1 / 5

死にたがりと魔女

生きることにとてつもなく疲れてしまった もちろん自分なりに頑張った…と思う それでも人には向き不向きがあるわけで、僕は生きることに不向きだった。それだけ せめて誰にも迷惑をかけないように、人気のない夜の廃ビルの屋上で電気や車できらめく街を眺めていた 願わくば来世ではこんな最期を迎えませんように 「…ねぇ貴方はこれから何をするつもりなの?」 「っ!?」 あと一歩で落ちる。そんな時に背後から声がした 驚いた勢いで足を踏み外すところだったけど咄嗟にフェンスを掴んで事なきを得た 暗くて誰だか分からないけど話し方からして女の人、なのかな 「急に話かけてごめんなさい。もしかして邪魔した?」 「いえ…別に…」 「そう?ならいいけど」 完全にタイミングを見失ってしまった 暗闇の向こうにいる彼女のせいではない。どちらかといえば周囲を確認しなかった僕に非はあるだろう むしろ彼女にしてみれば赤の他人が飛び降りる姿なんて見たくもないだろう どこまでたっても僕はだめな奴だ 「…ごめんなさい」 「…?なんで謝るの?」 「貴方が声をかけなかったから今頃…」 「あぁ…そういう事。私はてっきり…まぁいいか。とりあえず危ないからこっちに来てくれない?」 察したのか、優しい声色で彼女は言った 大人しく近くにあるフェンスの穴をくぐり声のする方へ向かう。僕の計画は未遂に終わったのだ さっきまでフェンスを握っていた手を見るとくっきりと跡がついてるのが見える …彼女がいなかったとしても、あの場から落ちることができたのだろうか 情けない 結局僕は何もできない人間なんだろう 力なくへたりこんだ僕の前に彼女は座って問いかける 「不安定な貴方を置き去りにすることは出来ないわ。落ち着くまで私のところにいない?」 「だ、大丈夫…もう僕は飛び降りる怖さを知ってしまった…から…あのフェンスの向こうには…」 小さく吐息漏れるのが聞こえる 彼女もこれで諦めてくれるだろう 僅かに安堵した瞬間、彼女は顎に手をかけてうつむいていた顔を上に持ち上げる この時、初めて僕は彼女を顔を見た 金髪に青色の瞳 "貴方は私と一緒に来るの。これは…命令。" そう言い放って、三日月のように口角を持ち上げて微笑む 恐ろしさを覚えるくらいに綺麗に 意志とは反して体がゆっくりと動き出す あぁ 僕はとんでもない人に捕まってしまったらしい 彼女は、魔法使いだ あれから何日経ったのか分からない けれど僕は極普通な生活を送っている 個室も用意してくれて、食事も美味しい もしかしたらいままでの生活よりもいいかもしれない 試しに外に通じる窓や扉を触ってみたけど、なぜか開ける事が出来ないから軽い軟禁状態だった 正直それはそれで生きるための事を考えなくて済んでる 生きながら死んでいるようだった 「ね、どうしても名前を教えてくれないの?」 「…ごめんなさい」 「そう…まぁ仕方ない、か」 「どうしても聞きたいなら、魔法…使えばいいじゃないですか…」 魔法使い 僕たち人間にとって畏怖の対象になる種族 魔法使いは人間の心を好むと言われている 心、というのが何を指しているのかは具体的なものは無い 魔法に人間が勝つ術がない。されるがままだ 「死のうとしてた人間にくせに随分と強気なのね。嫌いじゃないけど」 別に生きたいわけでもなかったからわざと煽って怒らせようとしたのが裏目に出る 魔法使いは何を考えてるのかよく分からない 「無理やり口を割らせてもつまらないと思わない?」 「よく分からない…」 「まぁ別に分からなくていいけど」 僕はこの時から彼女の行動や様子を注視するようになった 魔法使い…彼女の事を知りたいと思ったからだ 「魔法使いは人より長生きなの?」 