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第1話
「…リード!」
「モーガーン…!!」
デルク・モーガンが硝煙がまだくすぶる中、華奢なスペンサー・リードを抱き止める。
そしてモーガンは安堵のせいで怒鳴ってしまう。
「馬鹿ッ!
一人で行くなっていつも言ってるだろ!?」
「だって…!
あっちが気になったから…!」
「気になったから、じゃねぇよ!
ああ!
この馬鹿!
額から血が出てる!
誰か救命士頼む!」
「僕は平気…っ…!」
「駄目だって!
今は救急士に診てもらって病院に行け!
ここが一段落したら俺も直ぐに行くから!
な?」
「……うん」
リードが涙の浮かんだ瞳で、モーガンを見て小さく頷く。
その時、行動分析課チームリーダー、アーロン・ホッチナーは、二人から目が離せない自分に驚いていた。
リードの怪我は犯人に突き飛ばされた時に額を煉瓦の壁で打撲し、擦り傷と子供の握り拳程の痣を残した。
脳震盪も起こして居なかったし、内出血も無かった。
現場からの帰りの飛行機の中、リードはジェニファー・ジャロウ〜通称JJ〜から冷却剤を貰って額に当てていた。
JJが隣に座るリードをキッと睨む。
「スペンス、あんまり心配を掛けないでよ!
頭を負傷して病院に運ばれたって聞いた時は心臓が止まりかけたわ!」
リードがしゅんとして「…ごめん」と答えると、リードの前に座るモーガンが笑った。
「まあまあJJ、俺も悪かったんだ。
リードが後ろにいない事に気付かなかったし」
今度はモーガンの隣に座るエミリー・プレンティスがおどけた調子で言う。
「それにリードのお陰で犯人が残していった証拠も回収出来たし、結果オーライなんじゃない?」
リードがほんの少し照れた様に「そうかな…」と言うと、JJが「調子に乗らないの!」と間髪入れずに言ってモーガンとプレンティスが笑う。
その時、ホッチナーが「リード、来い」と言った。
モーガンとプレンティスの笑いがピタッと止まる。
「は、はい…!」
リードが立ち上がって一番後ろの席に座るホッチナーの元へと向かう。
モーガンとJJとプレンティスが、「お説教されるな」「当たり前でしょ!」「JJ、心配は分かるけどそんなに怒らないの」とヒソヒソと会話を交わす。
リードがホッチナーの前に立つと、ホッチナーが書類から顔を上げ、リードを見たまま言う。
「デイヴ、すみません。
席を空けて貰えますか?」
デヴット・ロッシは「ああ」と短く答えると、ホッチナーと通路を挟んで隣の三人掛けの横長のソファから立ち上がる。
それを見ていたモーガンとJJとプレンティスの顔色が変わる。
「おい!
ホッチめちゃくちゃ怒ってんじゃねぇか!?」
「私も話を聞こうかしら…」
「JJ、余計ややこしくなるよ!」
三人がまたもやヒソヒソ会話を交わしているところにロッシがやって来る。
「心配するな。
ホッチは怒っていない。
まあ見てろ」
ロッシは余裕でそう言うと、三人とは反対側の一人がけのソファに座る。
一方リードは真っ青になって直立不動でホッチナーの前に立っていた。
するとホッチナーが言った。
「何をしている?」
「………へ?」
呼ばれたから来たんですけどとも言えないピリピリとした空気の中、ホッチナーがため息を付く。
「額を冷やすのを忘れてるぞ」
「あ!うん!」
即座に額の傷に保冷剤をピタッと着けるリード。
そしてホッチナーがジロッとロッシが立ち去ったソファを見る。
「そこに横になれ」
「……は?」
ホッチナーの視線がリードに戻る。
「聞こえなかったか?」
「え!?
