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前編
ガシャンと大きな音がした。
それが馬車の倒れた音だと分かるまでに、しばらくかかった。
衝撃に翻弄された頭と体の制御をなんとか取り戻して、僕と重なるように倒れていた姉を揺り起こす。
馬車の外からは、低く恐ろしい唸り声と、父さんの叫び声。
続いて母さんの悲鳴。
僕達に、馬車から出ないよう叫んだ母は、背中からざっくりと魔物に裂かれた。
馬車が倒れた拍子に入った亀裂から、それはなぜかハッキリ見えた。
僕達は、動かなくなった両親が魔物に食べられるのを、ただ見ている事しかできなかった。
両親を食べ終えた魔物が、こちらに向かって来る。
姉のエレノーラが、僕を強く抱きしめた。
僕達は、あれに食べられるんだ。
怖くて怖くて、逃げ出したい気持ちはあったけど、もう逃げられないという事は、なんとなく理解していた。
不意に、魔物の体が大きく揺らぐ。
魔物の口から、地を裂く様な悲鳴が上がる。
雄叫びにも近いそれを撒き散らしながら、地響きを立てて魔物は倒れた。
周りから、聞いたことのない男達の声がする。
それは一人二人じゃなくて、大勢の声で、僕の知らない言葉が沢山飛び交っていた。
「なんだ、まだ生き残りがいたのか」
不意に近くで聞こえた声に顔を上げると、今は真上になっていた馬車の窓から、深緑と水色の二つの色をした瞳が僕達を覗き込んでいた。
(森と、空の色だ……)
「二人だけか?」
黒髪の男が尋ねる。
男の長い横髪がサラリと肩から流れ落ちるのを、ただぼんやりと見つめていた僕の隣で、姉が震える声で答えた。
「はい……他は皆、魔物に……」
「そうか」と言った男は、ほんの少し何かを考えるように眉を寄せる。
「……お前達はどうしたい?」
聞かれて、姉が体を強張らせるのが分かった。
でも、僕にはそれが何故かまでは分からない。
「俺達は盗賊だ。捕まれば、死ぬより酷い思いをする事もある。
それが嫌なら、俺がこの場で殺してやる。……まだ今なら、仲間と一緒に逝けるだろうよ」
「あ……あぁ……」
いつも気丈な姉が、顔を覆って崩れた。
それを見て、男の空色の瞳が僅かに揺れる。
まっすぐで綺麗な眉がグッと歪むのをみて、僕は焦った。
だって、僕には、男が何かとても優しい事を言った様に聞こえたんだ。
「ぼ、僕は、お兄さんと、一緒に行きたい」
僕の声に、男が僕を見た。
驚いたような顔で、僕を見ている森と空の色をした瞳。
やっぱり、すごく綺麗だと思う。
「……本当に、いいんだな?」
そう言って僕を見る男の瞳が、僕をとても心配しているように思えて、僕は大きく頷いた。
こうして僕達は、盗賊団に拾われた。
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盗賊達は長くひとところに留まる事はあまりなく、点々としていた。
住処も、洞窟を利用したり、廃屋を利用したり、テントで過ごしたりと様々だった。
僕達は、男の暮らすテントで傷の手当てを受けていた。
「もう怪我はないな」
こくりと頷いた姉は、僕を一人にはできないと言ってついてきてくれた。
「このくらいの怪我、放っといても治るよ」
腕の擦り傷を見ながら言った僕の言葉に、男は薬瓶を片付けながら
「こんな衛生状態の悪い場所では、小さな怪我が命を左右する事もある。ちょっとした怪我も甘く見ずに消毒する習慣をつけろ」
と忠告すると、木箱の上に布を敷いて果物やパンを並べ始めた。
「これ、僕達の分?」
「ああ、好きなだけ食え。終わったら、お頭に挨拶に行くぞ」
その言葉に、姉がびくりと肩を揺らす。
それでも、いただきまーす。と僕が食べ始めると、姉もおずおずと手を出した。
