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第8話
医者の家系に次男として生まれ、兄同様、医者の道を進むことを強いられてきた。だが、医療に従事する父を見ても、父を見習わせようとする母を見ても、机にかじりつく兄を見ても、医者になろうとは思えなかった。
取柄は勉強だけ。あと、少しだけ足が速かった。たったそれだけで、友だちもいないまま高校に進み、二年生の時に彼女と出会った。そこは進学校で、成績を何より重視して、生徒同士のトラブルはおざなりだった。友だちの作り方も知らない上に、頭だけはよく、周りとの軋轢が多かった白崎はかなりの問題児だった。
それでも、二年で担任が彼女に変わるまでは誰も何も言わずに放置していて、二年生になって初めて白崎にも友人と思える相手ができ、初恋というものを知った。
彼女と出会うまで、世の中は自分とその他でしかなかったらしい。
話のどこかで白崎は「拗らせ方でいえばお前の方がまだまし」と言っていた。確かにそうだ。少なくとも、仁志は形だけでも友人がいる。
だが、親は同じようなレベルだろう。
扉を叩く音がする。夜中に目を覚ますと、また扉の向こうで母の舞の啜り泣く声がしたが、無視を決め込む。出ていけば面倒なことになるのはもうよくわかっていた。
終業式で渡された成績表を見ても何とも思わなかった。テスト結果を見た時からこんなものとわかっていたからだ。
ただ、それを見た母親がここまでおかしくなるとは思わなかった。
少し、成績が下がっていたことが引き金だ。それでも学年では五本の指に入っていたのだから構わないだろうと思っていたのだが、舞は違っていたらしい。父親の隆一にはまだ成績を見せていないが、夫に何でも報告する舞の焦燥ぶりから相当怒っているということは想像できた。
「隆一さんがあなたの成績に何て言うかわかるっ……? この家の跡取りがあんな成績で恥ずかしくないの? 寝ている暇なんてないのよっ。聞いているの、ねえ仁志さん、聞いているの? 起きているのっ? 寝てる場合じゃないのよ! ママが起きてお勉強に付き合ってあげるから、ねえっ、ママのお話ちゃんと聞いているのっ? ねえ! あなた、隆一さんにあんな成績を見せるつもりなのっ?」
ぐるぐる、ぐるぐる、同じことばかり夜の間ずっと叫んでいる。茶道の教室にはここしばらく通っていない様子だった。その体力もあって夜通し叫ばれては寝ていられない。
だからだろう、白崎に抜いてもらった後は強烈な眠気に襲われて困る。
「目、とろとろだな」
夏休み。茹だるような科学室で二回射精して煙草をねだり、白崎の手から吸わせてもらう。白崎はよれよれのTシャツに緩いジャージズボンで、いつにもましてだらしない。
あんな話を聞いた後でも、気持ちは変わらないどころか、この男に親近感を覚えて余計に離れがたくなっていた。そもそも、白崎が好きだった女も普通の女で、確かに生徒を家に招いて煙草を吸わせるなんて非常識極まりないが、それだけだ。むしろ、想像していたよりぐいぐい来るうるさいイメージの女で、どうしてそんな奴に白崎が惚れたのかわからない。
でも、それが白崎には刺激的だったのだろう。今の仁志がそうであるように。
登校日以外も学校は開放されていて、勉強のために教室や図書室に出入りできる。そんなことをする生徒のほとんどは三年生だが、仁志もほとんど毎日登校していた。家にいても、舞が部屋のドアを叩き勉強の進捗を聞いたり、気をもんで小言を撒き散らしたり、とにかく落ち着かない。
今までは何となく弁護士になるしかないと思っていたが、ここ数週間で、将来なんてどうでもいいから、どうしたらあの家と縁を切れるのか考えるようになっていた。
白崎の手から煙草を吸って、冷たい床に横になる。頭がぼうっとして体が怠い。
