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第51話

   皇太子と姫巫女を狙ったものがだれであるのかをはっきりさせ、その犯行をやめさせることができたら、一安心だ。  あとはもうひとつ。左大臣の件が残っていたが、それについては既に解決したとギアメンツは云った。 「昨日、私が馬を引き返す時点で城門にいた警備兵が皇太子に気づいていたようですが、あのあとは無事に王宮に入れましたか?」 「あぁ、彼らがすっ飛んできて、ちゃんと城にも通して貰えた」 「城のまえに集まっていた民衆は? 彼らは左大臣の名まえを叫んでいたようでしたが?」 「みんな僕には気づきもしていなかったよ。でも僕はちゃんと彼らに支持して貰えていたようだな。あれだけのひとに支援されてるなんて、ありがたいことだよ」  つづけて彼は「それに、あの目線で街のひとたちの言葉を聞けたことはとてもためになった」と微笑んだ。  ギアメンツが王宮に戻ると、左大臣は右大臣をはじめとする官僚たちに取り囲まれていて、すでに失墜していたらしい。  宝を井戸で襲った男たちが翌日には左大臣のもとに戻ってきて、彼に姫巫女の力が本物であると進言したらしい。そうなると正義を振りかざして野望を遂行しようとしていた左大臣は、確証のない王の不正にも断言ができなくなったそうだ。彼は忸怩(じくじ)たる思いで膝を折ったという。 「左大臣の裁判は明後日からはじまるよ。なんなら宝、傍聴していくといい。懺悔というものは、他人のものでも聞いておくといい勉強になる」  アフタヌーンティどころか、まさかよその世界の裁判の傍聴を勧められるとは思ってもみなかった宝は、チャイを噴きだしそうになった。 「あの、俺明日から学校なんで……」  あまりにも敷居が高すぎると焦った宝は、無難な理由をつけて断っておく。 「当日は王都のものだけではなく、遠くから足を運んでくるひともいるくらいなんだが……そうか、学校か。それも大切だな」 「……はい」 「じゃぁ、また次の機会に声をかけるよ。プラウダに神殿の魔法陣が強化されたと報告された。宝の世界とこことはいつでも繋がっている。また学校のない日にでも、ここにも遊びにきておくれ」  にっこりと笑うギアメンツのその誘いには、宝もとびきりの笑顔で「はい」と答えた。 「でだ。その魔法陣のことなんだが、イアン。ぼくは以前から神殿への騎士団の配置を復活させたいと思っていたんだ。それなのに、たった十日やそこら国を留守にしているあいだに、左大臣によってかろうじて置いていた警備兵すら神殿から引き上げさせられていた」  この話は昨日神殿で出会った男に聞いていて、宝もすこし知っていた。 「でも今回の事件がいい切っ掛けになる。このさきも神職者を狙うものもあるだろうし、神殿のなかに強力な魔法陣ができたのだとすれば、それなりに警備も必要になってくる。それを理由につぎの議会で神殿騎士団の再建案を出すつもりだ。で、僕が出すのだから、もちろん決定になるのだが――」  これが絶対主義かと宝がたじろいでいると、にやりと片側の口角だけをあげたギアメンツがイアンに「お前、その新しい騎士団の団長をやらないか?」と訊いた。 「それは、断ることができるのですか?」 「いや、できない……かな?」  イアンがうんざりした顔で持っていたティーカップを下ろす。宝が知るかぎりいままでにイアンがロカイやギアメンツのまえでこんな表情を見せることはなかった。どうやらイアンは、これでもさっきギアメンツに云われたとおり無礼講でいるらしい。 「もともとぼくはお前に宮廷騎士団の副団長を勧めていただろ? あのときはうまく断られたが、あの話にはバリッラエルも相当残念がっていた。どうだった? その後の彼女の嫌がらせは。お前、いま、第三騎士団に居づらいんじゃないか?」 「まさか……」  イアンが眉を顰めると、ギアメンツがクククと喉の奥で笑った。 「なんだ気づいていなかったのか? バリッラエルはお前が根をあげて自ら移動を申し出てくるように、あちこちのものをうまくたきつけていたよ」 (バリッラエルって誰だろう?)  はじめて聞く名まえと、心穏やかにしていられないない話の内容だ。ギアメンツとイアンの顔を交互にみて宝は首を傾げた。すると隣に座るプラウダが教えてくれる。 「バリッラエルは私たちの姉よ。とくにこの王宮内のことを取り仕切っているの。彼女は幼馴染のイアンのことをとても信頼しているようね」  彼らの話に水を差してはいけないと思った宝は、彼女の説明にちいさく頷くだけにしておいた。  イアンはカップのお茶を飲み干すと「できれば、もうしばらくはいまの団に所属していたいのですが」と答えた。 「いや、いまもお前を宮廷騎士団にと狙っているバリッラエルには恨まれることになりそうだが、もうお前に決定だよ」 (だったら、はじめからイアンに訊くなよ……)  思わず立場の弱いイアンに同情して、ギアメンツを恨めしげに見る。これが授業で習った絶対君主制というものか。あまりにも横暴だ。 「私でなくても、他に適した人材がいるのではないですか?」 「実はね。ロカイの強い(すす)めがあったんだよ。もともと僕だってお前の能力を買っていた。でも欲目ってものもあるだろ? それで前回は強くは推せなかったんだが、今回はなんといってもあのロカイがイアスソッンの名まえを出したものだからね。もうぼく的にはお前しか考えられないんだよ。それに――」  ギアメンツはテーブルに肘をつくと、面白そうにイアンに向けて立てた人差し指を揺らした。すっかりイアンは不貞腐れている。 「プラウダの部屋はもともと神殿に在中する騎士団長のための部屋なんだ。そこに強力な魔法陣ができてしまった。もちろん管理はプラウダくらいの能力をもっているものにしかできないが、警備は騎士団の仕事だ。それにその魔法陣は宝たちの世界と繋がっているんだよ? だったらあの部屋をお前が使うのが一番いいと思わないか? だから、お前が騎士団長」

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