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第1話 甘やかされる上条家の四男坊。2⃣ ~先生の恋は盲目~ 約3500文字
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二宮隆 は、今年で二十三才になった漫画家だ。
学生時代に書いた小説に自分で挿絵もつけていたところ、そのままそれが商業誌になり、あっというまにテレビアニメになった。
すっかりイラストレーターとして名まえが知られるようになった隆は、今は小説ではなく漫画を描いて生計を立てている。作品の内容はエロが主体だ。
仕事がら不摂生極まりない隆のもとに、最近、年若い家政夫が通ってきてくれるようになった。名まえは上条智 という。彼はおなじマンションの一階に住む中学生で、特殊な家庭環境のせいか、まだ十五歳なのにとても家事能力に優れていた。
登校前には昼用に弁当を届けてくれ、夕方には自宅で作った晩御飯を運んできてくれる。
毎食きちんと食事をとるようになったおかげで、隆は以前より朝の起き抜けも調子もよく、血色も改善された。
彼に仕事としてお願いしているのは食事の差しいれだけであったが、独り暮らしのこの部屋には部屋がじゅうぶんに余っている。好きなときに来て好きに寛いでくれていいよと云ってあげたら、晩御飯を届けたあと彼はここでごろごろしていくようになった。それですっかり親しい間柄になった。
ごろごろといってもその大半は受験生らしく教科書などを手にしていたりするので、隆は彼の自制心や真面目さに好感をもっていた。
また彼は隆が締め切りに追われて大変なときには、掃除や洗濯もしてくれる。出入りするアシスタントさんの使った食器を洗ってくれたり、お茶の用意をしてくれたりもするので、たいへん助かっていたのだ。
智はとてもいい子だった。
それにしてもだ。
――彼のことが、よくわからない。
隆は晩御飯のあとの茶をずずっと啜りながら、座敷に転がって雑誌を読む智を眺めた。
クラスでも小柄なほうだと推測できるほっそりとした体つきの智は、愛らしい顔のわりには男らしい印象がある。
見た目はさっぱりとした短髪をしていて、細いくせに二の腕にはしなやかな筋肉をつけている。それに彼はとても無口なのだ。べらべらしゃべったり、はしゃいだりすることがまずなかった。
この家で用事をこなす彼は、鼻歌すら歌わず、独り言も云わないで、いつも黙々淡々と動いていた。だから隆は彼が何を考えているのか、まったく見当がつかないでいたのだ。
(俺と智くんとじゃ、年が離れすぎているもんな。十五、十六、十七……八歳か)
指折り彼との歳の差を数えてみると、それは八年だ。
隆は最近自分が彼の年齢のときにはなにを考え、どんなことをしていただろうか、と首を捻ることが増えた。
隆は智にとても助けられていると感じているのだ。
謝礼金は出しているがそれ以外にも彼にしてやれることがあるのなら、やぶさかではないといつも思っている。彼が求めているものは、いったいなんなんだろう。
彼と知りあうきっかけを作ってくれた編集者の立花が云うには、智の家は大家族だそうだ。
大家族というと、隆のなかでは子が親に蔑 ろにされているイメージがつきまとう。
子どもが多いがゆえに生活費がかさばり家は常に貧乏で、彼は時間も居場所もなくて苦労をしていたりするのではないかと、隆は智を見やっては思わずほろりとなってしまうのだ。
こうやって彼がここに入り浸るのも、安らぎを求めてのことなのだろうと、おとなしく我儘を云いそうにない智を、常に不憫に感じてしまう隆だった。
「隆さん」
ダイニングテーブルで湯飲みを片手に、目頭に滲んだ涙を拭きとっていると、読んでいた本を手にした智が目のまえに立っていた。
「ん? なんだい?」
「オナニーしたいから、これ貸して」
彼がこちらに表紙が見えるようにして「これ」と示した本は、隆が資料のために用意していたアダルト写真集だ。
「うーん。構わないけど、もうすぐアシさんたちが来るから、寝室でしたほうがいいんじゃないかな?」
それでもひとの出入りが気になって落着かないのではないかと、隆は彼に申し訳なく思ってしまう。
「うん。そうする。ありがとう」
智は礼を云うと、素直に本を持って座敷を出ていった。
「本当に大人しい子だよな」
そう口にして、隆はまたズズッと茶を啜った。
*
「中学生って、なに考えてるんだろうね。ほんと僕にはさっぱりだよ」
締め切りを二日後に控えた原稿をやっつけながら、隆は眠気覚ましがわりに口をきった。
すると二つ年上の男性アシスタントの斉藤さんが「は?」と顔をあげる。部屋にはほかに男性の小林さんと女性の棚橋さんがいる。
「あぁ、智くんのことですね。ほんと智くんは毎日毎日ご飯届けてくれて、ありがたいですよねぇ。しかもめっさおいしいし」
最近では来てもらっているアシスタントさんたちにも、智のつくった料理が重宝されるようになった。
安いうえに栄養バランスもよく、たくさん食べられる。彼の料理をいたく気にいった一人暮らしの斉藤さんは、なんとタッパ持参で数日分の料理を家に詰め帰っていくほどだ。
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