パンはすごく固かったし、果物もあんまり甘くはなかったけど、僕はお腹がペコペコだったので、いっぱい食べた。
「お兄さん、僕達これからどうなるの?」
藁の上に布を何枚か敷いてあるだけのベッドに腰掛けて、瓶から直接何か飲んでいた男がチラとこちらを見た。
「お頭は、来るもの拒まずだ。おそらく、お前達はここで飼ってもらえるだろうよ。その代わり、自分ができる仕事をするんだ」
「お仕事……? 僕に何ができるかなぁ……」
パンをかじりながら言うと、男が僕達を交互に見て尋ねた。
「お前達、歳はいくつだ」
こういう時、いつもは姉の方が良く返事をするんだけど、今日の姉は、いつもの賢く明るい姉とは大分違っていた。
「僕が七つで、お姉ちゃんは十二だよ」
「……そうか。お前は水を汲んだり、焚き木を集めたり、薪は……割ったことあるか?」
「ない」
「まあ、最初は言われた通りにやってりゃいい。そのうち覚えるさ」
「うん、頑張るね! お姉ちゃんも一緒のお仕事?」
姉と男は、しばらく沈黙する。
食べる事をやめてしまった姉が、顔を覆って泣き出すと、男が重い口を開いた。
「……お前の姉ちゃんは、頭が良いな」
「うん? うん!」
僕は、おろおろと姉の背をさすっていた手を止めて、男の言葉に頷いた。
「……まあ、男所帯のこんな集団だ。そう言う仕事もあるだろうよ」
僕には、いつもほんわかではあるけど、芯はしっかりしている姉が、こんなに悲しむ理由が良くわからなかった。
……両親のことを思い出して泣いていると言うのなら、僕もちらと思い出すだけで泣いてしまいそうだったけれど、それは、まだ今は考えないでおこうと思う。
全ては、もう遅いんだから。
「……痛いのは最初のうちだけだ。すぐ慣れるさ」
男が、どこか遠い目をして言う。
「お姉ちゃんのお仕事……痛いの?」
僕の言葉に返事はなかった。
「お前ら、名前は?」
「ボクはリンデル。お姉ちゃんはエレノーラだよ」
「ふうん。二人とも良い響きの名だな」
僕は思いがけず名前を褒められて、微笑んだ。
「お兄さんの名前は?」
「……俺はカースって呼ばれてる」
「カースさん、かっこいいねっ」
僕の言葉に、男は何かに耐えるように眉を寄せて、口元だけで微笑んだ。
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盗賊のお頭さんは、ボサボサの茶色がかった黒髪に、肩から何かの動物の毛皮をかけていて、体格の良い、いかにもそれっぽい雰囲気の人だった。
大きな椅子に腰掛けて、足を片方組んで、頬杖でもつくような感じで僕達を見下ろしていた。
ただ、僕はもっとガハハと笑う感じをイメージしていたけど、その人はクックックと喉の奥で笑う人だった。
カースが、僕達を拾って来たこと、ここに置くことを伝えると
「お前の好きにすりゃいいんじゃねぇの」
と口端を上げたたまま答えた。
「……ただ、その分お前はもっと俺の言うことを聞けよ?」
じろりと、舐めるような視線を、お頭と呼ばれた男がカースに向ける。
「……分かっています」
とだけ、目を合わせずにカースが答えた。
「そんじゃ、あいつらに喰われる前に、まずは俺が味見しとくか」
お頭が、やおら立ち上がる。
「ひっ」と隣から小さな悲鳴が聞こえて、姉が真っ青なことに気付いた。
お頭は、そんな姉をどこか楽しそうに見ている。
「お姉ちゃ……姉に、痛い事をするんですか?」
「ん? まあ……、そうだな」
「そのお仕事、僕が代わりにできませんか?」
ぶはっと、お頭がふき出した。
そのままお腹を抱えてしばらくクックックと笑っていたお頭が、目尻に溜まった涙を甲で擦りながら答えた。
「ああ、いいぜ? その代わり、お前、俺が満足するまで付き合えよ?」
「お頭……」
楽しそうなお頭に、カースが咎めるような声を出す。
