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14執事とバンダナ

 メリュジーナ侯爵家に身を置くことになったイオは、厳格そうな執事ティオドールにこれから生活する自室へと案内された。ヴェルジークは執務があると、その場で別れる。使用人達の前で手を握られながら、いつまでも離れようとしないのでティオドールが引き剥がした。  屋敷は3階建てのようで、3階の屋根裏部屋に案内される。使用人は屋根裏部屋か、地下室または通いが基本のようだ。 「今日から君にはここに住んでもらう」 「はい、ティオドールさん」 「・・・ところで、それが魔剣か」 「・・・はい」 「少し見せてもらってもよろしいか」  実はティオドールは屋敷に着いたときから、イオの手にする魔剣をずっと見ていた。狙っているのかわからないが、魔剣の布を取るとイオは柄をぎゅっと握る。 「素晴らしい」 「ぇ」 「元々聖剣とはいえ、魔剣としての威厳さと妖艶さを兼ね備えている。願わくば手合わせ頂きたいものだ」 「すみません、オレは弱いし・・・魔剣を使って戦う事は出来ないので」 「そのような軟弱な精神で屋敷の主を守れるものではない。理由を付けて己を否定する事はやめなさい。メリュジーナ侯爵家の使用人として相応しくない」 「・・・えっと」 「返事は、はい、のみにしなさい」 「・・・は、はい」 「まずは荷造りを終えたら、1階のホールへ来なさい」 「はい」  ティオドールの言動は厳しいが、使用人としての心得をキチンと教えようとする態度から察するにイオを卑下しているようではないと感じた。  イオは荷造りを終えると、魔剣を部屋に置いて1階へと降りようとする。すると廊下の隅に人がうずくまっているのを見つけ声をかけてみる。 「あの、大丈夫?」 「うわぁッ」 「うわっ」  物凄い跳躍力で後ずさりされた。見た所少年のようだ。少年はボブカット風の白い髪をバンダナで巻いており、目は長めの前髪で隠れていて見えない。身長はイオより低そうだ。 「驚かせてごめん、オレはイオ。今日からここに住む、えーと、使用人見習いだよ。よろしくお願いします」 「・・・ぁ、僕は・・・エオル・・です」 「エオルくん、か。大丈夫?具合悪いの」 「ぁ・・いつものことなので・・大丈夫です」 「そうなの?手、出して」 「ぇ・・・」 「起こしてあげるから」 「・・・ぁ」  イオは、エオルと名乗る少年の細い手首を掴んでゆっくり起こしてあげた。立つとやはりイオより10cmほど低いようだ。片目が少し見えた。黒い瞳をしている。 「目は黒いんだね」 「・・・・ッ、・・ごめんなさい」 「どうして謝るの?エキゾチックでいいじゃないか、黒。オレなんか紫だし」 「ぇっ」  エオルは顔を上げてイオの瞳を見た。 「あの・・イオさんは魔族ですか」 「違うよ、訳あって魔剣は持ってるけど」 「ま、魔剣・・・」 「あ、執事さんが呼んでるんだった。またね、エオルくん」 「ぁ・・・は、はい」  イオは手を振り走って行くと、エオルが小さく手を振っているのが見えた。  イオが見えなくなると、エオルは振り返した手をぎゅっと握り俯く。 「手・・・触っちゃった」  心なしかエオルは、頬が赤い気がした。  ホールで待っていたティオドールに、廊下を走った事を叱られたが途中エオルに会った事を伝えると少し躊躇した。 「エオルに触ったのですか?」 「はい、ぶつかって起こしてあげるのに。それに、なんか具合悪そうだったし」 「エオルは屋敷の使用人です。定期的に体調を崩すのですが、人馴れしないあの子が触れさせるとは驚きです」 「そうなんですか?大変だなぁ」 「後でキチンと紹介しましょう。まずは屋敷の中を覚えてもらいます」 「はい」  メリュジーナ侯爵家は貴族として歴史は浅いようだが、元々軍人家系で戦果をあげて爵位を受けたようだ。ヴェルジークの父親である先代当主ヘイリー=メリュジーナは、残念ながら戦死している。その妻と娘は別宅に住んでいるようだ。  使用人としてのイオの仕事は主に身辺警護という名目だが、要は手元に置いて逆に監視されているのはイオ自身である。ある程度屋敷の説明を受けると、ヴェルジークがやって来た。 「イオ。屋敷の事はわかったか」 「あ、ヴェルジーク」 「主を呼び捨てにするなど言語道断です」 「は、はい・・・ヴェルジーク様」 「将来的には名実ともに旦那様と呼んでくれると嬉しいな」 「は?」 「旦那様、昼食のご用意を致します」 「わかった、ではまた後でな。イオ」 「はい」 「・・・はぁ。旦那様はいつ将来のお相手を見つけて下さるのか」 「なるほど」  ティオドールが珍しく溜息をついた。確かに爵位を持つ貴族で、聖騎士団の副団長という地位おまけにあの容姿なら引く手数多だろうに。残念ながらその有望な騎士様は、現在同性の青年に夢中のようだが。    昼食の準備が整うとヴェルジークはあろう事か、イオを食事の席に同席させるという本来あってはならない事をしでかす。使用人が主人と席を共にするなど言語道断である。イオはティオドールと使用人達の痛い視線を浴びた。 「どうした、イオ?家の料理長の食事は美味しいぞ、口に合わないか」 「おいひいでふ」 「ん?どうした、食べ物が硬いのか?俺のを食べるか」 「ふはっ」  あろう事かヴェルジークは、自身の切り分けた料理をフォークに刺してイオの口に差し出した。イオは一応テーブルマナーくらいはなんとなくわかるので、明らかに貴族はやってはいけない事である。 「あの、ヴェルジーク・・様。オレ多分執事さんに殺されちゃうかも」 「あぁ、大丈夫。ティオドールなら見ない事にしてくれる」 「・・・」  そんなわけないだろうと心の中で突っ込みを入れてみたが、確かにティオドールは睨んでいるが何も言わない。  イオは痛い視線の中、食事が終わる事だけ願った。

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