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第1話 雨、ヤバいね
アパートの一階にある自分の家の扉を蹴ったけど、思ったより力は出ていなくて音も雨に紛れた。雨が降っていた。いわゆるゲリラ豪雨というもので、一粒一粒が力を持って落ちてくるような雨にどうしようもなく振られ、武市連はずぶ濡れだった。全身が濡れているけど、自分の家の鍵はない。今日持っていないというわけでなく、没収されたのだ。いつもなら帰らないか、適当に母親の帰宅まで時間をつぶすのだけど、突然の雨に公園でたむろっていた仲間と解散して、びしょぬれのままではどこへいく気もおきない。少し調子が悪かったのに、冷えてしまって、体がさらにだるくなる。雨は嫌いだ。雨が降るとろくな居場所がない。
「くそっ」
扉を背にして悪態をつきながら座ろうとするとざーざーぶりの中、一人の男が雨に濡れていた。遠くから歩いてきたその男はよく見ると傘を持っている。
見たことがある。このアパートの二軒隣の住人だ。背が高く髪が長い。若いけど、こういう男が年を取ったら不審者になりそうとか、よく職質されそうだとか思っていた。
男は玄関に座る武市を見た。長い前髪が雨で顔に張り付いている。なにを思ったのかこちらに近づいてくる。
「そんなところで濡れるよ?」
見た目から想像するより声も口調も思いのほか軽やかだった。
武市は自分をよくみてみろよハゲ、と口にしようとしたけど、アパートの屋根の下に入ってきた男は自分の髪を頭上にかき上げ、絞った。絞られたしずくはよく見ると引き締まって筋肉がついたひじから落ちる。初めてよく見た顔はもちろんはげてないし。腕に似合った精悍さだった。
「雨、ヤバいね」
にこっとわらった男は笑うとひとなつっこく愛想がいい。ポニーテールのように絞った髪はもみあげも後頭部の下も刈られていて、こじゃれた男がする髪型だと気づいた。
急にやってきた情報が多すぎて口が動かない。めまいがすると思ったらそれは本当にヤバいめまいで武市は気を失った。
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