訊けば?」  背中にさりげなく触れているロカイの手に、晶が機嫌を悪くしている。それに気づけるのは、宝が幼馴染として晶とのつきあいが長いからだった。  晶はたいてい無表情で無口だ。めったに自ら進んで話そうとすることがない。ほっそりしたつるんぺたんな体型が少年にしか見えないのだから、せめて愛想笑いのひとつでもして、女の子らしい声くらい聞かせてくれたらいいのにと、宝はいつも思っている。  しかし下手なことを云って彼女を怒らせたときの報復が怖いので、口が裂けてもそんなことは云ったりしないのだが。 「プラウダ、待たせた。では急いでここを出ましょう」 「はい。わかりました。すぐに準備をするわ」 「えっ⁉」  プラウダが部屋のチェストを開けて衣類をまとめはじめると、ロカイは慌ただしくいちど部屋を出ていった。真剣な表情で最低限の荷物を準備しはじめるふたりに、宝はあっけにとられる。  ふつうならここは「お掛けになってください」と、イスを勧められてお茶の一杯でも飲みながら、ことの経緯を説明されるところなのではないのだろうか。  放置されて呆然としていた宝に、ロカイが気づいたらしい。彼は一瞬だけ荷造りの手を止めると、よりにもよってとんでもないことを口にした。                   

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