いえっ!はいっ!寝るよ!」
そそくさとソファに横になるリードに、今度はホッチナーが立ち上がる。
そしてリードの小さな頭を片手で持ち、その下にクッションを入れた。
それからスーツのジャケットを脱いでリードに掛けた。
リードは固まってしまい、ただされるがままだ。
だが「ほら保冷剤がズレてる」とホッチナーに冷静に指摘され、リードは保冷剤を額の傷に『正確に』当てようとして、ホッチナーの上着から手を出した時、気が付いた。
このままじゃホッチのジャケットが皺になる…
でも好意でしてくれてるんだよね…?
どう伝えよう…
「あの…ホッチ…」
「何だ?」
「その…落ち着いて寝れないって言うか…」
「そうか。
そうだな」
リードが、ホッチナーの好意を無下にすること無く気持ちが伝わった〜と安心した時だった。
ホッチナーがリードですら予想もしなかったことを口にした。
「JJ、伸縮性のある包帯を持って来てくれ」
JJがさっと立ち上がり「はい」と答えると、医療用具の入ったボックスに向かう。
そしてJJが素早くホッチナーの元に包帯を持って行くとホッチナーが「ありがとう」と言って受け取り、「リード、保冷剤を固定する。手を離せ」と言った。
リードがJJに『どういうこと!?』『助けてJJ!』と目で訴える。
JJがリードに向かって小さく頷くと「私がやりましょうか?」と申し出るが、ホッチナーに「俺がやる。君はシートに戻って休んでろ」と一蹴されてしまう。
JJはリードに向かって『ごめん』と目配せすると、仕方無くモーガンとプレンティスの居たシートに戻る。
するとホッチナーがリードのか細い手首を掴んだ。
「ホ、ホッチ!?
なに!?」
「手を離せと言っただろう?
手ごと包帯を巻いて欲しいのか?」
「…欲しくない…よ…」
「じゃあ言う通りにしろ」
ホッチナーはそう言うと、リードの手をリードの胸元に置いて、くるくると包帯をリードの額に巻いて保冷剤を固定した。
リードは何か何だか分からず目をぎゅっと瞑っていたが、思わず自分に掛けられたホッチナーの上着を掴んでしまい我に返った。
恐る恐るホッチナーの居るであろう方向を見ると、ホッチナーはもう自分の居たシートに戻り、書類に目を通している。
リードが「ホ、ホッチ…」と小声で呼ぶ。
書類から目を離さずホッチナーが「何だ?」と返す。
「あの…ジャケット…落ち着かないっていうか…感謝してるんだよ!
でも」
皺になっちゃうから、と言おうとしたリードの声は途切れた。
ホッチナーが「気が利かなかったな、すまん」と言って立ち上がり、スタスタと何処かへ行ってしまったからだ。
そして30秒もせずに戻って来たホッチナーの手にはブランケットがあった。
「それでホッチはあんたにブランケットを掛けてやり、あんたはあんたで鎮痛剤と保冷剤のせいで気持ち良ーく眠っちゃって、眠ったあんたをホッチはブランケットが落ちない程度にあんたの身体に巻きつけて、尚かつお姫様抱っこしてタラップを降りた。
どう?
訂正ある?」
「……無い、と思う」
テクニカルアナリストのペネロープ・ガルシアが自分のオフィスで、「思う、って何よ?」と言ってずいっとリードに顔を近付ける。
リードがマグカップを両手でぎゅっと持ちながら、おずおずと答える。
「目が覚めたら自宅のベッドの上だったから…。
記憶が無いことには答えられないよ…」
ガルシアの瞳がキラリと光る。
「知りたい?」
「そりゃあ聞きたいよ!
でも嫌な予感がするんだよね…」
「じゃあそんな嫌な予感を吹っ飛ばすように、教えてしんぜよう。
ホッチはあんたを姫抱っこしたまま車に乗せた。
そしてFBIの駐車場に到着すると、BAUまでまーた姫抱っこして戻って来た。
そしてモーガンに自宅まで送らせた。
あ、モーガンは姫抱っこしてないよ!
