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第5話

  (いつか、俺はこいつらに殺されるんだ……)  この家は宝や結城の家のような一般的な戸建てと違っていて、鉄筋コンクリートの公共施設のような外見に、室内も温かみのない簡素なデザインをしていた。  とくに目だってほかの家と違うところは、一階に吹き抜けの研究室があることだ。  ちなみにこの家にやたらと生活臭がないのは、ここの夫婦が一年を通して殆ど留守をしているからだった。どっかの国で研究に勤しんでいるらしい。  そのせいもあってか、放置子である今年中学二年生になった晶は引きこもってしまい……、いまややりたい放題のとんでもないマッドサイエンティストに成り果てていた。  そして宝は結城に拉致されてここにくるたびに、冗談ではなくなんども死にそうな目にあわされている。  晶の作った訳のわからない道具で縛り上げられて、半日以上拘束されてしまったり、銃から飛び出てきた液体で衣服だけをすべて熔かされてしまったり。  最近ではあらぬ器具をとんでもないところに突っこまれて怪我をし、救急車で運ばれてしまった。  結城に押さえこまれて、へんなものを無理やり飲まされることなんて、これまでに何十回もあったのだ。 (きょうこそ俺は、殺されるんだ……)  青春を謳歌するまえに死体になる自分を想像すると、涙が滲んでくる。 (遺体を見た父さんと直子に、俺が童貞だってバレなければいいんだけど……)  十九年も生きてきて、彼女もできないうちに死んでしまうだなんて、悲しいうえに恥ずかしすぎる。 「あ、ほら。ラボの入り口ランプついてるよ。行こ行こ」 「や、やっぱ、俺帰るっ」  もうほんとうに、悪い予感しかしないのだ。  見える扉の付近に禍々しさを感じた宝は、顔を蒼くして掴まれた手を取り返そうしたが、力の差がありすぎて、振りほどくことができなかった。 「ヤダヤダヤダっ」  叫んで暴れる宝を意に介さず、結城が扉の横のボタンを押すと、シュンと音を立てて硬質なガラスでできた扉は開いた。  刹那。 「ふたりとも、伏せてっ‼」 「えぇっ⁉」 「!」  鋭い晶の声がした途端、俊敏な結城によって宝は床に押しつけられていた。床に顔面を(したた)かにうちつけ「ぐぇっ」と叫ぶ。  ドドドドーン‼  間を置かず閃光が走り、激しく部屋が揺れた。耳をつんざく爆発音に耳をふさいでぎゅっと目を瞑るが、あまりもの鳴動に意識が遠のいていく。  ――ああ、俺はほんとに死ぬんだな。  どうして自分はさっさと恋人を作らなかったんだろう。  いままでにすこしでもキュンとときめいたあの子やあの子やあの子に、どうして俺は声をかけなかったんだ。  いやそれさえも贅沢な考えだ。ランクを落としてでも、とりあえずだれかとつきあえばよかったんだ……。  童貞のままでなんて、死にたくはない――。  死を覚悟したとき、宝はうすれゆく意識のなかで、そんなことを思った。                    *  「うっ……ううぅ……ひっく……」   人間はそうそう簡単には死なないと聞いたことがある。  結果から云えば、宝は怪我すらなくふつうに目が覚めた。しかし起きたことが衝撃過ぎて、滂沱(ぼうだ)の涙を止めることができないでいた。  部屋で起きたあの大爆発で宝たち三人と、そして他にこの部屋にいた見知らぬ三人がこうして無事でいるだなんて、逆に異常だ。 「わっはー。うちら、相当の強運ね。いまの爆発で怪我ひとつないとか、めっちゃラッキー」 「結城、あんたこの部屋を見て、云うことはソレしかないの?」  晶が冷たく云い放つ。  まるで落雷したかというほどの衝撃があったのに、室内は凄惨たる廃屋に化することもなく、いつもどおりの見慣れた光景のままだった。ただし一部を除いては、だ。 「ふうっ、うっ……うっく……」 「ほらほら、宝、泣かないの。お客さまに恥ずかしでしょ?」  嗚咽が止まらない宝の頭を「結城がよい子よい子」と撫でてくれるが、平常でいられるわけがなかった。 (正気でいられるお前たちのほうがおかしいんだ!)  宝は結城の手をベシッと叩き落とした。 「やん、痛いっ」  激しいショックから立ち直れないままの宝のまえには、理解しえない幻想的空間が展開していて、さらに人見知りするしかない異質であり得ないと対峙している状況なのだ。  お客さまは三人いた。床に(じか)に座りこむ美しい少女と、彼女の膝に頭をのせて横たわっている青年。そしてもうひとり――、彼らの様子を窺うように立っている男は宝よりも五つくらい年上だろうか。 (お客さまだって? こいつはなにを云っているんだよ)  晶の研究室には、中央にガラス張りのクリーン室が設えられていた。  結城が『お客さま』と呼んでいる異国の服をまとった三人組みは、まるでその個室の扉から出てきたかのように思える。宝には彼らがいつからこの部屋にいたのかわからない。  さっきの爆発は夢だったんだと思いこむことで、なんとか狂いそうな精神を保っているのに――。それなのにほんの数メートル離れたところにいる彼らの存在が、そうはさせてくれないのだ。これじゃあ、いつまでも恐怖感はぬぐえない。涙と震えが、未だ止まずにいた。  そしてもっとも恐ろしいことは、ガラスのクリーン室が発光してそのなかで非現実的な(まばゆ)い光が、渦巻いていることだった。  近づいた晶が変貌したクリーン室の怪しげな空間に、手を挿しこもうとする。 「晶やめろっ、危ないだろっ!」 (手が熔けちゃたりしたら、どうするんだ)  年長者の自覚のあった宝が叱責すると、彼女はつまらなさそうな顔をして、手を引っこめた。 「大丈夫ですよ」  晶に声をかけたのは年上に見えた、三人のなかで一番恰幅のいい知性的な容貌をした男だ。 (しゃ、しゃべりかけてきたっ。しかも日本語!) 「ただ中に入ってしまうと違う世界、つまり私たちの棲む星へ着いちゃいますがね」 (ほ、ほしぃぃ⁉)  宝は涙に濡れた目を、まるくした。

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