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 大ヒット漫画が原作の恋愛映画の終盤、大きなスクリーンに向かう真琴が静かに涙を流していた。  そんな風にも泣けるのかと、映画のクライマックスよりも真琴が気になってしょうがない。  ハンカチを渡そうかどうしようかと悩んでいる間に、ここへ入る直前にティッシュ配りの女性から受け取ったそれで拭われてしまった。 ……モタモタしていた俺、格好悪い。 「…………」 「…………」  辺りが明るくなり、席を立った観客らが次々と通路の階段を降りていく。 真琴が選んだのは話題の映画なだけあって、平日のレイトショー間際にも関わらず観覧者も多く、特にカップル率が高かった。  エンドロールが流れきった後も真琴は腰掛けたまま、くしゃくしゃになったティッシュを握り締めて余韻に浸っている。  横顔からしか窺えないが、目蓋が腫れているような気がする。  すれ違っていた二人が数年後にようやく想いを伝え合う、ありきたりだが現実世界ではなかなか難しい、感動的なラストシーンに相当やられたらしい。  真琴は由宇に次ぐ泣き上戸だけれど、それは俺に関してのみで、しかも大概は喚きが入っていた。 その固定観念のせいもあって、俺は重大なシーンを見逃してしまったのだ。  三日前にも思ったけれど、喚かない真琴を前にすると調子が狂う。  声をかけるのを躊躇うほど、あの真琴がこんなにもしとやかに静かに泣けるとは知らなかった。 「ふぅ……感動した。 泣いたらお腹空いちゃったな」 「健康的だね」 「……怜様らしいお言葉ですこと」 「何それ」  腫れた目蓋でチラと見上げてくる真琴の視線に、拙い笑顔を返す。  冷房の効いた館内を出ると、肌にまとわり付くような蒸し暑さが心地悪いが、その原因はそれだけではない。  いつもであれば真琴は俺の正面に回ってきて、「怜様は笑顔もステキ!カッコイイ!大好き!」と大声で叫び、周囲と俺を唖然とさせるのだが……今日は一度たりともそれが無い。  当たり前なんだけど。  友達活動の一貫で、そういう事はしないと決めているのだろうか。  それならそれでもいいけれど、俺と真琴が並んで夜の街を歩く歪さはどう受け止めたらいい?  いつも通りに接するなんて無理だ。  俺は普段どんな気持ちで、どんな風に真琴との時間を過ごしていたのか全然思い出せない。  こんなはずではなかったのに、俺だけが後悔しているような気がするのはなぜなのだろう。  本当に、分からない。  関係解消を切り出した俺の方がダメージを負っているかもしれないなんて、真琴に気付かれたらきっと嘲笑される。  〝怜様は身勝手だ〟と、鼻で笑われる。

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