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第2話 END

 隆は手を休めて「うーん」と唸った。 「ほんとうにありがたいよ。だから彼にはお礼にいろいろしてあげたいんだけど、でもなにをしてあげたら喜ばれるのか、見当もつかないんだ」 「中学生ですかぁ。自分だったらなにがよかったかな? はるか昔すぎて思いだせないですが、やっぱ金?」  はるかと云いつつも、小林はまだ十九歳だ。ついこのあいだまで学生服を着ていたぶん、隆よりは智に感覚が近いのではないだろうか。 「あたしは金一択でしたよ? 子どもんときもサンタへの手紙に『金』って書いてたくらいだし」 「お小遣いは渡しているんだけど、あれ、喜ばれているのかな?」  智は現金の入った封筒を受け取るときでさえ、笑いもせず「ありがとう」と呟くだけだった。材料費はちゃんと別に請求してもらっている。  彼がここに通いだした当初、彼に材料費を訊ねてみたら、使った材料のすべてをグラム計算して、細かい金額を算出してきたので、隆は目を剥いた。彼は誠実で真面目なのだ。  いくら自分があの年齢の頃、どんなだったかなんて覚えていないにしても、自分には彼ほどのことはできなかったとだけは云えた。ちなみに材料費については、計算に時間をとられるとかわいそうなので、大体の金額で多めに請求してくれたらいいよと伝えておいた。 「彼、ポーカーフェイスでね。ちゃんと気持ちをわかってやれているのか、心配なんです」  すこしでもあの健気な少年の心に寄り添ってあげたい。隆は智を想って溜息を吐く。 「先生、大丈夫ですって。先生と智くんはちゃんと意志の疎通はできていますから。安心してください!」  胸を張って云ってくれる小林に、隆がその根拠を問いたいと思ったとき、部屋の扉がノックされた。引き戸を開けると、そこには控えめに智が立っている。 「隆さん」 「ん? なんだい?」  見上げてくる彼に、隆は柔らかい仕草で首を傾げてみせた。 「このラブローション、使ってみてもいい?」 「うん、それはもちろん構わないけど……、消費期限大丈夫かな?」  智が紫色のボトルをひっくり返してラベルを確かめるのに、隆はふと思いついて「こっちにおいで」と彼を手招きした。  潤滑剤のたぐいは資料としてたくさん買い集めてあるが、実用として使うことがないので、消費期限には無頓着になっている。隆は仕事部屋を出てリビングの隅に移動すると、段ボール箱のひとつを開けてやった。 「この箱にもいろいろ入っているから、好きなの使ってくれていいからね。説明や消費期限はちゃんと確認するんだよ?」 「うん。隆さんありがとう」  素直に礼を述べる智に、隆は破顔した。  そのころ隆の抜けた仕事部屋では、アシスタントたちが云いたい放題になっていた。 「先生、ほんま補正はげしいっすね」 「いや、小林くん、あれどんな補正よ?」  棚橋に突っこまれて、「見た目かな? ピュア風に見えるフィルターとか?」と小林が頭を傾けと、その横で斉藤はうんうんと首をたてに振った。 「ねぇ。先生、あの子のことちゃんと見えてないんだよね」  三人のなかで年長者である斉藤がいちばん言葉が控えめだが、それでも 「ラブローションだって、智くんが口にすれば、きっと先生には調味料かなんかの名まえに聞こえてるんだね」 と、思わず苦笑だ。 「あの子に限って気持ちを汲んでやるだとか、マジいらね」 「ほんまほんま。あんだけ他人(ひと)に要望云えるヤツ、そうそういねぇ」 「未成年としての後ろめたさ皆無! あははははっ」  口の悪いふたりが、それでもここの先生のことを大変気に入っているということを、斉藤はよく知っていた。だから彼らを咎めることもなく、話もたのしく聞いていられるのだ。  そして敬愛する穏やかな先生とあのしっかりものの中学生の組み合あわせを、最近面白いと思いはじめている。  だから彼は器用にカッターナイフを扱いながら、今日も隆と智の意外な相性の良さを想って、ひと知れず笑みをこぼすのだった。                  END

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