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38勇者と聖剣

 金髪碧眼の美青年は、神族すらも魅了するような笑顔でイオに近付くと自然と握手をする。ヴェルジークもそのあまりにも優雅な動きに反応が遅れていた事に唖然としているようだ。 「初めまして。私は、ユーライア・ローエル。アーシア陛下より【勇者】として、クラリシス王国に仕える者です」 「あの・・・・初めまして、イオです。メリュジーナ侯爵家の使用人です」 「ふふ・・・そして、魔剣の主だね。まぁほとんど君が魔剣の様になっているみたいだけど」 「・・・」 「ローエル殿、初対面の相手に無粋な真似はやめて頂きたい」 「ああ、これはすまない。失礼致しました、イオ君」 「あ・・・いえ」  ユーライアと名乗る青年は、どうやらアーシア陛下の勅命で勇者として選ばれた聖剣の持ち主となる人物らしい。そしてイオの事も勘付いてる様子で、ただの人間とも思えなかった。  ヴェルジークもイオと同じ違和感を感じているのか、ユーライアからイオを隠すように前に出る。 「そんなに警戒しなくても、イオ君には何もしないから安心して下さい」 「ユーライアよ、いくらそなたを勇者にしたからとはいえ予のイオに軽々しく触るでない。予の后の玉肌に傷が付く」 「おお、これはこれは失礼致しました。すでに貴方は陛下の庇護下にいるのですね」 「付かないです、というか后でもないので信じないで下さい」 「そうです、イオは私のモノなので」 「ぅ・・・ヴェル」 「イオ君はモテますね」 「・・・」 「まぁ世間話はこれくらいにして本題に入りましょうか。まずは、私の聖剣を手に入れる準備についてですが・・・」  ユーライアの提案は、特にクラリシス王国にとっても不利な事はなく陛下も1つ返事で聖剣降臨の儀式を取り急ぐ事を決断した。  そして一番謎だったセムルエルと風の天使の運搬方法だが、どうやら神殿同士は魔法によって繋がる事も出来るらしく異国の魔導師もすでに手配されていた。これによってたった1日で全ての準備が整った事になる。  次の日、アーシア陛下や騎士団そしてイオは最初に出会った神殿に集っていた。すでに騎士団や魔導師の配置は完了しており、後はイオの準備だけだ。だが一向にイオの準備が進まなかった。その理由が、イオが裸にならないといけないのだがヴェルジークが断固拒否しているからだ。  一国の騎士として王の命令に背く事は厳罰に値するが、それ以前に恋人の裸を人目に晒したくはないという言い分もわからないでもない。別室でイオは、ヴェルジークの説得を試みた。 「あの、ヴェル・・・オレは別に男同士だし裸くらい見られても女々しい事は言わないよ?」 「そういう問題ではない!君はわかっていないんだ、いかに君が魅力的であるかを」 『たまにはいい事言うではないか、変態のくせに。確かに我の主の玉肌を不埒な輩に見せるのは万死に値するな』 「ケンさん・・・。じゃあ、せめてシーツで隠してもらうとかは?」 「私もそれを提案したのだが、魔導師の話によると直接肌に魔力を注いだ方が効率がいいらしい」 「なるほど・・・・あ、だからオレがこの世界に初めて来た時も裸だったのか」 「まぁ、魔力のない私には魔法や魔導師の話は理解し難いが」 「じゃあ尚更裸でいいよ?早くケンさんも解放してあげたいし、何より普通の身体になってヴェルと一緒にメリュジーナ侯爵家で皆と暮らしたいよ」 「イオ・・・すまない。なるべく早く済ますよう陛下や魔導師に釘を差しておく」 「うーん、ヴェルはどんどん不敬罪重ねていくなぁ」  まだ納得はしていない様子のヴェルジークだが、安心させるようにイオはギュッと抱き着いた。ヴェルジークも優しく応え、イオを抱き締める。  2人の同意によって儀式が執り行われる事になり、初めて目覚めたあの台座の上にイオは裸でケンさんと一緒に横たわる。そしてヴェルジーク達が見守る中、魔導師達によって魔法の詠唱が始まると台座の下に魔法陣が出現しイオを取り囲むように展開された。  そして天井にも同じ魔法陣が出現し、その中から鏡合わせのように老竜セムルエルと天使エレスタエルが現れた。エレスタエルはそのままゆっくり降りてくると、イオの前で浮いたまま静止する。 「こんにちは、魔王さん」 「こんにちは、エレスタエル」 「ありがとう。私の勇者と会わせてくれて。そしてセムルエルさんを救ってくれて」 「ううん・・・オレ一人だと何も出来なかったよ。セムルエルさんは?」 「セムルエルさんは数日前からもう寝てしまって、多分目覚めないと思う。でも最後まで魔王さんの思い出話をしていたわ。