34 / 41
33老竜
商業都市イヴリースで聖騎士団と合流したイオは、公衆の面前だというのにヴェルジークに抱き締められていた。
エオルもよかったと涙ぐんでいる。
「イオ!無事でよかった!」
「心配かけてごめんね、ヴェルジーク。それに、エオル」
「助けられなくて、ごめん。イオ、本当に無事でよかった」
「ケガはないか?何か変な事をされなかったか」
「うん、どこも痛くないよ。・・・変な事って?」
「・・・あの、隊長。さすがに俺の事だったら傷付くのですが」
「あぁ、すまない。ガラルイが、という訳ではないんだ。よくイオを無事に連れ帰ってくれた、礼を言う」
「ご期待に添えて何よりです」
ガラルイはこれまでの経緯を案内してくれた風の大神殿のニーネと共に説明した。精霊の祠付近には竜が住み着いているらしい。
「竜か・・・話の通じる相手だといいが」
「え、竜って話せるの!?」
「あぁ、彼等は智恵もあり人語を理解するんだ」
「見たいかも・・・竜」
「何言ってるんだよ、イオなんて一口でパックリ食われちまうよ」
「ええっ!」
「フリエス、疲れてるイオを怯えさせるのはよせ。竜は人を食べない。エオル、他に道はないのか?」
「はい、祠までは山の中を一本道ですから。前は竜なんて居なかったのに」
やはり迂回路もなく竜を避けて通る事は不可能のようだ。騎士団は竜との戦闘もやむを得ないとし、念入りに準備をしてから次の日出立する事にした。
✼•┈┈┈┈•✼•┈┈┈┈•✼•┈┈┈┈•✼
夜明けと同時に獣人の廃村へと出立した騎士団は、道中砂漠の魔物に襲われながらも何とか廃村へと到着した。故郷に戻って来たエオルは複雑な顔をする。
イオはエオルを慰めるために、手を繋いでやる。
「エオル・・・」
「大丈夫だよ、失くなってしまったモノは多いけど・・・今はたくさん大事なモノだってあるから」
「エオル、辛いだろうが祠まで案内してくれるか?」
「はい、ヴェルジーク様」
エオルの案内でほぼ一本道の砂と岩の道の間を抜けて行くと、奥の方に大きな岩山が見えた。エオルはアレが風の精霊の祠ですと伝え、さらに近付こうとした時である。
上空から巨大な影が降りてきたかと思うと、強靭な翼の風圧で砂嵐が巻き起こる。
「な、なんだッ」
「竜だ!皆、持ち場を離れずに警戒しろ!」
「あれが竜・・・」
ヴェルジークの迅速な判断によって騎士団は岩陰に隠れると、やがて砂嵐は止み大岩の上に竜が降り立った。
竜は深い緑色の美しい鱗を持つが、身体はあちこち傷だらけだった。嗅覚に優れているのか、鼻を鳴らしながら匂いを嗅ぐ仕草をして騎士団を探しているようだ。おそらく目は悪いのだろう。ヴェルジークと同じ岩陰に隠れていたフリエスが、そっと耳打ちする。
「どうする、老齢の竜のようだが翼から巻き起こる砂嵐が厄介そうだ」
「老齢といえど、竜は強靭な力を持つ」
「やっぱり前はこの村の近くに竜なんていなかったのに・・・どこから来たんだろう?」
「ケンさん、何かいい方法ないの?」
『あの年寄り竜、どこかで見たな・・・はて、どこだったか』
『人間よ、隠れているのはわかっておる』
すると老竜が話しかけて来た。人語を喋っているのでやはり知性は高いようだ。
ヴェルジークは他の騎士に待機の合図を送ると、まずは自分だけ姿を現した。イオが緊張してヴェルジークを見守る。
「偉大なる老竜よ、貴殿の住処を無断で立ち入った事は謝罪する!私はクラリシス聖王国の騎士ヴェルジーク・メリュジーナ!まずは話がしたい」
『ふむ・・・・メリュジーナ?お主は、ネーナの何かか?』
「母上を知っているのか?」
『あぁ知っているとも。わしの娘だ』
「な、なんだと・・・!?」
『あの世間知らずなお転婆娘め!カーリャに預けたのに勝手に人間と結婚して出ていきおって!・・・・む?と言う事は、お主はネーナの子供か?』
「・・・と言う事になります」
