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第2話

長く続いた戦闘も終盤を迎え、敵味方問わず捨て身の攻撃に切り替わっていた。 『敵前方より五機!!』 通信機からジーンの幼い声がする。ジーンはマナト率いる三番隊の隊員だった。 『すみません…、やられました』 同じく三番隊のスーの声が途切れ途切れに聞こえて来る。慌てて空を見上げると、右の主翼が火に包まれていた。胴体にも幾らかの砲弾を受けた痕があり、修理のため着陸態勢に入ろうとしているところだった。 下には動ける負傷兵が水の張ったバケツを抱えて待ち構え、着陸と同時に消火にあたる手はずを整えている。 姿を見せないマナトの戦闘機をよそに、ウィルは押し潰されそうになる胸を抱えながら、鎮火した戦闘機の修繕に全力を尽くした。 心配している暇なんてない。じっとしていても意味がない。今自分にできることをするしかないんだ。ーー、どうか…、どうかお願いだから、死なないで……。 『格納庫上空に敵機到来!!空爆に注意!!』 ジーンの叫ぶ声がする。誰もが息を呑んだ瞬間だった。ここが、格納庫がやられたら、敗北は決して免れないからだ。戦闘機は帰る場所を失い、燃料の補給さえできなくなってしまう。何としてでもそれだけは阻止しなければならなかった。 レイの戦闘機がこちらに向かってくるのが見える。ダメだ、間に合わない。 スーの出撃の目処が立った、ちょうどそのとき。 ドゴーン!と地を揺らすほどの大きな衝撃音が格納庫に響く。たが、空爆が投下された様子はない。皆が無事だった。 『マナトさーーん!!』 ジーンの悲鳴に息が詰まった。はっと顔を上げると、戦闘機が二対、黒煙を上げながら滑り込むように砂地に落ちてくる。そのうちの一機は紛れもなくマナトのものだった。 先ほどのつんざくような大きな衝撃音は、マナトが敵機に戦闘機ごと突撃した音だったのだ。 ウィルは居ても立っても居られなくなり、格納庫を飛び出した。流弾が僅か数メートル先に落ちたのにも気づかずに、ただひたすらにマナトの戦闘機を目掛けて駆け寄った。原型をとどめていない戦闘機のコックピットが見るからに歪な形に潰されている。 近づくたびに酷くなるオイルの匂いが、いつ爆発してもおかしくない状況を物語っていた。 主翼は垂直に折れ曲り、機体の胴体は下から半分が離れたところに落ちている。 「マナト!!嫌だ!!マナト!!」 ウィルは変形して堅く鎖ざしたハッチをこじ開けながら、マナトの名前を呼び続ける。頭から血を流したマナトがグッタリと虚脱していた。 辛うじて少し開いたハッチの隙間から懸命に身を滑らせるも、マナトまでは届かない。必死に手を伸ばし、やっとの思いで頬に指先が触れた。 「マナト!!マナト!!」 「、、、ぅ、あ、、、…うぃる、、、」 目の焦点も定まらず、息も絶え絶えに虫の声でウィルを呼ぶ。下半身は厚い操縦桿に潰され、胸には突き出した主翼の骨組みが突き刺さっていた。マナトの変わり果てた姿を見て、ウィルは大粒の涙を流しながら、マナトの頬に手のひらを当てる。 「マナト…、死んじゃヤダ。…嫌だ!!約束しただろ?!生きて帰るって。生きて帰って、美味しいご飯食べようなって…。お腹いっぱい食べようなって…。嫌だよ…、置いて行かないでよ……」 「、…ごめんな、、やくそく…、、果たせそうにないや……」 「嫌だよ。…それに!!、、おまえ、結婚しようって、言ってくれたよな?!結婚式もしようって言ったじゃん!やだよ、、、いつか、いつか二人で幸せになろう…って、、、」 「、、、うぃる…」 「なに…?」 「……パン、今日はまだ…、まだ、食べてないんだ、、せっかく…、準備、、して、くれたのに……」 「いいよ!!いつでも、いつでもマナトの好きなときに食べたらいいんだ!また入れといてやるから、だから食べていいよ。な?!マナト…?、、、マナト?!マナト?!」 「、、、、、、、うぃる、、幸せになれよ…、、ありがとな……ーーー」 「!!!」 マナトは口元に笑みを浮かべたまま、力なく、静かに息を引き取った。戦場にウィルの悲痛な叫びが響き渡る。埋めようのない寂寞感が残された者の心に流れ込んだ。 真昼間の太陽が煌々と地面を照り付けていた。 あれから数十年、愛する友を失った衝撃があまりにも強すぎて、一度たりとも生きた心地がしなかった。 戦死者を追悼するために建てられたモニュメントの側には、マナトの戦闘機をあしらった実物大の模型が設置されている。ウィルはここに来る度に思い出すのだ。あの悲惨な出来事を。そして、光り輝くあの笑顔を。 「ウィルじぃ、どうして笑ってるの?」 今年で八歳を迎えるウィルの孫が、年老いたウィルの車椅子を押していた。 「さぁ、どうしてかな」 ウィルの優しい笑顔にはどことなくマナトの面影がある。ウィルの心の中でマナトが生きている証拠だった。マナトは生きているのだ。ウィルがマナトを忘れない限り…。 「そろそろ帰ろうか、マナト」 空を見上げると、レイやオリヴァー、そして、マナトの戦闘機が殺伐とした茜色の空を飛んでいた。それは、極めて楽しそうに、まるで遊んでいるかのようだった。 連日連夜のように行われたパレードは終わりを迎え、屋台や会場の片付けが至る所で進められている。平和な時代が訪れたのだ。これ以上の幸せがどこにあるというのだろうか。 マナト、おれは幸せだよ、と空に向かって力強く微笑んだ。

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