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34唯一愛した人間

 老竜はセムルエルという名前で、イオの前世である名無しの魔王の配下だったらしい。しばらく魔剣のケンさんと昔話をしていると、だんだんと過去の事を思い出して来たようだ。誰も寄せ付けない孤独で誰よりも魔族の事を想っていた優しい名無しの魔王を、セムルエルはずっと気にかけていたという。 『こうして時を経て生まれ変わったお前と会ったのも何かの縁だろう。おおそういえば、お前達は風の精霊に用があったのだったな』 「はい、もうすぐ生まれるっていうのはいつですか?」 『ふむ、早ければ100年くらいじゃな』 「ええっ!?100年なんて待てないよ!」 『人間にとっては長く感じるだろうが、我等にとっては瞬きするようなものじゃ。そんなに急ぐのか?』 「セムルエル殿、我々は一刻も早く魔剣から聖剣を分離させ我が国の防衛を果たしたいという陛下からの勅命があるのです。何よりイオがこのままでは不憫でなりません」 「ヴェル・・・」 『なるほど、ふむふむ。お主の焦りは痛み入るが、わしとて精霊を守る大恩もある。残念だが力になれそうもない、すまぬな』 「・・・・そうですか。いえ、こうしてセムルエル殿と出会えただけでも母上は喜びます」 『すまぬな、もし他の精霊が訪れた時はお前達に知らせよう』 「ありがとうございます」  残念ながら風の精霊の力を借りる事が出来なったイオ達は、一度イヴリースの宿に戻ろうとした。その際、祠の奥からの風がイオを通り過ぎる。 「・・・誰」  返事はなく老竜セムルエルだけが、イオを見下ろしている。 「どうした?イオ」 「・・・ううん。何でもない、戻ろう」  止めた足を再び動かすと、祠の奥が気になりながらも宿へ戻るのだった。 ✼•┈┈┈┈•✼•┈┈┈┈•✼•┈┈┈┈•✼    夕刻頃、宿内ではイオと同室になると珍しく駄々をこねるヴェルジークと困ったイオのやり取りが繰り広げられていた。  確かにイオとヴェルジークが恋仲な事に記事団の誰もが皆気付いてはいるが、堂々と同室になっては騎士団の手前さすがにイオは恥ずかしかった。 「なぜだ、同室のどこに問題があるんだ。イオ」 「ええっ!そ、それは色々と・・・」 「君と私は同じ屋根の下で暮らす者同士、もちろん主従関係という意味でだ。従者は主の側に居ないと駄目だろう?」 「あっ・・・ヴェルジーク・・様。ちょっと皆の前では」  イオの腰を引き寄せ隣に立たせるヴェルジークの強引さに、騎士団員は見ないふりをした。イオはエオルに目線で助け舟を出したが、なぜかエオルも照れて助けてくれそうにない。  イオは諦めて、ヴェルジークと同室になる事を承諾した。  そして気も落ち着かないまま夜を迎えると、食事と入浴を済ませたイオは部屋の前でウロウロしていた。中に入るか迷っているようだ。 「うーん、本当にみんなの手前いいのかなぁ。やっぱりこっそりエオルの部屋で寝ようかな」 「それは許可できないな」 「うわぁッ!?・・・・ヴェ・・ヴェル」 「イオ、なぜ部屋に入らないんだ?」 「ぇっと・・・その・・・」 「さぁ廊下は冷えるから中に入りなさい」 「あっ」  いつの間にか背後に立っていたヴェルジークに促されて、ついに今夜泊まる二人きりの部屋に足を踏み入れてしまう。  羽のように軽やかに椅子に座らされて飲み物を作ってもらったりといたれりつくせり状態に、イオは何を期待して構えていたのだろうかと気を抜く。 「イオ、そんなに心配しなくてもここでは何もしないよ」 「うっ!・・・ゴホッ、ゴホッ」 「大丈夫か?」 「・・・はぁはぁ・・う、うん。何もって・・何かする気でいたの?」 「ふふ。さぁ、どうかな」 「うっ」  明らかな含み笑いをされてイオはよからぬ妄想が一瞬過ぎったが、やはりヴェルジークはそれ以上何もする気はないようなのでこの事は忘れる事にする。話題を変えようと、ヴェルジークの生い立ちについて聞いてみる事にした。 「そういえば、ヴェルのお母さんって竜神族だったんだね?お父さんは人間だとすると、ヴェルってハーフになるのか」 「結果的にはそのようだな。幼少の頃から普通よりも体力があるとは思っていたが。ただ俺は人間の方の血が濃いのだろう、ロゼットのように魔力を持っていないからな」 「ロゼットさんも魔族と人のハーフだけど、魔法が使えるもんね」 「まぁ魔法が使えても使えなくても俺にとっては不便はないが」 「うーん・・・確かに」  メリュジーナ家の使用人であるロゼットも魔族と人間のハーフで魔法が使えるらしい。例えハーフであっても人間の血が濃いと、ほぼ普通の人間として生まれる事もあるようだ。ヴェルジークはたまたまそう生まれただけである。 「だが普通より頑丈なおかけで、イオの側に居て守ってやる事もできるのが今は何より誇らしい」 「ヴェル・・・」 「・・・・イオ」 「ん・・・」  ヴェルジークの伸ばした手の平が優しくイオの頬に触れると、そっと口付ける。まるで壊れ物を扱う様な優しいヴェルジークに、イオは少しだけ不満そうな顔をして彼の膝を跨いで座った。  いつもと雰囲気の違うイオに、ヴェルジークは一瞬戸惑うが抱き寄せると上目遣いにイオを見つめる。見た目は確かにイオだが、纏うオーラがイオではないのを感じ取ると彼の言葉を待つ。 「ヴェル」 「どうした、イオ?」 「もし失敗したらこの身体を誰も知らない場所に眠らせてくれないか」 「・・・なんの話だ」 「お前の愛してくれたイオのままお前の記憶に留めて欲しいんだ」 「・・・名無しの魔王なのか?」 「いや、今はイオだ。理解できない話を理解できなくてもいい。約束してくれ」 「せめて何をするのか聞かせてくれないか」 「ダメだ。オレは人を頼った事がない、それだけで願いを聞き入れて欲しい理由にはならないか?」 「イオ、・・・わかった。考えなしに行動する君ではないだろう。信じよう、愛する人を」 「ありがとう。オレの唯一愛した人間、ヴェルジーク」  イオは時々前世でもある名無しの魔王の人格が表に出るのか、時折別人と思えるほど性格が変わる。しかしどんな姿や性格でも、今はイオなのだ。  ヴェルジークはこの先の行為を誘おうと、腰に手を回してさらに密着させた。 「ッ・・・ヴェル、あの・・皆が居る場所でこれ以上はさすがに不謹慎だよ」 「ん?なんだ、もういつもの可愛いイオに戻ってしまったのか。大胆不敵なイオも素敵で惚れ惚れするののにな」 「からかわないで!」 「ハハハ、すまない。でも・・・何をするかはわからないがせめて側に居させてくれないか?」 「・・・わかった」 「ありがとう、イオ。それで今夜が最後というフラグを立てない為にも、君とこのまま愛し合いたいんだが?」 「うっ・・・うん、いいよ。声が出ないようにしてくれるなら」 「わかった。これ以上にないほど優しく抱くよ」  イオに触れられる許可を得たヴェルジークは、そっとイオを抱き抱えるとベッドへと寝かせる。そして月明かりに照らされた部屋の中で今までにないほどじれったく甘く囁かれながら抱かれていくうちに、最後の方は自分から求めるようにヴェルジークの上で乱れた様な気がしたイオだった。

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