『ハッ!あのバカ娘め子供まで作っておるとは、全く竜族の誇りもなく嘆かわしいわ』
「老竜殿!母上の侮辱はやめて頂きたい!」
『・・・・ふむ。少しはマシな子供に育てたようだな』
まさかのヴェルジークの母親であるネーナが、この老竜の娘だと言う真実が明かされた。と言う事は、ネーナたヴェルジークには竜族の血が流れているという事になる。
以前、イオとフリエスとティオドールが剣を交えた時に瞬発的に移動して来たヴェルジークはおそらく竜族の力で強靭な脚力を発揮したのだろう。竜族ならばその力が納得できる。
『・・・ネーナは元気か?』
「はい、相変わらずお転婆ですが」
『そうか。まぁアレとは絶縁したからわしには関係ないがな』
「母上には貴殿が健在だとお伝えしておきます」
『・・・・』
老竜の言葉の意味を汲み取ったヴェルジークは、そう一言だけ老竜へ言うと一礼した。老竜はそんなヴェルジークを懐かしむように静かに見つめる。
『ところで、お主らは何しにここへ来た?隠れずともよい、何をするつもりはない』
「・・・」
ヴェルジークは、騎士団へ合図すると皆岩陰から出てきて整列した。イオはヴェルジークの隣に並ぶと、彼を見上げる。ヴェルジークは優しい瞳で頷き、イオを安心させる雰囲気を作ってやる。
ひとまず安堵したイオは、老竜を見上げる。
「我々は風の精霊に用があり、ここまで参りました。願わくばお通し願いたいのですが」
『精霊にか?今しばらく待ってはくれぬか?もうすこで生まれるゆえに』
「生まれる?」
『新しい風の精霊の子が生まれるのだ』
「えっ・・・!風の精霊様はすでにお亡くなりになっていたのですか?」
『その匂いは・・・この獣人の村の者か?生き残っておったのだな。ファルドレイの小僧のせいで、この村の者には可哀想なことをした』
「・・・」
『残念ながらファルドレイの幾度かの襲撃から風の精霊とわしは応戦したが、太刀打ち出来なかった。この子にも可哀想なことをしてしまったわ・・・』
「いいえ・・・あなたはこの地を守ってくれていたんですね?それだけで僕の家族も救われます」
『そうか・・・』
家族は戻っては来ないが、獣人のために尽力してくれた老竜と風の精霊の想いにやっと救われた気がしたエオルだった。
老竜は特に騎士団とも事を起こそうとしていないようなので、ヴェルジークは目的を伝えてみる事にする。
「老竜殿、実は我々の目的は聖剣を手に入れる事なのです」
『聖剣?』
「我が国は魔族に対抗するために聖剣を必要とし、一度は聖剣降臨に成功したのですが・・・。実は・・・事故で聖剣が魔剣に変わってしまったのです。魔剣は私の隣に立つ青年とも一体化してしまい、切り離すには他に依代を必要とするため精霊の力を借りれないかと思いここまでやって来ました」
『・・・聖剣が、魔剣に?確かに魔力の匂いがする。小僧、何者だ』
「オレは・・・・・魔王です」
「イオ!」
「いいんだ、この竜なら信用できる気がして」
「・・・イオが、魔王?フリエス、知っていたのか?」
「まぁな・・・アーシア陛下も、もちろん承知している」
ガラルイもその場の騎士も同様するが、信頼たる副団長の認めている相手ならばと感じたのか誰も口を出す者は居なかった。何より国王であるアーシア陛下が承知しているとなれば、イオを否定すると言う事は陛下の判断を否定するに等しい。
『魔王か、なかなか大きく出たな』
「と言っても前世の話なので、あまりオレは覚えてないんですが」
『おお!思い出しだぞ、イオ!この老いぼれジジイは、我が魔王の配下だ』
「・・・・・え?」
『む?・・・・その声は、まさか名無しの魔王の剣か?なんだ小僧は、名無しの魔王だったのか』
「えーーーーーー!?」
まさかの老竜が、イオの前世である名無しの魔王の配下だと衝撃の言葉がケンさんから放たれ砂漠一帯にイオの叫びが響き渡るのであった。
ともだちにシェアしよう!