「いいじゃねぇか、姉ちゃんを守りたいっつーやつだろ。俺ぁ嫌いじゃないぜ?」
不意に、お頭がずっと浮かべていた笑いを消した。
「その結果がどうなるのか、俺がその体にきっちり教えてやるよ」
カースが、心底嫌そうな顔で眉をしかめて僕を見る。
僕は、お姉ちゃんを守れたみたいで誇らしくて、その意味まではよく分からなかった。
「カース、準備ができたら連れてこいよ」
「…………はい」カースが渋々答える。
「嫌そうにすんなよ、本人の希望じゃねぇか。お前、色々教えてやれよ」
「……」
お頭は、返事をしないカースの側まで来ると、お頭と目を合わせないようにしていたカースの顎を手で引き寄せた。
「なんだ、妬いてんのか?」
「っそんなわけ……っ!」
カースは、バッとお頭の手を振り払うと「行くぞ」とだけ僕達に告げて部屋を出て行った。
カースの後を慌てて追いかける僕達の後に、お頭のクックックという笑い声だけが残った。
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盗賊達のテントからそう遠くないところに川はあった。
川の水は澄んでいて、ちょっと冷めたそうだった。
カースはまだ不機嫌そうだったけど、川に入ると僕を呼んだ。
「お前も下を脱いで入ってこい」
「え?」
「準備が要るんだよ……」
僕は良くわからないけど言われた通りにする。
カースは僕の肩を掴むと、そこにもたれるように屈んで僕の後ろに腕を回した。
長い指が、何かを探るように僕のお尻を伝う。
「な、何の準備……?」
「お前な……これから何されんのか分かってないだろ」
ため息混じりのカースの声が、耳元で聞こえて、なんだかくすぐったい。
「しゃーねぇな。おい、俺を見ろ」
「え?」
見れば、カースの空色の瞳が淡く輝き始める。
空色は滲むように揺れるとその姿を輝く宝石のような紫色に変えてゆく。
「すごい……きれい……」
僕の呟きにカースはほんのちょっと苦笑を浮かべて、言った。
「そのまま、この紫色だけ見とけよ」
「うん……」
『これからお前がされる事は、痛い事じゃない。気持ち良い事だ』
「うん……」
紫色が、じわりと揺れて、澄んだ空色に戻っていく。
「もういいぞ」
「え、あ、うん。……うん?」
戸惑う僕の様子に、カースはわずかに苦笑を滲ませて言った。
「俺の……とっておきだ」
「えっと……よく分からないけど、とっても綺麗だった」
僕がにっこり笑うと、カースが、ほんの少しだけ照れたみたいだった。
「いいか……力抜いとけよ」
カースが、僕を前から抱きかかえるようにして、またボクのお尻に手を回した。
「う? うん……」
カースの長い指が、じわりと僕の中に侵入する。
「え、え!?」
「いいから、力抜いとけ」
「う、ん……」
「水入れるぞ」
「え、ひゃ、ぅ……っ」
何かヒヤリとしたものが当てられて、そこから水が入ってくるのがわかる。
冷たいものが直接お腹に入ってきて、骨まで凍えて震えそうになる。
「な、に、してるの……?」
自分の声が、震えているのに気付く。
「下準備」
カースは短くそれだけ答えた。
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「よく来たな」と、お頭は最初に見た時と同じような顔で、笑った。
おずおずと僕が前に出ると、ここまで連れてきてくれたカースが帰ろうとする。
つい不安になって、その服の端を掴んでしまい、カースが足を止めた。
「なんだ、帰るのか? 俺は三人一緒でもいいんだぞ?」
お頭のクックッと笑う声がする。
「……遠慮します」
カースがそう告げて、僕の手をそっと解いた。
僕はてっきり振り払われると思っていたので、嬉しいような、でも淋しいような、良くわからない気持ちになる。