貴方の事、ちゃんと好きだったのね・・・ごめんなさい、私のせいで貴方と仲違いのようになってしまって」 「オレの事は気にしないで。セムルエルさんも大好きな君を救えてよかったと思っているはずだから。これからは君がこの国を守るために頑張って欲しいと思ってる」 「うん!」 「風の天使エレスタエル」  残念ながら最期はセムルエルと話が出来なかったが、エレスタエルの言葉で魔王としての魂が少し救われた気がした。  そしてエレスタエルに近付いてきた勇者ユーライアは、優しく手を差し伸べる。エレスタエルも半透明なので触れる事はできないが、その手を取るように触れた。 「貴方が私の運命の子なのね」 「ああ、私はユーライア・ローエル。君を聖剣とする主」 「ユーライア・・・」 「さぁ、儀式を始めようか」  ユーライアとエレスタエルはそれが初めてとは思えないほど、想いが通じ合っているようだった。 『我が主イオよ、また会おうぞ』 「ケンさん・・・うん」  そしてイオとケンさんも言葉を交わすと、それを合図のように魔法陣がさらに発光する。イオは眩しさに目を閉じた。  瞬き一つが永遠の時間のような感覚の中、魔剣を持つ名無しの魔王の姿が見えた気がした。そのまま光の中へ消えると、辺りも眩い光に包まれイオはさらに目を閉じる。 『我が崇高なる主イオ』  誰かが呼ぶ声に目を開けると、目の前に巨大な竜の口があった。イオはビックリして状態を起こすと、竜の口に顔を打って再び仰向けになってしまう。 『大丈夫か?我が主』 「イテテ・・・その声、ケンさん?ドラゴンになれたんだね」 『その通りである。我は崇高なる主イオの元魔剣にして今は雄大なるドラゴンである』 「ふふ、カッコいい」 『あ、主〜♡♡♡もっと撫でてくれ〜♡』 「・・・やっぱり中身はケンさんだね」  儀式が成功したようで老竜セムルエルの身体を依代にしたケンさんは、ドラゴンへと転生した。そして魔剣から離れたと言う事は、イオも普通の身体に戻っているはずだ。あちこち見回してみるが、外見的変化は特にみられないようだ。  イオに異変がないのを確認した魔導師達は、儀式が成功した事を告げるとアーシア陛下が近付いてきた。 「イオ、無事か?」 「はい、アーシア陛下。オレの身体は特に何もなさそうです」 「そうか、よくやり遂げた。礼を言う」 「そんな礼なんて・・・あの、聖剣はどうなりましたか」 「うむ。勇者ユーライアよ、これに」  後ろに控えていたユーライアの手には金色に輝く美しい聖剣があった。イオの前に来ると、近付けてくれる。 「君のおかげで聖剣が誕生した。ありがとう」 「エレスタエルは?」 「彼女はしばらく聖剣の中で眠りに付くみたいだね。眠っていても神族の加護があるから、魔族を近付けさせない魔力は発する事ができるよ」 「そうなんですね、エレスタエルが起きたら知らせて下さい」 「わかった、必ず知らせよう。私はしばらくこの大陸を旅して魔族の討伐に当たろう」  聖剣となったエレスタエルも無事のようで、これでクラリシス王国付近の大陸には魔族はそうやすやすと侵入出来ないだろう。一時の平穏が訪れるはずだ。 「イオ」  その時、ふわりと身体にタオルが巻かれてそのまま誰かの身体に抱き締められる。イオにはその声で誰なのかは瞬時にわかった。 「ヴェル・・・」 「イオ、無事でよかった。身体に異変があったらすぐに知らせるんだよ?」 「うん」 「アーシア陛下。これでイオは普通の一市民としてそして私の屋敷の使用人として私の管理下に置かれますが、よろしいですね」 「貴様、私のを強調し過ぎだぞ。ふふん、だが普通の一市民という事は予のモノでもあるから予の管理下にも置けると言う事だ。イオには使用人より、予の世話係でもしてもらおうか」 「あ、それはお断りさせて頂きます」 「な、なぜだ!?」 「メリュジーナ侯爵家の屋敷の使用人としての仕事を途中で放り出せないですから。そんな事したらティオドールさんに叱られます」 「ティオドール・・・老いてもなおしぶといな」 『ならば、我の餌係を希望するぞ』 「あ、そうか・・・ドラゴンって何食べるのかな」 「肉だろうか?」 「というか、ケンさんってどこに置けばいいの?」  ドラゴンになったケンさんは住処も食事も必要だ。とはいえ城にも屋敷にも堂々と置くわけにはいかない。散々意見を交換した結果、この神殿の守護者として住んでもらう事になる。  こうしてイオは元の生活に戻るために、ヴェルジークと屋敷へと帰るのだった。

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