137 / 163
第八章・7
「兄さん、今度の土曜日に映画に行こうよ」
新しく封切りされる話題作は、惠が以前から楽しみにしていた一本だ。
誘われることは承知していた瑛一だったが、ここはあえて断った。
「悪いが、先約がある」
「え~、何? 大学で、勉強?」
違う、と思いきって打ち明けた。
「ペガサス航空のお嬢さんと、デートする」
え、と惠は黙ってしまった。
しばらく目を泳がせていたが、苦し気に吐き出した。
「兄さん、僕のこと嫌いになったの?」
「違う。聞いてくれ、惠」
「ひどい。僕のこと、恋人じゃなかったの? 大好きじゃなかったの?」
「惠」
瑛一は、惠を抱きしめた。
惠はしばらくもがいていたが、やがてだらんと静かになった。
「大人の都合も解ってくれ。俺たちは、兄弟だ。逆立ちしたって、一緒にはなれないんだ」
「……」
「俺は、好きなだけ勉強をさせてくれる父さんに、今は感謝してる」
「……」
「一度くらいは、父さんの言うことをきいて義理を果たしたいんだ」
ともだちにシェアしよう!