「まぁ多少はね…というか、この流れで私の年聞いたら串刺しにするわよ?」 最初はとりとめない会話から 上品なイメージがあったけど、実際に話をしてみると割と物騒な言葉も使う けど、がさつとまではいかない 「ね。今日の服には赤と青、どっちのアクセサリーが似合うと思う?」 「…瞳と一緒の青がいいんじゃないかな」 「ふーん。やっぱり他の色にする」 天邪鬼 「ここに誰かが来たのを見た事ないけど、寂しくないの?」 「別に?」 「…そう」 独り 僕は今まで、彼女が従者以外と一緒にいるところを見たことがない その従者だって、何が、までは分からないけど奇妙だ 皆、端正な顔立ちで彼女と並ぶと一枚の絵画のよう でもなぜか僕を見る目はとても冷たい というか見えてないみたいだ こっそり声を掛けたけ時は少しだけ僕を見てそのままどこかへ行ってしまった あの人たちは、機械、なのか…? 僕もそうだけどこの館には生きてるのか死んでるのか分からないような人が多い 決して独りではないけど1人でいるような感覚が心地がいい そんな時間がいつまでも続くはずないのに 「ねぇ。あの日からだいぶ経つけどまだ死にたい?」 「それは……」 「当ててあげる。貴方は逃げてるの生きることから、死ぬことから」 楽しそうにそれでもって残酷に彼女は僕を背けていた現実に突き放した 「貴方は選ばないといけない」 「選ぶ?」 「えぇ。生きるか、死ぬか」 「っ…」 「望むのなら私はいつでも死なせてあげられる」 あの日助けてくれた時と同じように綺麗に笑う 僕はまた屋上の端に立たされている 落ちるのか引き返すのか 選ばなければ 「質問、いい?」 「どうぞ」 「僕が生きる選択の先に貴方は、いる?」 「…。この私がいなくなるとでも?」 「いや…ただ、少し外が騒がしいせいかな…嫌な感じがするから…」 まるで止まっていた時がゆっくりと動きだしているよう 不気味なほど常に静かだったこの館が今はどこか騒がしい 心拍が僅かに上がる まるで物語の最後のページをめくる前のハラハラするような感じに似ている だとすれば、誰の物語が、終わるのだろうか 「私ってこう見えてかなり悪い魔女なの」 「悪い?」 「実は私の表しか貴方は見えていなかった」 「…意味が、分からない」 「悪い魔女にある道は1つしかない」 「っ…!質問に答えっ」 言い終える前に窓の硝子が音をたてて崩れた 長い間感じていなかった風が勢いよく吹き込む 割れた硝子が僅かに輝きながら降りかかる 「(前に串刺しにするって言われたことあったっけ)」 優しい魔女の本当の正体は悪い魔女 真実を知ってしまった青年は悪い魔女によって殺されてしまいましたとさ 物語が終わるのは僕なのだ 諦めて目を閉じたのと同時に腕を強く引っ張られ小さな彼女の体に触れる 氷のような冷たい体に驚く それは決して人のものではなかった 「どうして…」 「ばか!私が引っ張ってなかったら今頃…!」 「え、貴方がしたことじゃないの…?」 「はぁ?自分の家の窓を壊すなんてよほどの狂人でないと出来ないわよ!」 「ま、まぁ…そっか…」 「…そう。そこまでして死にたかったのね。よく分かった」 「え…」 「目を閉じなさい。私が終わらせる」 「でもっ」 「一瞬でいいから、ね?」 泣いている子供をあやすみたいに彼女は優しく微笑む あの時みたいに魔法を使えばいいのに そんなことを言えばまた怒りを買いそうだったから仕方なく目を閉じた 数秒の間をあけて柔らくて冷たい何かが右の瞼に触れた その感触が僕の最後の記憶だった 「貴方に最初で最後の祝福を」

ともだちにシェアしよう!