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7-2
眠れない。 食欲が湧かない。 勉強も手につかない。
とにかく、何もする気が起きない。
もう二日は無気力状態が続いている。
住宅街に佇むマンションは、窓辺からの景観があまりよくない。
けれど今は、通行人や野良猫、翼を広げて舞うように飛ぶ鳥、制限速度を超過したスピードで狭い路地を走り抜ける車、視界に映るものがすべて灰色に見えるから、景色を楽しむ必要が無い。
人を傷付けて、自分も傷付くと、こんなにも心が引き裂かれるんだ。
何だかずっと、喉に異物が詰まっているかのような不快感がある。
体内には意味不明の熱が燻っていた。 巡る血液がドロドロに濁って自分の身体が穢れていく錯覚に陥り、しまいには立っていられなくなった。
そしてベッドに沈んでは天井を見上げ、眠りにつくこともなくゆっくりと瞬きを繰り返す。
自己嫌悪と罪悪感に苛まれ、握りつぶせもしない心を自らでより引き裂きたいと無謀な事を思った。
「…………」
俺は……これが怖かったのかな。 知る由もなかったのに、真琴を突き放せなかったのはこうなる事が本能的に分かっていたからなのかな。
真琴はあれからどうしているだろう。
そればかり気にして、そのくせスマホの電源をオフにしたままそれは机の引き出しにしまい込まれている。
「…………」
自分が撒いた種だ。 それなのに塞ぎ込むなんて情けない。 罪悪感を抱いても、それは俺自身を正当化したいと心のどこかで思っているからに他ならない。
世間の引きこもりニートのように自室に閉じこもって働かない頭を抱えていると、己の浅ましさ、不調法さに笑いすら込み上げてきそうだ。
俺は真琴の三年を台無しにした。
彼の想いを知りながら、淡い恋心を弄んだ。
〝怜様〟は最低な男だったと、いっそ俺を嫌いになってくれたらいいのに。 憎まれるほどの事を俺はしてしまったのだから、とことん嫌われた方がかえって救われる。
溜め息を吐いて体を起こし、音を立てないように静かにキッチンへ向かった。
俺の心を表したかのような真っ暗闇で、即席のコーヒーを淹れる。
二日間、これしか飲んでいない。 すなわち、俺が土日の間に口にしたものは水分のみ。
そろそろ胃腸まで壊れそう。
「……ピッタリだ」
心の中で数を数えながら凝視していたケトルから、湯気が吹き出してきた。 内部の電熱線によって、マグカップ一杯分の水が熱湯へと変わるのは約七十七秒。
その場で熱々の味気ないコーヒーを啜っていると、扉の開閉音がした。 黙ってカップに口を付け、近付いてくる足音に耳をそばだてる。
「……わっ! ちょっと怜! 驚かさないでよ! 幽霊かと思ったじゃない!」
「……そんな非科学的な……」
「あービックリした。 まったくもう……」
えー……俺が悪いの? 百歩譲って俺の姿が暗がりで見えなかったとしても、このコーヒーの匂いで気付かない?
「怜ったら!」と憤慨しながらお手洗いに向かった母が、戻って来がてらお茶の催促をしてきた。
「熱いの? 冷たいの?」
「冷たいの」
「体冷やすといけないから常温の水にしな?」
「年寄り扱いしないでくれる?」
「そんなつもりないって。 俺は母さんの体を心配して……」
「はいはい」
クーラーが効いてるとはいえ、熱帯夜に冷たい飲み物を欲する気持ちは分かるけれど。
一度肉体と精神がズタボロになった母を見ているせいで、俺は少し過剰に心配している。
ケトルに残っていた少量のお湯を湯呑みに注ぎ、母に手渡す。 母の顔には、「これだけ?」と書いてあった。
深夜に水分を摂ると翌日浮腫むよ。
「──怜、何かあった?」
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