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 友達活動って……。  頑張る事じゃないよ、そんなの……。 そこまでして繋ぎ止めておかないといけない人間ではないよ、俺……。  自らがしてきた事、言い放った台詞で自己嫌悪に陥った身としては、真琴の見解には異論を唱えたくて仕方が無かった。  けれど自業自得にも二日間感傷に浸った俺と同じく、真琴もらしくなく様々考えていたのかもしれない。  あの発言を最後に、カプチーノを飲み終え並んで映画館へ向かう最中も、俺達の関係をほのめかすような会話は一切しなかった。  二人ともが意識的にそれを避けていて、それがとても、俺には不自然に感じた。 「……でさぁ、由宇ってば全然気付いてないと思ってんの! おれじゃなかったら校内全部に広まって大変な事になってたよねー」 「由宇と橘先生の密会の事?」 「そうそう。 二人が生徒指導室でコソコソやってたの、怜様は全然知らなかったんでしょ?」 「うん……。 由宇が打ち明けてくれるまで知らなかった」 「ニブいんだよね、怜様って」 「に、ニブい……」  人通りの多い歩道を歩きながら交わした、学生時代の懐かしい話の合間にストレートな悪口を浴びた。  否定はしないけれど肯定もしたくない。  由宇とその恋人である数学教師の禁断の恋を校内で偶然知って以来、真琴は雑誌記者のように二人を嗅ぎ回り、だがそれを誰かに暴露するわけでもなく一人でその秘密を抱えて楽しんでいた変わり者だ。  俺も早い段階で二人の事は知っていたけれど、他人の恋路にズカズカと踏み込んではいけないと、ただ深入りしなかっただけだ。  それをニブいと判断されるのは心外である。 「そういえば怜様、家庭教師のバイトはどうなった?」 「あー、忘れてたな。 俺は家庭教師じゃなくて塾講師もいいかなと思ってたんだけど」 「マンツーマン?」 「それは分からないよ」 「そっちの方が稼げるから?」 「どうなのかな。 その辺はあまり気にしてない」 「ふーん……」  そういえばこの件で真琴からキレられた事があったな。  聞き込み調査を終えた刑事のように、今も何やら難しい顔で前方を見据えている。  ごく普通の会話が、何ともたどたどしい。  複雑な気持ちでいるのは俺だけ、なのかな。  ……そんなわけないか。  俺が吐いた冷たい捨て台詞を呑み込んだ真琴は、〝頑張る〟と言っていた。  いっそ、友達としてならそばに居ていいんでしょ、くらいの勢いだった。  てっきり俺との縁は切るつもりだろうと思っていたのに、真琴はそんなに簡単に俺達の三年間を無かった事に出来るのか……。  頑張ってどうにかなるものではないと、俺は思うんだけど。 「……由宇じゃなくてごめんね」 「え?」  歩道の信号が目の前で赤になり、揃って立ち止まった矢先。  相変わらず俺と視線を合わせる事のない真琴が、通りを走る車の列を追いながら大人ぶって腕を組んだ。 「待ち合わせ、由宇が来るって聞いてたんじゃないの?」 「あぁ、……まぁ」 「おれが呼び出してほしいって由宇に頼んだんだよ。 怜様スマホ繋がんなかったし」 「そう、なんだ……」 「あのな、おれ……あのぬいぐるみがほんとに欲しいんだ。 抱き枕くらいデカいから難しいかもしれないけど、怜様なら絶対にゲット出来ると思う。 さっき画像見せただろ? コアラなのに胴体が長くてフサフサしてて、なんと言ってもあの絶妙に気の抜けた表情に一目惚れしちゃってさ。 おれアイツ絶対に欲しい!」 「……わ、分かったよ。 絶対ゲットする」  信号が青に変わり歩き出してもなお熱弁をふるう、ぬいぐるみ好きな真琴がちょっとだけ可愛く見えた。  アームとぬいぐるみの位置を見て、角度と落とし口までの距離をおおよそで見定め、それらを数式に置き換えて頭の中で計算しながらプレイする客なんてそうそう居ないだろう。  その計算に毎度狂いは無く、真琴が〝コレ〟と指差した獲物を取り逃がした事は一度もない。  しかし何だか腑に落ちないな……。  もしかして、その胴長コアラのためだけに俺を呼び出したの? 由宇に頼んでまで?  問いたいが勇気が出ない。  元気に頷かれたら、傷口に塩だからだ。

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