「眠いなら保健室で寝てこい」
「うるさ……。別に、眠くないし」
登校してまで寝るわけにはいかないと思ったが、こんなところでサボっていれば同じことだ。つい自分の腕を枕に目を閉じる。すると、それを邪魔するようにスラックスと下着が下ろされ、そのままずるりと脱がされた。下半身を踝丈の靴下だけにされたが、何をされるのかどうでもよくて、そのまま横になっていた。
白崎に勝手を許していると、先ほど散々触られてやっと萎えた性器を少し触った後、尻を手の甲でさらりと撫でられた。くすぐられたような刺激に腰がピクッと跳ねる。
「っく、すぐったいんだけど……なに?」
「ん? いや、お前が天の邪鬼だから素直になれるように、と思って」
白崎は「はあ、熱い」と愚痴って立ち上がる。眼鏡を外してシャツで顔の汗を拭く。
夏休み中、生徒にあちこち歩き回らせないために、学年の教室や図書室など、開放している場所以外のエアコンは職員室で電源管理されていて使えない。科学室もそのひとつだった。
一応、窓は空いているし、扇風機も回っているが焼け石に水だ。
立ち上がった白崎は扇風機を一段階強くしてから、近くの棚に近づき、箱からいくつかラテックス手袋を出してひとつを手につけた。残りをポケットに入れる。
「……手袋って、意味が分からないんだけど」
「お前、マゾだから気に入るぞ」
そう言いながら自分の額の汗をよれたTシャツの襟を引っ張って拭い、仁志の片足を肩に担ぐ。白崎に向けて足を開いたような格好にされ、顔が熱くなる。
「やめ……」
起き上がろうとすると白崎が手を振り上げる。あっと思った時には尻を手袋をつけた手で平手打ちされていた。
「っんは……」
「大人しくしてろ。って、まあ、お前にはこれもご褒美みたいなものか? ん?」
「ぁ、んっ」
先程よりは軽くだがまた尻を叩かれた。体が期待して一度目より敏感に白崎の手を感じてしまう。
「見ろ」
白崎が半透明の何かがついた指を見せてくる。
「なに、それ」
「ワセリン。ローションねえからな」
言いながら片手で器用に足を抱え直す。
「それで何す……っう、く……?」
何が起きたのか一瞬分からなかった。
尻の中に白崎の指が入っている。
「っあ、や」
「暴れるなよ、俺の指が折れるから」
白崎の指が出たり入ったりを繰り返している。痛くはないが、ぬるぬると動く指が気持ち悪い。それでもそのまま体を固くしていると、中を弄られていても関係なく体が眠気に包まれてきた。
「は……ん……」
つい足を広げられた恥ずかしさも忘れて、目を閉じてうとうとしていると、白崎が空いた手で性器を触ってくる。その緩い快感でとうとう意識を手放しかけた時、じわっと腰が動くような毛色の違う気持ちよさに少し目が覚める。
「ふ……ぁ……なに?」
「眠いせいか、ゆるゆるだな。ほら、ここ」
「っ……ぅ」
親指で陰嚢の下を押さえ、中に入った指でくっと腹側を押されて息が詰まる。腰がびくっと震えた。
「っぁ、は……? なに、今の……」
「素直のツボ」
「んなわけ……」
「じゃあ、男のGスポット。名称なんてどうでもいいだろ。ここ、指ですりすりされると気持ちいいんじゃねえか?」
押されたところを指が押して、撫でるように動く。じわじわ気持ちよさが体の奥を揺さぶり、鼻から抜けたような声が出て、情けなくて体が中から熱を持つ。
「んぅっ……はっ、ぁんっ……はぁっ……」
「腰ヘコヘコしてるぞ」
いつの間にか気持ちいい角度を探すように腰が動いていた。白崎の馬鹿にしたような話し方でハッとして、弄くられている下半身から目をそらしてぎゅっときつく閉じた。性器を触られている気持ちよさとは違う。少しも我慢がきかない。
「気持ちよくて動いちゃうわけ?」
「だ、て……っぁ、勝手に……っ」
「気持ちいいって認めろよ。それとも、ご褒美がないと素直になれねえのか?」
