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第6話
今年の梅雨は長く、来週に終業式を控えた今日も朝から雨降りで蒸し暑かった。
昼休み、エアコンが切れたままの科学室の床に寝転び、射精後の眠気を感じながらスラックスの前を寛げた格好で窓の外を見る。本来なら高い位置にあるだろう太陽は分厚い雲におおわれていて、辺りは夕方のように暗い。
暗さと、最近の寝不足もあり眠気が気持ちいい。
「廊下で騒ぐもんじゃねえぞ」
科学室から顔を出し、廊下で騒いでいた生徒を注意する白崎の声に少し目が覚める。
今まで仁志の性器をなめて、噛んで、弄んでいた口でまともなことをいっているのが、何だか倒錯的でぞくりとする。
シガレットケースを取り上げられてしばらく経ったが、返してくれる様子はない。その代わり、吸いたい時にここに来れば白崎に手ずから吸わせてもらえた。
もちろん、いつも白崎がいるわけではないが、最近は次の約束を取りつけてからここに来る。しかし、煙草が吸いたい、禁煙で使う貼り薬では満足できない、というわけではない。
白崎に煙草を吸わせてもらう行為そのものが、今一番興奮する自慰のルーティーンとなっていた。ここに来れば、白崎に触れてもらえる。玩具にされているとしても、もはやそうやって遊んでもらう以外に、何者にもなれないのなら、これでいいと思うようになっていた。
そもそも、恋愛対象が女だという白崎に、何らかの希望なんて持てはしない。そんなものを胸に抱いてもつらいだけだ。
玩具にされているだけ、ましではないだろうか。むしろ、男女だったらここまでの関係にはなれなかったように思う。
白崎が扉を閉めて戻ってくる。仁志の頭の方に立って、そのまま動かない。見られていると感じて、恥ずかしさと気まずさで横を向き、目を閉じた。
「お前、顔はアイドルみたいな顔なのにな。どっちの親に似たんだ？」
母親の舞は自分に似たというが、そんなふうには思えなかった。実の父親は家にあまり帰らない人だった。それに写真も残っていないので、よく思い出せない。
答えずにいると白崎がふっと息をつく。
「まあ、お前くらい整ってなけりゃ、ちんぽなんか弄ってやろうとは思わなかったな」
「やっぱり女が好きなのか」
口に出してみると、頭の中で思っていたよりも残念そうな情けない声が出た。
白崎はなんの感慨もなさそうな声で「まあな」といってしゃがみこみ、仁志の頬を指先で撫でた。
くすぐったいような触れ方に、手を動かして払う。
「やめろ」
「前も言ったと思うけどな、お前かわいいよ。感じやすくてエロいとこもかわいいし……かわいくて、それで、かわいそうで、いつまでも見ていられる」
「最低だよ、あんた」
「その最低男を好きになっちまったんだろ？」
「……好きじゃない」
「俺に触られると興奮するくせに」
制服のシャツの上から急に胸を触られて驚く。
飛び起きて白崎を振り向いた。
「な、に」
「ちんぽはいいけど胸はダメなのか？」
「いや……。そもそも、何で触るんだよ」
「いつもイった後、乳首硬くさせてるから感じるんだろうなって思ってさ」
「女じゃないんだから、そんなわけない」
「は、童貞ちゃん。女の子だって最初からおっぱいが気持ちいい子ばっかりじゃねえんだよ。でも、ああ、まあ、いないこともないみたいだけどな」
白崎が手を伸ばしてまたシャツの上から仁志の胸の先を撫でた。
「っ……ん、く」
乳首を軽く撫でられただけで、ぞくっとして体が強ばる。
「ほら、感じるだろ。シャツの上からでも勃起が丸分かりだぞ」
確かに白崎のいったとおり、つんとシャツを持ち上げているように見える。
服の上から両方の乳首を摘ままれ、白崎のジャージにしがみつく。
「ひっ、待って……あっ、んんっ」
「乳首尖らせたまま午後の授業出てみろよ。どうせ、最初は俺の授業だろ」
机に座って体を火照らせる自分。白崎がそばを通るたび、見つめられるたび、体が疼いてしまうのは簡単に想像できた。
「んぁ、ぅ……」
「自分のエロい妄想で喘ぐなよ」
「あ、い、痛……っ！ やめ、ひ、ぃっ」
ぐりっと捻るようにつねられ、気持ちよさに負けた体がびくっとのけ反る。
「やめろ、じゃねえだろ。痛いのが気持ちいいくせに。本当に感じやすいなお前」
「だめっ、嫌だ、ぁっ」
緩急をつけてつねられ、その後に優しくしごくように擦られると、どうしてもへこへこと腰が動いてしまう。情けない格好を白崎に見られている恥ずかしさで顔から火が出そうだぅた。
「気持ちいいって言えたら抜いて終わりにしてやるぞ？」
「っ気、持ちよく、なんか……」
「よかねえって？ 認めないのは構ってほしいからか？」
シャツ越しに爪で乳首を弾く。
「ん、ぁ」
「どうしようもないな」