車椅子で運んだの」
「な〜んだ。
そっかあ」
リードが安心した様に、砂糖を目一杯入れたコーヒーをごくごく飲む。
するとガルシアが黄色いフワフワの羽の付いたボールペンをビシッとリードに向ける。
「はい、天才くん。
プロファイラー失格!」
「何でよ!?」
「おかしいと思わない?」
「何が?」
ガルシアが羽付きボールペンでリードの頭をパシッと叩く。
「痛い!
何なの!?」
「もーーーこの鈍感!
『あの』ホッチが自分で冷却剤を包帯で巻いてくれたんだよ!?
それで自分の上着を掛けてくれたんだよ!?
その上、寝辛いだろうからってブランケットに変えてまた掛けてくれたんだよ!?
そんでもってお姫様抱っこしてくれたんだよ!?
皆の前で!
二度も!」
「それは僕が怪我をしてたから…」
「怪我ぁ?
かすり傷と痣も出来ないくらい軽〜くぶつかっただけでしょーが!」
「ガルシア、酷い!」
「事実でしょ?」
リードがぷうっと膨れると、無言でまたグビグビとコーヒーを飲む。
ガルシアが「これは大事件なんじゃない?」と意味深な笑顔を浮かべて言う。
リードがうんざり気味に「今度はなに〜?」と訊く。
「あの仕事の鬼のホッチがたんこぶも出来ない軽症のあんたを心配し過ぎてる!
つまりあんたが先日の事件の前にも何かやらかしてて心配してるのかも!
これはすっごいお説教を喰らう前兆じゃない?
何か心当たり無いの?」
リードがサーッと青くなる。
「無い…と、思う。
あの事件の前の事件でも僕の地理的プロファイリングを褒めてくれたし…。
良くやったって言ってくれたよ!」
「じゃあそれじゃ無いね。
もっと良く思い出して、ホッチにお説教された時に上手くかわしなさーい。
っていうのがJJとエミリーと私の見解!」
「それだけ!?
アドバイス無いの!?」
「あんた天才の一流プロファイラーなんでしょ?
お説教するホッチをしっかり観察して最善を尽くす!」
「……ホッチはチームリーダーなんだよ…?
それに事件なら兎も角、『僕の失敗』をホッチからプロファイルするなんて無理だよぉ〜」
そう言ってリードがテーブルにうつ伏せになった時、リードのスマホが鳴った。
リードが画面を見るとホッチナーからだ。
「ガルシア!
どうしよう!
ホッチだ!」
ガルシアがアッサリと答える。
「早く出なさいよ。
事件かもよ?」
「……うん」
そうしてリードがスマホに出ようとすると、着信音が切れた。
そして次の瞬間ガルシアの固定電話が鳴り、ガルシアが通話スピーカーをボールペンでオンにした途端、『ガルシア、リードを出せ!』とホッチナーの声がした。
ガルシアが即「はいっ!」と答えて、リードに向かいスピーカーを指差す。
リードが慌ててスピーカーに向かう。
「はい、何ですか!?」
『何ですか、じゃない。
なぜ電話に出ない?』
「出ようとしたら切れちゃったから…」
『それならなぜ折り返さない?』
「えっと…その後直ぐ、ここに掛かってきて…」
『ああ、もういい!』
ホッチナーの苛立った声にリードがガルシアにしがみつく。
『直ぐに俺のオフィスに来い!
いいか、直ぐに、だ!』
そしてブチッと通話は切れた。
「ガルシア〜怒ってる…!
ホッチ、やっぱり怒ってるよぉ〜!
どうしよう…」
ガルシアがよしよしとリードのふわふわの髪を撫でる。
「ホッチは理不尽な事で怒ったりしないよ。
失敗を指摘されたら素直に謝罪して代替案を出せば大丈夫!
あんたなら出来る!」
「……」
リードがガックリと肩を落とし、ガルシアのオフィスを出て行った。
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