白崎が指を抜く。仁志の足を肩から下ろし、ぬらぬらと光る手袋を外した。
「う、ぁ……」
「物足りないのか? ケツの穴、ひくついてるぞ」
好き勝手に言いながら白崎が汗まみれのTシャツを脱ぐ。腕や顔よりいくらか日に焼けていない白い胸や腹。思っていたより引き締まって鍛えられていた。
そして体のあちこちに薄い肉色の傷跡が出来ている。どうしたのか気になった――同時に、白崎の過去話の内容が頭の中をちらつく。
白崎の家も『厳しかった』のだ。
だが、今はそれどころではない。
「やっぱ脱ぐと涼しいわな」
「ば、馬鹿っ……っお、俺を脱がせたくせに、そっちまで脱いだら、誰か来た時どうするんだよ」
「熱中症対策ってことで」
「ふざけてないで、本当に」
「とかいいながら、お前……すげえ俺の体見るじゃん」
否定するより先に顔にTシャツを近づけられて、つい言葉に詰まる。
「な、に」
「うつ伏せになってこれで口塞げ。お前、喘ぎでかいんだよ」
「それはっ……へ、変なことするから」
「ハイハイ、俺のせいね。ほら、イかせてやるからさっさと向き変えろ」
「んっ」
ペシッと太股を叩かれつい声が漏れる。
渋々、白崎のシャツを持ってうつ伏せになったが、四つん這いになるように腰を掴まれて引き寄せられる。
「な、何でこんな、格好……」
「何でって、まだケツを俺に向けるの恥ずかしいのか?」
「ちがっ……」
うまく頭が回らない。それとこれは話が違うと思っても言葉になるまで時間がかかり、その間、白崎は仁志の返事を待とうとはせず、ポケットから出した新しいラテックス手袋をつけ、床に置いてある容器に指を入れる。あれがワセリンの容器だと気づいて余計に言葉が出てこなくなる。
「あ、や」
「ちゃんと口塞いでろよ」
「待っ……ぁあっ」
片手で尻タブを広げられ、後ろにまた指を入れられる。しかも今度はいきなり二本入れられた。その指があそこをぐりぐりと刺激する。
「うっ、ああ! あっ、あん!」
途端に汗が吹き出し、快感に押し出されて涙が出てくる。その上、ぐり、ぐりと押されるたび、自分が音の鳴る人形になったかのように媚びたような甲高い喘ぎが止められない。
白崎に預けられたTシャツに顔を埋めて声を殺す。
「ん、ふうっ、うっ、うぅんっ……」
湿ったようなTシャツから白崎の匂いがする。煙草とあの消臭スプレーの匂いに汗がまじった匂いだ。それだけでぞくぞくして肌が粟立ち、ゴツゴツした白崎の指を中で感じて情けなく腰が動く。
勃起した性器が腰の動きに合わせて腹を打って揺れるのが分かる。それがもどかしく、気持ちいい。手を伸ばして自分で性器をしごく。
そんなみっともない自分の姿を見ているのが白崎だと思うと更に興奮した。
「んぅ、ううっ……ふぅ、んっ」
「俺、お前なら抱けるかもな」
唐突に囁かれた言葉に、ろくにものを考えられない頭がびりびりと喜ぶのを感じて。
気づけば白崎のTシャツを噛み締めて絶頂していた。
「はぁ……んっ」
「何だ、期待してイったのか?」
絶頂が過ぎて力が抜けて、腰が落ちる。膝が立たない。
「ん、ふ」
ぬるっと指が抜け、うつ伏せで脱力する仁志の上に白崎が体を重ねてくる。
外気より耳に感じる白崎の吐息の方が熱くて、指一本動かないほど体は疲れているのに、心臓は馬鹿になったように暴れまわっている。
「なあ。お前がいい子にして、素直になるなら抱いてやってもいいぞ」
「あ」
耳に囁かれる。骨の奥が甘く痺れるような囁きだった。
「ここ」
また中に指が入ってくる。浅い縁のところを出たり入ったり、焦らすような動きで頭が痺れてくる。
「っん、ぅ……ぁ、ふ……」
「俺のちんぽさ、ここにほしくねえ?」
指が抜け、後ろの穴がひくつく。疼く中をみっちりと埋める白崎のものを想像して腹の奥がきゅうっと気持ちよくなる。Tシャツに顔を埋めると、尻に硬いものが当たった。布越しに感じるそれがたまらなくほしい。
