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35 戦闘中に惚れ惚れする
イオは昨夜はヴェルジークと盛り上がってしまい、少し離れた部屋に泊まっていた騎士団達に声が漏れていた事をフリエスに朝一からからかわれる。
イオはもうしないとむくれ、ヴェルジークはフリエスに王都に帰ったら覚えていろと恐ろしい笑顔を向けた。フリエスは今回は本気でヤバイと感じたのか、土下座する勢いで謝罪するがヴェルジークが鞘まで抜こうとしたのでとりあえず逃げた。そんなやり取りの朝を迎えたあと、ヴェルジークは今後の対策のために騎士団達と会議を始めたのでイオは部屋でケンさんと待つ事にする。エオルは迷惑をかけたお詫びにと、宿屋を手伝っていた。
「はぁ・・・もうこの街に来れない」
『まったくである!けしからん、我のイオのあんなこんななエロボイスを下賎な輩に聞かれるとは不覚!』
「・・・あのねぇ」
『あああ、我が実体化出来たら我が主を抱き締めて慰めてやれるというのに!』
「気持ちだけ受け取っておくよ」
二人きりになると、名無しの魔王の姿を真似た人型になったケンさんがここぞとばかりにイオに抱き着く。しかし半透明の実態の存在なので、触れる事は出来ないが。ヤケになったのかケンさんは、イオの膝に頭を乗せる体制を取る。いわゆる膝枕というやつだ。
「ケンさん、ヴェルが見たら剣折られちゃうよ?」
『よいのだ!よいのだ!イオの腰辺りは我の特等席なのだ!』
「変な言い回しやめて」
腰辺りという微妙なニュアンスだが、いつもは剣の姿でイオの腰からぶら下がっているので特等席という言い回しのようである。
『我が主イオよ、本当にするのか?』
「うん・・・なんかそんな気はして。でも望みがあるなら試す価値はあると思うんだ」
『確かに我もあの祠の奥から何か異様なものを感じはしたが、もしアレなら危険じゃぞ。本当によいのか?我は主と一緒なら構わぬが』
「うん、大丈夫だよ。オレやケンさん、それに皆んなと一緒に居られるためなら頑張る」
『うおおおーーーん!我が主の愛の深さが身に染み渡るぞ!』
「ありがとう、ケンさん。じゃあいつ向かう?魔物が居ない昼間の方がいいのかな」
『そうであるな。夜は危険だからな』
「わかった、じゃあ今からこっそり行こう」
『む?あの若造には黙って行くのか?約束しておったのに』
「ヴェルが来るとややこしくなるから」
『なるほど。我と二人きりの愛の逃避行であるな!』
「逃げはしないけどね。さぁ、行くぞオレの魔剣」
『我が主ーーーーー!!!』
可愛いイオが、カッコいいイオに変わるとケンさんは身悶えながら魔剣の姿へ変わる。そして帯刀したイオは宿の裏口からこっそり出て行き、扉を閉めると横にヴェルジークが立っていた。
一瞬目が合ったが何もなかったように、宿の扉を開けると呼び止められる。
「エオルに見張っておいてもらって正解だった」
「ええっ!」
「ごめんね、イオ」
「あぁっ!エオルの裏切り者〜!」
ヴェルジークの後ろからひょっこり顔を出した裏切り者エオル。さらにその後ろには、フリエスとガラルイも控えている。もはやバレバレである。
「というか、バレないと思ったのか?イオ」
「うぅ・・・」
昨日こってり絞られていたフリエスが、凝りもしないでイオの肩を馴れ馴れしく抱き寄せるとヴェルジークとなぜかガラルイに殺気を放たれた。相変わらずフリエスは軽い。しかし彼なりに場の雰囲気を和ませようとしてくれるのは伝わるのである。
ヴェルジークがフリエスの腕をどかせると、イオを見下ろす。
「イオ、お願いだ。君との約束を守るためにも、勝手に居なくならないでくれ」
「ごめんなさい、ヴェル」
「どこに行こうとしていたんだ?」
「風の祠」
「風の祠?精霊はあと100年は生まれない」
「ううん、あの中には精霊は居ない。変わりに何かが居るんだ。多分、竜のおじいちゃんはその何かを守ってる」
「セムルエル殿が嘘をついていると?しかし、何かとは・・・」
「わからないけど、多分悪いことのために守っている感じはしないから理由はちゃんとあると思う。もし上手くいったら、聖剣を取り戻せると思ったんだ」
「なるほど。イオの意向はわかったが、危険な目に合わせるわけにはいかない。騎士としての義務を果たす為にも君に同行する」
「・・・わかった。ただ本当に危険な場合はオレを置いて皆の安全を最優先にして欲しい、騎士としての義務を果たせるように」
「・・・了解した」