嘲るような声。白崎に哀れまれ、同時に可愛がられている。かわいくて、かわいそう。
「まあ、そこがいいんだけどな」
エロいからかわいいなんて、低能すぎる。低能、低俗、下品。最低で、下劣。そんな風に言葉でならいくらでも白崎を罵れるものの、体はこの男に汚ないものを与えられてよだれを垂らし喜んでいる。
酷くなる、何もかもが。
煙草の匂いだけで興奮していた自分が、ずいぶん昔に思えた。快楽の隣にいるのは、いつの間にか苦い香りや痛みではなく、白崎になってしまっている。
「乳首気持ちいいって言えたら、俺の口に突っ込んで腰振ってもいいぞ」
そういって、ぬらりとした赤い舌を見せるように口を開く。そこに突っ込んで腰を振りたい。
思い知らせるように胸の先を摘ままれ体がびくっと跳ねる。
「っん、ぁ、ち、乳首……」
顔が火照る。いやらしいことを言わされている状況に目眩がするほど興奮する。
「……乳首が、き、気持ち……ぃあっ」
ぺろんと白崎が仁志の下着をめくり、窮屈な場所から硬くなって飛び出してきた性器をかぽっと口に含む。
「くっ」
ねっとりと柔らかく熱い舌が唾液をまとわせて性器を舐め回す。腰を振っていいと言われたがそんな余裕なんてなかった。
乳首でさんざん感じていたせいか、深く咥えられ、軽く吸われただけであっという間に絶頂に襲われる。我慢なんて考える余裕もないうちに白崎の口の中に吐き出した。
「うっ……ぁ」
吐き出した後も竿を揉まれ、軽く吸われた。
全身が重怠く、未だに乳首がじんじん疼いている。絶頂後の緩い気持ちよさと、なにも考えたくない脱力感でぼうっとしていると、白崎が口を離して鼻で笑った。手で前髪を払われる。
「お前、汗だくだな」
白崎の手をよけて起き上がると、汗で濡れた背中がすぅっと冷える。シャツが肌にくっついて気持ち悪い。
「最悪……」
「つか、匂いがエロい。ちゃんとしてから戻らねえと、女とヤったと思われるんじゃねえか？」
「……うるさい」
他人事だと思って軽口を叩く白崎に苛立つ。着替えも制汗剤も教室だった。今からいそいそ戻って着替えて、体にスプレーを吹きかけるのはそれこそわざとらしい。
「あんた何か持ってないのかよ」
「お前こそヘビースモーカーのくせに匂い消し携帯してないわけ？」
「……染み付くほど吸わない」
「まあ、それもそうか」
自分の胸元を掴んでパタパタと扇ぐ。そしてポケットから小さいサイズの消臭スプレーを出した。
「煙草もこれ一本でばっちり消臭。精液のイカ臭さも一撃」
CMか何かの真似をしてふざける白崎にうんざりするし、きっとこんな最低なことは「かわいそうで、かわいい」自分以外にはいわない台詞なのだろうと、我ながらおかしなところで優越感を覚える。
そのふわふわとした優越感を、こんな関係は長くは続かないと振り切った。
何も考えないようにして、白崎から受け取ったスプレーをシャツの上から振った。
「……ん、この匂い」
「敏いやつなら気づくかな。俺とお前の関係」
少し考えればわかったことだが、シャツから白崎の匂いがする。
「っこの馬鹿教師」
スプレーを投げ返すと白崎はしっかりとそれをキャッチして笑いながら科学室を出ていった。
シャツを脱ぎ、匂いを飛ばそうとばさばさ扇ぐ。白崎に吸わせてもらう煙草と、消臭剤の匂いが鼻について離れない。
汗だとか精液だとか。そんな匂いよりずっと欲情を誘う。
濡れてひやりと冷たいシャツを着て、棚のガラスに写った自分の姿を確認する。乱れた髪を整え、ちらりと視線を落とした。
想像はしていたが、ぷくりと乳首がワイシャツを押し上げ、みっともないことになっている。しかも匂いのせいで、頭がうまく切り替わらない。
それでも出なければ後で何をちくちくいわれるか分からない。
科学室を出た。話しかけられないように早足で歩き、教室に入ってすぐ自分の席に突っ伏した。そこへ、待っていましたとばかりに話しかけてきたやつもいたが「寝るから起こして」と牽制する。
「寝るっていっても時間なくね？」
そんなこともいわれたが、無視して本当に寝る時のように深く呼吸をする。本気だとわかると昼寝を邪魔しようというやつはいなくなった。
そして揺すり起こされて、寝るふりをするだけだったはずが、本当に寝ていたことに気づく。
起立のかけ声で立ち上がり、ふと顔をあげると黒板の前に立つ白崎と目があった。礼というかけ声を無視して白崎から目をそらして人より早く椅子に座る。
そのまま机に突っ伏した。その瞬間にふと襟のところから白崎の匂いがして、数秒前まで感じていた眠気が失せていく。
それでも目を閉じていると授業を始めるつまらなさそうな白崎の声にとろとろした気持ちよさと眠気が戻ってきた。
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