「んっ……あ、当たって……」
「お前がケツ上げてるからだけどな。……で? お前、何で寝不足なわけ?」
「ね、ぶそく……」
夜な夜な部屋の前で怒鳴り、泣く舞の声を思い出す。
どうして成績が下がったのかと怒鳴り、寝ている場合じゃないと泣く。隆一には見せられない成績だと責められ、跡取りの癖に恥ずかしくないのかと叫ぶ。
どうして、何がそこまで母を追い詰めたのか分からない。わかるのは、成績が下がった理由。授業に集中できないほど、白崎にのめり込んでしまったから、それ以外にない。
「っんぁ、う」
腹の中のあの気持ちいいところを白崎の指が掠める。
「ほら、俺に抱かれたいんだろ?」
言えば抱いてもらえる。
言えば抱いてもらえる。
白崎のあれで中を、中を。
――まあ、男は抱けねえけどな。
「……仁志?」
Tシャツに顔を埋める。気持ちよくて押し出されるように勝手に出てくる涙とは違う涙が出てきた。いつか夢で見た白崎の台詞で我にかえる。
顔が熱い。息をすると声が震える。
「か、母さんが……電話しないはずない」
スマホの電源を落とさなければ鳴り続ける着信。息子に連絡がつかなければ、あの散乱した様子なら次に何をするかくらい、少し考えれば分かることだ。
白崎は知っている。
仁志の成績のことで母の舞が担任に文句をつけないはずがない。
「何だ、気づいたのか」
指が抜けた。体が震える。白崎がため息をつく。
「困ってるってお前の口から言わせてみたかったんだけどな。そこがまあ、かわいげなのかもな、お前の場合は」
「……あんたに助けてもらおうとか、別に思ってない。抱く気もないくせに、最低だ」
女を好きになる白崎が仁志を抱けるわけがなかった。まともな頭ならすぐにわかる問題だが、本気で期待した自分に腹が立つ。仕方がない。口でどれだけ否定しようが、このろくでもない男を好きになってしまった事実だけはどうしようもない。
「俺に抱く気があったら嬉しいか?」
「馬鹿にするなっ」
蹴飛ばす勢いで足を振ると白崎が驚いたように離れる。
今だって抱いてほしいと思う。指とは全く違うのだろう。白崎と繋がれたらどんなにいいか。何も考えられないくらい中も外もぐちゃぐちゃに掻き乱してもらいたかった。そうやって混ざれたら少しは、彼の中に残れるのではないかと痛い程、期待している。
「危ねえな。蹴るなよ、おい。仁志?」
どっと疲れが押し寄せてきて目を閉じた。
白崎のTシャツを枕のようにして、一瞬気が遠退く。ハッとして微睡みながら目を覚ますと、最初に目についたのは白崎の薄汚れたシャツではなく、ノリの効いた白いシーツだった。
涼しいくらい空調が行き届いた部屋。タオルケットが体を覆っている。頭の下にはゴムの氷枕があり、寝返りを打つとちゃぽっと音を立てる。少し体を動かしただけで、ベッドが安っぽく軋む。保健室だった。
カーテンでベッドが分けられていて、向こう側は見えない。話し声だけ聞こえてくる。白崎と、養護教諭の三上の声だった。三上は若く、顔立ちは地味だが整っていて、運動部の連中が怪我の手当てを受けるたび、鼻の下を伸ばして彼女に手当てされたことを自慢している。
「寝不足と軽い熱中症だと思うので寝かせといてやってください」
白崎が適当にこじつけた理由を説明している。
「そうですか、分かりました。白崎先生もちゃんと水分取ってくださいね」
「はあ」
白崎の気のない返事。
そこからとりとめのない業務の話になり、うとうとしていると急に三上が「あのっ」と声を張った。
「し、白崎先生は今……お付き合いされている方とか、その、いらっしゃるんですか?」
三上の声のトーンがいつもと違う。緊張で上ずった声。
ああ、と。仁志はぼんやり運動部の連中に同情する。なるほど、三上は白崎が好きなのか。ベッドに具合の悪い生徒が寝ているというのに全く不謹慎な女だ。
