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第1話

 赤ちゃんだ。なぜかぼくは赤ちゃんになっている。  眠りについて次に目が覚めたら、見たこともないきらびやかな部屋で横になっていた。それも赤ん坊の姿。何が起きたのかまるでわからない。起きれないし話せないし一人じゃなんにもできないしで、パニックになった。  それからぼくは何もかもがままならない幼い体で、ただなすすべもなく日々を過ごすことになる。  赤ちゃんになったぼくには父と母がいた。それから、身の回りを世話してくれるメイド姿の女の人たち。みんな目鼻立ちのくっきりとした西洋系の顔立ちで、黒目黒髪はほとんど見かけない。話しているのも異国の言葉だ。情報が視界に入るものだけの状況で、ここが日本でないことだけは理解できた。  赤ちゃんになってからは、自由が利かないことと元いた場所恋しさに泣いてばかりいたけど、だんだんこの生活にも慣れてくる。ある程度成長すると、自分のいるこの場所が外国どころか騎士や魔法使いなんかが出てくるファンタジーな世界だということも知った。  夢なら早く覚めてほしい。ずっと願っていたけど、どれほど待っても目が覚める気配はなくて、六歳になる頃にようやくこれが現実だと受け入れはじめた。六年間共に過ごしたこちらの家族にも、それなりに愛情が芽生えている。  そうしてこの世界で生きていく覚悟を決めたぼくは、ある日、父上と母上と一緒にオズワルド公爵邸を訪問していた。  こうやってオズワルド邸を訪れるのは初めてのこと。だけどオズワルドという名前にはなぜだか聞き覚えがあった。不思議なのが、こちらでというよりも、こちらの世界に来る以前の記憶のような気がするのだ。思い出せないことが気持ち悪くてしばらく悩んでいたけど、わからず仕舞い。  首を捻りながら出された紅茶に口をつけていると、応接室の扉がノックされた。そうして現れた人物に、雷に打たれたような衝撃を受ける。 「……っ」  六歳のぼくと同じ年頃の少年だ。穢れない白雪のように透明感のある肌に、ふわふわととした柔らかそうなプラチナブロンド。ぱっちりとしたアイスブルーの瞳は吸い込まれそうなほど澄んでいて。小さくてつんとした鼻も、愛らしい桃色の唇もすべて計算し尽くされた芸術品のようだ。  一瞬のうちに心を奪われた。魔法があるくらいだ、精霊なんて存在が目の前にいてもおかしくない。そう納得させられるほどこの少年は神聖で、ひたすらにかわいかった。  ただ残念ながら彼は精霊とはちがうみたいだ。公爵と同じ髪と目の色をしているし、公爵夫人に面差しが似ている。これはオズワルド公爵家の人間で間違いないだろう。ということは、この方は公子? ぼくと同じくらいの年に見えるから、遊び相手としてこの場に呼ばれたのかもしれない。  どうしよう、彼とどうしても仲良くなりたい。心を決めたぼくは席を立ち、公爵と言葉を交わす少年に近づくと足をとめた。それから話を終えた少年がこちらを振り向いたタイミングで、彼に笑いかける。 「しつれいします。おはつにおめにかかります、こうし。バルジャックこうしゃくけのアスターともうします」  緊張でどきどきとしながらお辞儀をし、手を差しだす。ぼくが近づいていたことに気づいていなかったらしい公子は驚いたように目を瞠ったけど、躊躇いがちに手を握り返してくれた。 「……はじめまして、侯爵れいそく。スピネル・フォン・オズワルドです」  恥ずかしそうに挨拶を返され、悶絶する。人見知りなんだろうか? もじもじとしている様子がたまらなくかわいい。どこか不安そうなスピネルを安心させるように再度笑いかけると、スピネルも控えめに笑顔を返してくれた。 「っか……!」  あまりの愛らしさに叫びそうになるのを、既でのところで両手で塞ぐ。それにスピネルが小さく首を傾げた。 「か、ですか?」  もおおおーかわいすぎる!  いちいち心を揺さぶってくるスピネルに、ぼくはその場にくずおれる。鼻の奥が熱くなる馴染みの感覚がして、急いで鼻を押さえようとしたけど間に合わない。最悪なことに、ぼくは公子の目前で鼻血を垂らしてしまった。 「あ……」 「大変っ」 「血が……!」  ぼくの両親に公爵や夫人までが立ちあがり、慌てた様子で医師を呼ぼうとしたので、慌てて止める。 「だいじょうぶです。すこし鼻血がでやすいだけで、じっとしていればすぐにとまります。きになさらないでください」 「本当ですか侯爵夫人?」 「え、ええ。アスターはたまにこういうことがあって。健康には問題がないようなのですが」 「だったら今日は安静にしていた方がよさそうだな。うむ。スピネル、アスターが落ち着いたら彼を図書室へ案内してやったらどうだ?」 「は……はい」  目の前で突然鼻血を流しはじめたぼくにスピネルは相当驚いたらしく、今も血の気の引いた顔でこちらを気遣うように窺っている。なんて繊細で優しい心の持ち主なんだろう。そんなスピネルの前で、ぼくはなんて恥ずかしい失態をしてしまったんだ。今度からは気をつけないと……!

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