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第6話

「ふぅん」 「ふぅんって、晶、このひとたちだれなの? いつからいるの? おじさんたちの知りあいなのか?」 「違うよ。ここから出てきたんだよ。いくら外国で働いていたとしても、あのひとたちがこんな奇天烈なひとたちと知りあえるわけないでしょう?」   相も変わらずの冷めた目と口調で云われ、宝はついさっき彼女を心配した自分に歯噛みする。 「その星ってどこ?」 「さぁ。ここの場所がわかりませんので、答えられませんね」 「ふぅん」  晶と男の会話に「ううっ」と、床に横たわる青年の(うめ)き声が重なった。  恐るおそるそちら目をやると、黒髪の青年は苦しそうに時折その身を震わせていた。彼は腹部を怪我しているようで、着ている服にも肌のあちこちにも血がついている。  彼に膝を貸している少女は透きとおるような白い肌に蒼い瞳をしていて、動くたびにさらさらと流れる長い髪は、目を瞠るような金色をしていた。  いつのまにか黒髪の青年を介抱する彼らのあいだに、ちゃっかり結城が混ざっている。  「私の名まえはロカイだ。寝たままで失礼して申し訳ないけど、ここに横たわる彼の名まえはギアメンツ。ギアメンツはいま怪我をしていて動けないんだ。あとで彼の痛みがマシになった時にでも、ゆっくり顔を窺ってくれたらいい。彼は君と顔がそっくりなんだよ」  君、と云ってロカイは宝に微笑みかけた。 (いや、だから、にこっとされても怖いんだってばっ)  彼が云っていることは、充分にわかっているた。なぜならそのことも宝にとっては恐怖のひとつだったのだから。  本当に苦痛に顔を歪めているその青年は、宝とおなじ顔をしていた。  顔だけではない、背丈もだ。青年はまるで宝の ドッペルゲンガーだった。  ドッペルゲンガーを見た人間は、近いうちに死に至るという説がある。 (やだやだやだ。俺ってやっぱり若くして死んじゃうの? だからこいつらと関わり合いたくないんだよ)  濡れた瞳で結城と晶を()めつけた宝に、彼はつづけた。 「そして、彼女はギアメンツの妹君のプラウダ。プラウダはヒーリングができるので、こうやってギアメンツに寄り添っている。だからしばらく彼女も動けない状態なんだ。治癒が終わったら彼女にもじかに挨拶してもらったらいい。この調子なら半日ほどかかるかもしれないかな?」 「ロカイ、それは無理そうよ。ここは微粒子が鈍いです。三日はかかってしまうわ」  そう口を挟んだ彼女は、再び兄の腹に手を翳し静かに瞳を閉じた。  わずかに彼女がきらめいて見えるのは、見間違いではないのだろう。そもそも彼女の額に直に埋めこまれたような、蒼い宝石ははっきりと光を放っていた。  彼女はふつうの人間じゃない。彼らは外人どころか、地球上の人間でもないのだ。  怖い。  そう思うと涙が、またぼろぼろと零れだした。 (宇宙人、怖い。怪我とか血も怖い。このひとが死んじゃうのも怖い)  うっすらと鼻先を漂う鉄さびのような血の匂いと、床に広がっている血だまりに、宝は差し迫る生物の死を予感して戦慄(せんりつ)した。 「宝、さっきからなに泣いているんだ? 怪我人がああして(うめき)きもしないで耐えているのに、ぴんぴんしてるおまえが泣く理由がどこにある?」 「うっっ。ひっく……。だって晶ぁ……」 「そうだ! ねぇ。晶、救急車呼ばない? この間も宝が怪我したとき呼んだらすぐ来てくれたでしょ?」  手を打って、いいこと思いついたとばかりに発言した結城に、晶が面倒くさそうな顔をした。 「じゃあ、結城が電話しなよ?」 「うん、あたしがする。ロカイ、救急車呼ぶよ? 地球で走ってる便利な車。病院で数針縫ってもらったら簡単にこのひと治るよ。きっと」 「しかしこの星の文明じゃ、人種や通貨制度の違いで問題でてくるだろう?」  結城のお気軽な発言に、ロカイが至極(しごく)もっともなことを云う。 「ほら、せっかくそっくりさんなんだから、そこにいる宝になりすましちゃえばいいのよ。保険証もあるし、おじさんが支払うし問題ないよ?」  結城が、そこにいる、ひとり離れたところに立っていた宝を指さした。 「じゃあ、すまないが、私たちには時間がないのでそれでお願いする。後日なにかの形でお礼はさせてもらおう」 「まぁまぁ、そんなの気にしないで。お金は宝のお父さんが払うんだし」  ロカイに「気にしないでよ、水くさい」と云って、あはははっと笑う結城と黙然と電話を運んできた晶に、唖然となった宝の涙がようやくとまった。 (だからなんで、こいつらこんな異常な状況、ふつうに受け止めているんだ……)   こいつらがおかしいんだよな? それとも、怖いと思う俺のほうがおかしいのだろうか――?  和気藹々に目のまえで進んでいく展開に、宝は結城と晶を唖然と眺めつづけた。  ほどなく、春の嵐の喧騒に紛れるようにして、結城が呼んだ救急車のサイレンの音が、開けっ放しのラボの扉の外から耳に届いた。                    *                  その後ひどい雷雨のなかやってきてくれたありがたい救急車に乗せられて、ギアメンツはどこかの病院へと運ばれていった。  こういう時には激しい雷にびびりまくる結城や、まともなコミュニケーション能力のない晶は役に立たない。それに所詮ふたりは中学生だ。彼女たちが付き添ったところで、救急隊員も病院のスタッフも困るだろう。  そこで晶が『負傷者・上杉宝』の妹である直子を家から呼び出してきて、兄が入れ替わっていることを教えないままに、救急車に同乗させた。  ここで本物の宝がいっしょにいては、入れ替わりがバレてしまうのでまずいことになる。宝は「加工中の鉄材のうえにすっころんできて、腹を切った」と云う晶の説明を鵜呑みした直子に、「おにいちゃんホントにドンくさいわねっ」と罵られながらストレッチャーで運ばれていくギアメンツを、ロカイやプラウダとともにラボにある大きな機材の影から見送ったのだ。  宝は兄が入れ替わっていることにすこしも気づかない妹に傷つきながらも、だれかの死に対面しないで済んだと、胸を撫でおろした。 「ふぅ。やれやれ。これでようやく一安心(ひとあんしん)ね。あんたのお兄ちゃん、絶対助かるよ」 「ありがとうございます」  肩を竦めて云った結城に、蒼い瞳のプラウダが微笑みながら礼を述べた。  

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