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第7話

「授業中だぞ」  机に突っ伏して目を閉じていると、うなじを撫でられた。先ほどまでの熱を思い出してゾクリとする。  さりさりとうなじを撫でる白崎の指先を振り払おうとして床に押し倒される。  背中を打った痛みより、周りのざわめきより、白崎に押し倒されたという事実に頭が真っ白になる。 「し、白崎……っひ」  制服のスラックスの上から股間を揉まれる。尻を撫でられ、ぞくぞくした。硬くなったそれが今にも絶頂を迎えかけた時、白崎が耳元で囁く。 「まあ、男は抱けねえけどな」  ハッとして目を覚ました。  自分の部屋の天井。熱が籠る布団。じっとり濡れた背中と、びしょびしょの額。起き上がって汗で湿ったシャツを脱ぎ、顔を拭いた。  最低な夢過ぎて言葉が出てこない。  教室のど真ん中で押し倒されて興奮したことも、白崎の台詞も。  あの男のせいで、自分は男しか好きになれないかもしれない、という不安が現実のものになった気がする。今までも同性に惹かれることは何度もあった。その度に何かの間違いだと思いたくて、ずっと自分の感情から目をそらしてきた。だが、あの日、煙草を吸う白崎を見て……。  今はもうあの匂いだけで勃起できる。まるでパブロフの犬だ。  こんなにどうしようもないほど頭の中が白崎で一杯なのに、向こうは違う。仁志のことは玩具程度にしか感じていないのだろう。万が一、この関係が暴かれそうになれば、白崎は保身に走るだろう。切り捨てられるのは分かっている。  煙草の苦さ、科学室の汗と精液のこもった匂い、先生と、生徒。いつか思い返しても、微笑んでいられるような思い出とは違う。白崎の初恋、あの白崎が優しく微笑むような恋とは、どんなものだったのだろう。  知りたくないと強く思う反面、それを知ればこの気持ちにけじめをつけられる気もしていた。  だが、そう。いざ、それを尋ねてみると妙な強い違和感があった。白崎がキョトンとして、それからにやりと目で笑う。  いつもの科学室。相変わらず窓を開けていてもさっきまで降っていた雨のせいで蒸し暑い。 「気になるか?」  ベルトを外す手を止め、スラックスの上から期待で硬くなった性器を撫でる。カリカリと指で刺激されて正面に立つ白崎のシャツを握った。こんなタイミングで聞く話ではない。 「ふ、ぁ……っ」 「顔とろとろ。気持ちいいんだろ? 乳首も立ってる」 「っあ……ん、ん」  ぽつっとシャツに浮いた乳首をくりくりと摘ままれ、腰が引ける。こんなところ自分で触ってもなんともなかったはずなのに、白崎に触られるようになってからシャツに擦れるだけでも気になる時があった。 「く、ん……」 「お前、ほんと感度いいよな。未開発でこれとか、エロすぎ。歴代の女が霞むわ」  快感でぼやけた頭が「違う」と言っている。聞きたいのはそんな俗な女の話ではない。そこに名を連ねたいわけではない。  思い出だけで、白崎にあんな顔をさせる女が知りたかった。  白崎の香ばしい吐息が頬にかかる。顔を傾ければキスができそうな位置に唇がある。 「お前みたいに流されやすい女だったら、楽だったんだろうな」 「え……あぅっ」  もうすっかり硬くなっていた性器を膝で乱暴に擦られる。 「ば、か……! 出る、出っ……」 「早漏」  仁志のスラックスを手際よく下ろし、すぐそこに絶頂を予感している性器の先っぽを握り込むようにして撫でまわす。 「っぁあ、それ……だめ、やめっ……くふ、あっ……」 「俺はガキで、あの女はすっかり大人で。教師で」  急に白崎が話し始めたその内容が、ああ、初恋の話だと気づくまでに時間がかかった。頭の中はすっかりとろけていて、耳の奥をくすぐる白崎の声が何を言っているかより、焦れて暑くてたまらない体を何とかしたくて、シャツを握る手に力が入る。  弱いところをぬるぬると刺激する手が気持ちいい。声が骨の奥をくすぐって、頭が痺れる。快感で涙が目に膜を張り、イきたくて腰が気持ちいい角度を探して動く。 「ふ、あっ……あ、んっ」 「俺が真面目に話をしてやってるんだから、喘ぐなよ。仁志。聞きたいんだろ?」 「ひっ」  ぎゅっと乳首をつねり上げられても萎える気配なんてない。 「彼女は俺の逃げ場だった。家の誰とも全く違う彼女が好きだった」 「ん……」  竿の根本からゆっくりと扱かれる。 「イくっ……イ、ぁ……」 「まだしゃべってる最中だろ」  手が離れる。絶頂寸前で放り出されて、汗で濡れた額を白崎の肩に押し当てる。ぐるぐると渦巻く熱を吐くように息をしているとまた手がゆるりと動き始める。 「ぁ、や……っ」  白崎は過去を語っては、仁志が達しそうになると手を止めて揶揄し、息が整うとすぐまた手を動かした。  イきたい。出したい。頭がおかしくなりそうなほど強くそう思うのに、突き飛ばして自分で扱けないのは、白崎の語る「彼女」の話がぼやけた頭でも痛いくらい気になったからだ。  教師だった彼女に惚れて、躾の厳しい家にいるのが億劫な休日は、担任である彼女の家に上がり込み、次第にそういう関係になっていった。  どことなく自分と似たような境遇だったからか、余計に続きが気になった。  両手を噛むように口を押える。 「俺は『お医者様』にならなくちゃならない家の息子にしては不出来だった。あの女はそれでもいいじゃんってさ。無責任なことを言うとこも好きだった。自由に見えて。何も、どこも自由なんかじゃなかった。……そろそろイくか?」  とろとろと涙が出る。首を横に振ったが、白崎の手の動きが早くなる。くちゅくちゅと興奮を煽る音が科学室に響く。 「ひ、ぁ……あ、だめ、イっ……イくっ……!」  つま先から頭のてっぺんまで快感に包まれて、吐き出した余韻で膝から崩れるように床に座り込むと、汚れた手をティッシュでふき取る白崎がちょうど視線の先にいた。  シワが目立つジャージ姿。汚い髭と眼鏡。蛇みたいな目。ひねくれたことしか言わない。自分の生徒の性器を扱いて涼しい顔をしている。そういう白崎しか知らない仁志にとって、本人の口から語られた幼い日の白崎は今の姿からは想像できないほど、純粋だった。 「……その人と、つき合ってた?」  気だるいような、眠いような、寂しいような。そんな頭でさほど考えずに問いかけた。  教師と生徒。まるで今の自分たちのようだった。  白崎は鼻で笑う。 「さあな」

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