白崎はしばらく黙り込み、それから「三上先生って、煙草吸いますか」と、いつもの淡々とした調子で質問する。
三上はまさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったのだろう。狼狽えてまごついている。
「た、煙草ですか……私は、そうですね、吸いませんけど、あ、父が愛煙家なので、嫌ではないと思うんですけど、でも、体に悪いですし」
「俺、ヤニ臭い女じゃないと抜けないんですよね」
「は……はい……?」
白崎はさも当然のように言って「なので、三上先生の期待には答えられないですね」と先回りしてばっさりと断りを入れた。
あまりのことに眠気が飛ぶ。
三上は「え、いえ、私」としどろもどろになり、パタパタと忙しない足音を立てて保健室を出ていった。
ベッドでじっとしていると、白崎がため息をつく。
「……起きてるか」
静かに声をかけられ、寝ているふりをした。返事をせず息をひそめていると、こっちに来る足音がしてカーテンが開けられた。目を閉じてやり過ごそうとしたが、額をコツンと拳で触られて目を開けるしかなかった。
「下手くそな狸寝入りだな。しばらく寝たら帰れよ」
「……わかってる」
そう返事をしたにも拘らず、白崎はベッドのそばを離れない。目を閉じると髪を触られる。その手つきが優しくて、無性に悲しかった。
素直になれば抱くなんて嘘をすっかり信じていた自分に呆れる。この男は自分とは違う。女が好きで、仁志とは遊んでいるだけだ。それに、ヤニ臭い女というのはどう考えても白崎の初恋、昔の担任の女のことだった。
「……仁志」
「やめろっ」
胸の膿んだような痛みにたえきれず、白崎の手を振り払う。
「何だ、嫌じゃねえだろ」
「白々しいんだよっ! 俺がどう思ってるか、何を考えてるかなんて、わかってるくせに……」
結局はいつも手のひらの上で転がされて、軽くあしらわれる。餌をちらつかされて、いいように遊ばれる。
「あんたが構うから、いつまでも諦めがつかない。遊ばれてる自覚はある、望みがないのも頭ではわかってる、けど……」
どうしても期待する。好きだからだ。触られて、名前を呼ばれて、特別扱いされて。こんな状態で何を言い訳にしても、好かれている事実は消えてくれない。
三上は馬鹿だ。ただ煙草を吸えばこの男が手に入ったのに、それほどの気持ちもなかったのかと笑えてくる。自分なら、一度でも抱いてもらえるなら、喜んで煙草に手を出した。きっと喫煙が原因で死ぬと予言されていても吸っただろう。
「素直がどうとかじゃない。俺が女じゃないから、あんたは、俺が、女だったら……女だったら」
男を好きになるのに、どうして女の体をしていなかったのだろう。女になりたいと思ったことはなかったが、抱いてもらえる体がほしかった。
溢れそうになる涙を必死でこらえて白崎を責めた。だが、我ながら責めるといえるほどの語気はなく、言葉尻は情けなく震えている。
白崎がベッドの脇にしゃがみこむ。仁志、と名前を呼ばれた。
「お前だったら俺は、抱いてもいいかと思った」
さすがに頭に来た。
「そんな、嘘で……今さら俺が……」
殴ろうとした手を押さえ込まれる。
「っ離せ!」
「馬鹿、本当にお前とならいいと思ったんだ」
白崎が顔を近づけてくる。どうして、何でと、考える暇も与えられず、唇が重なる。ささくれ立った硬い唇が、何が起きたのかわからないうちに離れていった。
そのまま踵を返す白崎に手を伸ばす。しわくちゃのシャツを掴んだ。
「今、なに……なんで」
「俺はやめとけ」
引き留める仁志の手を払って白崎は保健室を出ていった。
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