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第1話 恋される上条家の三男坊。1⃣ ~奈緒紀の甘い誘惑~    約63000文字

* 「よぉしっ。いま八時二十五分な。あと五分だぞー」 「はぁい」 「はいっ」  風紀指導の担当教諭、落合(おちあい)の野太い声に、登校してくる生徒たちをチェックしていた風紀委員が、口々に返事する。  いまこの通用門のまえには、宮内(みやうち)恭介(きょうすけ)をはじめとする風紀委員十名がいて、各自校則違反をしている生徒を見つけては注意し、名まえの確認を行っていた。  おもに爪や前髪、そして衣服の長さのチェックが行われているのだが、そんなものは生徒たちの自主性に任せておけばいいんじゃないか、と恭介は思っている。 昨夜(ゆうべ)は長い時間勉強をしていて、寝るのが遅くなった。それなのにこの当番のせいで、いつもよりはやく登校するはめになっているのだ。 「はい、あと三分! みんな閉門の準備。男子、門を半分だけしめてくれ」  始業間近になると、風紀検査はおしまいだ。委員たちは指導中の生徒を昇降口に送りだして、今度は遅刻者の取りしまりにはいる。  ガラガラと重い門扉のたてる音に、時刻に気づかされた生徒たちが、慌ててこちらに走ってくる。  キーンコーンカーンコーン。  そしてウェストミンスターの鐘が鳴り終わると同時に、横並びになって通せんぼする委員と、なおかつ彼らの合間からなんとかすり抜けようとする遅刻者たちとの、攻防がはじまるのだ。  ちなみに恭介は外に用意した椅子に座って、机に広げたノートに違反者の名まえを記帳する係だ。おかげで通せんぼのメンバーに入れられないで助かっている。恭介はあれに参加するのだけは、絶対に嫌だった。  自分のまえに並ぶ違反者たちの相手をしていても、視界のはしに映る騒動には気が遠くなりそうだ。 (こいつら、こんなことして恥ずかしくないのか?)  いや、恥ずかしいどころか、さもこれはゲームだとでも云わんばかりにキャーキャー叫んで楽しそうにしているものまでいる。  初夏にはいり、気温も安定したいまの時期にこれだけ賑やかにやっていれば、仕事が終わるころには、汗びっしょりになっているだろう。  こいつらとは、ちょっとわかりあえない。次に当番がまわってくるときは、違うメンツであってほしいと恭介は(せつ)に願った。 「よっしゃ、ひととおり入ったな。じゃあみんな、今持っている名まえカードを宮内に渡したら、教室に戻っていいぞ」  そう云うと落合は生徒が途切れたタイミングで、重い門扉をスライドさせて最後まで閉じた。これからさきまだ遅れてくる生徒がいたら、門柱よこにあるちいさな通り門を使うことになっている。 「ちっ」  恭介は近くに誰もいないことを確かめて、舌打ちした。ちょうどその通り門から、ひとりの生徒が駆けこんできたからだ。  ほかの委員たちはみな教室へ帰っていくというのに、恭介だけその男子生徒のせいで、足止めを余儀なくされることが決定だ。 「神田(かんだ)! こっちだ。そのまま通過するの禁止。こっちきて生徒手帳渡せ」  偶然知っていたその顔に恭介は一瞬ひやりとしたが、もちろん表情には出さずに彼に手招きした。 「あぁぁあっ、もう最悪! 俺これで今月五回目なんだよ。勘弁してくれ、恭介」 「神田、周りをよく見てみろよ。すぐそこに落合先生がいるだろう。俺にどう誤魔化せって云うんだ?」  渋い顔を見せた恭介に、「そこをなんとかぁ」と神田が手を揉みながらしなだれかかってくる。 「冷たいじゃないか。俺とお前のよしみじゃん」 「クラスも委員も部活も違う。俺とお前とは赤の他人だ」 「ひどっ。俺とお前は――」 「神田。いいからはやく生徒手帳だせ。俺まで一限に間に合わなくなったらどうする?」 「そんなこと云うなよなぁ。いよっ、校内一のモテ男! かっこいいから許せって!」  神田の云うことになかば呆れながらも、確かに俺は校内一、二を争うオコト前だよな、と恭介は笑った。実のところ恭介は自分の容姿を鼻にかけている。  背も高いほうだし、スタイルだっていい。髪はやや長めにしておいて、ワックスで軽く流している。こうしておくとちらっと額がのぞくことで、知的に見せることができるのだ。  とどめに細めの黒縁眼鏡をかけると、甘やかな雰囲気の優等生のできあがりだ。 「いいじゃないか、神田。ペナルティーはたった一週間だけの挨拶運動だよ。俺は今日で当番終わるから、お前とは入れ違いになるけど、まぁ、がんばってくれ」 「えぇぇぇ⁉ そう云わず、お前もつきあってくれよぉ」 「腕を離せ。服が皺になるだろう」 (誰がだっ。一週間も我慢したこんな面倒ごとを、あと一日だってつづけていられるかっ) 「ほら、もう行けって。俺もコレ返して来たら教室にあがるから」 「へぃへぃ」  遅刻してきたやつが、これ以上ここでのんびりしてどうするんだ。背中を押してやると彼はぶーぶー云いながらも、昇降口へ歩いていった。  そのまったく凝りてない彼の様子に、これじゃあまた遅刻するなと白い目を向けていると、後ろから落合に声をかけられる。

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