騎士団の副団長として皆の手前、ただの人として君を守るとは言えない代わりに騎士としての義務と代弁するしかないがイオはその言葉の裏にちゃんとイオへの愛情があるのを知っている。
「おいおい、ヴェルだけカッコつけるのはなしだぜ?俺達だって王国最強の騎士としての実力はあるんだからな。大船で乗った気でいろよ」
「はっ。フリエスは途中から泥舟に変える予感しかしないけどな。まぁ、本当にヤバそうならお前も逃げろ」
「うん、ありがとう。フリエスに、ガラルイ」
「イオ・・・僕も着いて行く。メリュジーナ侯爵家の使用人として主を守るためにも、友達を守るためにも」
「エオル・・・わかった。皆で行こう」
『よいのか、主?本当に今回は危険そうである』
「いいんだ、ケンさんも大事だからね」
『主ーーーー♡♡♡』
語りかけて来たケンさんは、イオの愛ある言葉に発狂しながら鞘の中でカタカタ揺れた。
そしてあまり大人数で赴いても向こうも警戒するだろうと、今この場に居るメンバーで再び風の祠へと出発した。
一方昨日の今日でまた会いに来たイオ達に、老竜セムルエルは特に気を損ねる事もなく自然に迎え入れた。
『なんじゃお前達、昨日来たばかりなのに』
「ごめんなさい、セムルエルさん。ちょっとお話をしたくて」
『おお、そうかそうか。わしの孫は可愛気はないが、お前は可愛気があるのぉ』
「イオは可愛いのは当たり前です」
「ヴェル、竜と張り合うなよ」
『して、聞きたい事とはなんだ?』
「・・・祠の奥に何を隠しているんですか?」
『・・・・・』
「昨日戻る時に、祠の奥から声が聞こえたんです」
『ただの人間に生まれ変わっても魔力は健在と言う事か。じゃが、彼女には会わせぬ』
老竜セムルエルは老いた翼を雄々しく広げると、イオ達を威嚇する。ヴェルジーク達は剣を構え攻撃に備えるが、それよりも先にイオが動いた。
鞘に収めたままのケンさんを物凄い勢いで投げると、セムルエルの頭部にぶつける。
『グハッ!?』
『ゲフッ!主〜』
「なっ」
「え」
「えええーーーーー!!!」
「調子に乗るな、このえろジジイ」
険しい顔つきでイオは怒っているようだ。呆気にとられていたヴェルジークは、イオに駆け寄る。
「イオ」
「あぁ、ヴェル。心配するな、あのえろジジイにお灸をすえるだけだ」
「しかし、彼女とは?祠の奥に何が居るのだ」
「どうせ、一目惚れしたとかで女でも囲ってるんだろう。セムルエル?妖精、人間、次は何だ?」
『ぐぬぬっ!魔王といえど若造が!』
「あ、ヤバい。魔剣放り投げたままだった、オレ丸腰じゃないか」
「イオっ!」
ケンさんを口に咥えて放り投げると、セムルエルはその巨大で真っ直ぐイオへと突っ込んで来た。丸腰だがまったく慌てる様子もなくその場で待ち構えるイオを守るように、ヴェルジークが剣でセムルエルを受け止める。
「くっ!重い・・・・っ、イオ、大丈夫か」
「うん、ありがとう。ヴェル」
『我が娘の子供とはいえ、容赦はせぬぞ』
「ッ・・・イオ、早く退きなさい」
「オレの男はなかなかの男前だな」
「おいコラ、てめぇ!戦闘中に色恋してんじゃねえ」
まさに戦闘中に魔王バージョンのイオが、身を呈して守ってくれる男前なヴェルジークに惚れ惚れしている。そしてガラルイが横槍を入れる。
セムルエルもヴェルジークの力づくの防戦にそれ以上手も足も出ない状態のまま止まっている。それを横目にイオは歩み出し、ケンさんを拾うと祠の中へと入ろうとする。
『ま、待つのじゃ!魔王!中へ入ってはならぬ』
「ごめんなさい、セムルエルさん。大丈夫、何もしないから」
「イオ、気を付けろ」
「うん。ちょっと待っててね、ヴェル」
『主よ、我を放り投げるとは扱いが雑過ぎるぞ』
「ケンさんなら、大丈夫だと思って」
『うーむ、主の信頼は嬉しいが後で我に対する誠意を見せて貰おう』
「うん、わかった。さぁ、行こうか」
外で身動き取れないヴェルジークとセムルエルを置いて、イオとケンさんは祠の中へと入って行った。しばらく道なりに真っ直ぐ進むと、やや開けた場所に出る。上部は穴が空いていて太陽の光が優しく降り注いでいる。その光の下にある台座に金の髪に緑の瞳の美しい少女が座って居る。一見人間に見えるが、その背中には白い翼が生えていた。
イオは身を屈めて、少女の目線に合わせると話しかけた。
「こんにちは」
「こんにちは、魔王さん」
少女は美しい声で、イオににっこりと微笑んだ。
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