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第20話
*
イアンが食事を終えるのを待って、みんなでロカイの部屋に移った。
ロカイはスツールに。プラウダはカウチに。中学生組は相変わらずベッドを選んで仲良く寝そべっている。
ドア近くに立つイアンの影にいた宝は、ロカイにカウチを勧められると戸惑ってしまった。やっと帰ってきたイアンと離れるのが忍びなかったのだ。宝はすっかり彼が自分を守ってくれると心酔しきっている。
ならなんども宝を危険から助けてくれている結城はどうなのかと云うと……。
(いやいや、あいつらには助けられる以上に、殺されかけた回数のほうが上回っている!)
頼るもなにもない。
宝がイアンを見あげると、彼はすこし困った顔をしていた。
「ギアメンツさま。どうぞあちらに座ってください」
「……はい」
イアンに云われてしゅんとした宝は、しぶしぶプラウダの隣に腰かけた。
「それではイアン、さっそくですまないのだが、報告をしてくれ」
「はい。会合には今朝、早馬でこちらについたばかりだというパネラさまと、この周辺に散っている騎士がいました。騎士の顔ぶれにはイヌイのものが多くあり、合計で十七人。昨日ここで皇太子を襲ったふたりはおりませんでした」
「イヌイのものが多いなら、やはり左大臣が一部の騎士に特別な指示を与えているということが窺い知れるな……」
「まずここに皇太子一行がいることは、誰にも知られていません。今頃それぞれ捜し回っているころでしょう。この街のものたちは相変わらず皇太子を匿おうとしているようなので、暫くはここにいても心配ないと思います。ただ……」
イアンが視線を床にむけ、少しの間考える素振りをする。
「今朝、馬でついたという第二団の騎士が、都を出るまえに悪い噂を耳にしています。内容は姫巫女が『妹 なる川』の上流に毒を撒きに行ったというものでした」
「妹なる川って、歩いている途中でときたまみる川のこと?」
結城の質問にロカイが頷いた。
「そうだよ。いま向かっている神殿の背後を水源とした川だ。下流にいくほど多岐に別れてたくさんの街に流れついている。途中狭くなっていき浅くなっていくから、出会う場所によって姿が様々なんだが、どこで見ても景観はすばらしく美しいよ」
「うんうん。昨日みた岩場を流れていた川も、すっごい飛沫 をあげていてきれいだった!」
国を褒められたのがうれしかったのか、ロカイが結城の言葉に満足そうに微笑んだ。
「イアン、その噂がどれくらい前からあったのか訊いたか? 私たちが神殿をでたときには聞いていない。それでもあの時点で街ではすでに噂されていたのだろうか?」
「私が都をでた昨日の昼の時点では宮廷にはありませんでした。それにここに来るまでの街にもその噂は届いていません。誰かが意図しない限りには、自然にこの街で噂が広がるのはおそらく明日……? そしてもしそれよりも早くに広がってしまうとするならば、その男――、コウシン出身の騎士やこれを聞いた集会に集まったものたちの仕業になるか、また別に故意にこの話を振りまくものが、移動してきているのかと……」
「……そのコウシンの男が原因なら、やはり神官長がなにか画策しているという線が固くなるな」
「私が危惧しているのは、噂次第では街のひとの動きが変わってくるかということです。今は皇太子も姫巫女も街のひとびとに匿われている状況ですが、それが悪いようにならなければいいのですが。……杞憂でしょうか?」
「いや、いまはプラウダが神殿で祈れない状態が続いている。ひとの魂に悪影響が出ている可能性があるので慎重に考えていいだろう。万が一に備えて、さっさとこの宿場も出たほうがいいな」
「そうですか。では急がなくてはなりませんね。ただ出るまえにもう少し準備が必要になると思います」
「食料の用意は充分したつもりだが。ほかになにか必要だろうか?」
「話しあいのなかで、左大臣の命令に悠長に従っているだけではぬるいのではないかと云いだしたものが二、三居まして。多少周囲のものを巻こんででも手荒な作戦をとってみてはどうかと云っていました。最悪もしもそれがどさくさに紛れて、皇太子や姫巫女の命を狙おうというものであるのならば、人員と武器があったほうがいいと思います」
「人員と武器か……。イアン、それらに関しては大丈夫だと思う」
イアンが真意を確かめるように黙ってロカイの言葉を待つ。
「そこにいる結城と晶は、託宣によって選ばれた者たちだ。だから今回のことについて、ふたりはそこらの騎士より役にたつだろう。それでももし君の目から見てだめだと判断するならば、その時はもう一度教えて欲しい。そのときは改める」
「わかりました」
「イアン、ありがとう。君の協力には感謝しつくせないよ」
「協力は当然のことです。私は皇太子の騎士ですから」
労いの言葉に昨日は平然としていた彼は、しかし今日はそう応えると宝に視線を向けてきた。彼の灰緑の瞳に熱を感じて宝はすこし恥ずかしくなる。
(イアン……?)
「では、そういうことだ。みんなすぐに出かけようか」
「やったー! 晶もはやく立ってってば。今日も愉快な冒険スタートだ!」
ロカイがスツールから立つと、ベッドで飛び上がった結城がいそいそと隣で寝転んでいた晶を引き摺り下ろしはじめた。
*
峠まえの宿場を出て一時間程歩いたあたりから、一行は街道から反れて草原の奥にあるうっそうとした木立の中に分けはいった。
今日はイアンと彼の馬が仲間に加わっている。
後ろをついてくる馬には結城と晶が乗っていた。結城は馬に乗るのが初めてなのに、イアンに手綱の扱いかたを教えてもらうなり、すんなり乗りこなせるようになっていた。
ふつう『泉の湧く神仙の神殿』に訪れるレベルの祈り手 たちの移動の手段は、歩きらしい。だから宝たちもプラウダに合わせて都からここまで、歩きだったのだと初めてしった。
「どちらにせよ、この林を抜けるのには馬車は不向きです」
彼女はそう云うが、もし林の入り口まで馬車を使っていたら途中で襲われることもなかったのではないかと思うと、宝の顔はついつい渋くなってしまった。
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