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第1話 【序章】 第三部隊長・イアスソッン=バード 出会いの予感

  【序章】 ◇ 第三部隊長・イアスソッン=バード 出会いの予感                  *  ジョウアン国の東西に延びた宮廷の敷地には多くの建物が西に、そして緑豊かな庭園が東に位置していた。  宮廷にはその外壁にたくさんの門があるが、そのなかでも正門にあたる南の大門のほど近くに、第三騎士団の騎士舎はあった。 「王が不在ないま、第三騎士団は暫くのあいだ、左大臣の指揮により行動することになる。王のウォルト国への不正な融資、また皇太子への優遇は目に余る行為である。左大臣は現在ウォルト国を通じてその真相を確かめる準備に入っているそうだ。左大臣は、たとえ王であってもその不正を許すことをせず、王家の財産から国の損害に見合った賠償を賄ってもらうつもりだと仰せられていた」  第三騎士団長のパネラの声が静まり返った室内に朗々と響く。  今回全騎士団を総括する武官アリルスを飛ばして、じきじきに左大臣から声がかかったというパネラは、よりにもよって朝の訓練の時間に隊員に招集をかけた。  皆が宿舎に寝泊まりしているわけではない。街から通ってくるものもいるのだ。この時間にこれだけの隊員を集めるのに、第三騎士団の各部隊長たちは朝から余計な手間をとらされていた。  それなのに話は、なんの早急性もない内容だ。パネラを注目する部隊長たちの顔が、恨みがまし気なのも仕方がないだろう。  そんななか唯一、冷静に直立するのは第三部隊長のイアスソッン=バードだ。  騎士団の幹部や部隊長に就くものは、がっしりした体型のいかつい顔をしたものが多いが、彼は長い脚にも容姿にもとても恵まれていて、騎士団に置いておくには惜しい人材だった。 (まったく支配欲求の強い人だ……)  別に鷹揚な気性でもないイアンも、パネラには思うところがあった。しかしそれを表面に出すには彼のプライドは高すぎただけだ。  そのとき屈強な騎士たちをまえに、得意になっているパネラの調子をぶち壊すものが現れた。  ガチャリ。 「やっぱ、ここ?」  うっかり漏れたらしい心の声は、いまさら口を押さえたところでどうにもならないだろう。「あちゃっ」と口を押える男の姿に、周囲からクスクスと失笑が起きた。 「だれだっ!」  パネラは腹立った声で叫んでいたが、イアンは声で遅刻者がだれであるのかがわかり、内心まいったな、と思う。空気の読めないその遅刻者はイアンの隊に属しているタロウだ。  彼はぺこぺこと下げた頭を掻きながらパネラのまえを横切り、みんなの並んでいる列に入っていく。 (なぜ、そこでパネラに謝らないんだ……)  イアンは出そうになった溜息を嚥下し、いまから降りかかる難儀のために真剣な表情をつくった。 「イアスソッン!」 「はっ」 「お前は部下の管理もできないのか? 国の大事に部隊長がそんなんでどうするっ!」 「はい。申し訳ありません」  頭を下げると、パネラはフンッと鼻息を荒く吐き、「無能めっ」と毒づいた。それですっきりしたのか再び話の続きがはじまる。 「また誰か皇太子ギアメンツさまの姿を見たものはあるか? 最近、鉱物倉庫や工場どころか、宮廷内でも皇太子の姿を見かけたものがいないらしい」  パネラが室内を見渡すが、それには誰からも返事はなかった。 「そうか。では彼もまた亡命した可能性があるかも知れぬ。おって左大臣からの沙汰があるはずだ、第一部隊、第二部隊は――」                     * 「部隊長、さっきはすみませんでした!」 「まぁ、とりあえず座れ」  訓練場の隅の花壇に腰をかけ、第一部隊長のキユイカと話していたイアンは、駆け寄ってきたタロウを手招いて隣に座らせた。 「本当に本当にすみませんっ。申し訳ないですっ」  平謝りで反省を表しながらも、彼は今日で一週間連続の遅刻である。普段この時間は朝の訓練時間なので、例え遅刻したとしてもその日のうちに自主練して、遅刻の時間分を取り返してくれれば問題ないとイアンは考えていた。相手が必要であれば休憩時間に彼の相手をしてやるのもやぶさかでない。 「あぁ。まぁ、今日は運が悪かったよな、いきなりの会議だ」  タロウを宥めたのは一緒にいたキユイカだった。 「はい。でも俺のせいでイアンさんが団長に、あんなことを云われて……、あんなこと……っ!」  タロウは握り拳をつくると、ぎっと怒りに満ちた顔をあげた。 「あんの、くそハゲパネラめっ! 部隊長は俺に遅刻していいとは一言も云ってないっつうのっ! 遅刻したのは俺の勝手だ! それなのに部隊長に罪を被せてえらっそーにっ――ふがっ⁉ ふががっ!」  イアンが彼の口を塞いだのと、キユイカが彼の頭をがしっと押さえつけたのは同時だ。 「場所をわきまえろ」 「はいはい、タロウくん、文句はもういいから」 「むぅ。……遅刻したのは俺だっつうの。俺が悪いのにぃ」  キユイカに「まだ云うかっ」とぺしっと頭を叩かれたタロウが、やっと黙りこむ。  属する騎士団の(おさ)のパネラや、一部の騎士たちの自分への風当りが強いのは、今にはじまったことではない。そんなことよりもだ。イアンは緩く握ったひとさし指を顎にあてた。  イアンはここ毎日続いているタロウの遅刻が原因の、この()にもつかない(くだり)を、いい加減どうにかしてしまいたい。  タロウの遅刻は実家の職に関係していた。  彼の家は農家だ。農作物の輸出を行うこの国は、広大な敷地の畑や果樹園をもつ農家が多かった。そして今その多くの農家たちが非常事態に(きゅう)している。  いままでかならず降っていた早朝の雨が、今年の春先からあまり降らなくなったのだ。  異変は山に積もった雪が溶けだしたころからはじまり、そしてついに一週間前から朝の雨はぴたりと降らなくなってしまった。   だからいまこの国の農家たちは、それまでは昼に一度だけでよかったジョウロやポンプを使っての水やりを、朝にも行わなければならないことになったのだ。  人手は家族や親類だけでは足らず、臨時でひとを雇い入れて対応している家もあるそうだ。

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