ポツンと取り残された僕にお頭が声をかける。
「ほら、こっちに来い」
ポンポンとお頭が、自分の膝を叩いて示す。
お頭は、カースのような藁のベッドじゃなくて、ふかふかの布団の上で僕を呼んでいた。
にっと悪戯っぽい笑顔を向けられて、僕はなんだか恥ずかしくなる。
お頭の隣に並んで座ろうとした僕を、お頭がひょいと自分の足の上に乗せた。
「わ」
「なんだ軽いな。ちゃんと飯食ってんのか?」
「た、食べて、ます」
「ほんとかよ。お前歳はいくつだって?」
「七つです」
「そんで敬語が使えんのは大した事だが、こっから先は二人きりだ。堅苦しいのはよそうぜ」
そう言って、お頭は僕の頬を大きな掌で包む。
反対側の頬に顔を寄せると「今だけ、ゼフィアって呼んでみな」と僕の耳元で囁いた。
背筋がくすぐったいような、変な感じがして、僕は少し身をよじった。
「ゼフィア?」
「そ。俺の名だ。お前は何つったっけな、えーと」
「リンデル」
「ふん、可愛い名前じゃねぇか」
ニヤリと、どこか嬉しそうに笑うと、お頭……ゼフィアは僕の耳たぶを舐めた。
「う、え……え?」
「どうした?」
ゼフィアの囁くような声が、すごく耳元で聞こえる。
「ぼ、僕の耳、食べちゃうの?」
ぶはっと、彼がふき出すのは、これで今日二度目だった。
「なんだお前。カースから何にも聞いてないのか?」
呆れたような顔をされて、僕は戸惑いながらも頷く。
「う、うん……」
「はぁ……なんだよ、丸投げか? お前はこれから、俺に犯されるんだよ」
「……?」
「わかんねぇか。まあいい。俺が教えてやるよ。なあ、リンデル」
ゼフィアはゆっくり口の端を持ち上げると、また僕の頭を抱えた。
耳たぶを軽く噛まれて、僕はびくりと肩を震わせてしまう。
耳元でクックッと小さな笑い声、ゼフィアの唇はそのまま首筋を撫でて、僕の肩にちゅっと音を立てて吸い付いた。
「っ……」
いつの間にか、僕の服を結んでいたはずの紐は解かれていて、ゼフィアの大きくてゴツゴツした手が僕のお臍から胸までをゆっくり撫で始める。
「お前、本当に小さいな。これで全部入んのかよ」
「?」
ずるり、と下着を下ろされて、僕は慌てた。
「な、なんで脱がすの?」
「ここに用があるんだよ」
ゼフィアはさらりと答えて、僕のお尻を左右に広げると、中に指を入れてきた。
「あっ」
ぐにぐにと、ゼフィアの太い指が僕の中を裂く。
「んっ……っ」
中指がなんとか奥まで入る。僕は思わず詰めていた息を吐く。
と、もう一本、指が入ってくる。
「キッツイな……」
呟きとともに、ゼフィアの熱い息が首筋にかかって、僕はつられるように背筋が熱くなった。
ぶるり、と身を震わせた僕の顔を、ゼフィアがチラと見る。
僕を見つめる焦げ茶の瞳。
口元はいつも笑っているのに、この人の目はなぜか冷たい感じがする。
「なんだリンデル、泣かないのか?」
「え?」
顔を上げた途端、入り口に指をかけていた三本目が勢いよく突き刺される。
「ぅああっ!」
異物感と圧迫感に、思わず声が漏れる。
入れられたところが酷く熱い。
息が、上がってくる。
「リンデル、顔が赤いぞ。感じてるのか?」
「え、何……」
グイッとゼフィアの指が僕の中で曲げられた。
「あっ。ん……っ」
お腹の下の方がギュッと押されて、体が震える。
ゼフィアは「まさか……」と呟いて目を細めると、そのまま僕の中を掻き回した。
「ふ、あ、あっ、あああっ」
どうしよう、なんだかおかしい。
頭がふわふわして、声が勝手に出てしまう。
意識が、僕の中で動く指の事だけに集中してしまう。
「ぅ、あっ、んっ、あぁあんっ」
「お前、カースの紫の目を見たのか?」
「あっ、う、うん。見た……っああっ」
ぐにぐにと、指を動かしながら質問されて、僕は息を継ぐ合間になんとか答える。
「ふん……自分はあんなに泣き喚いてた癖にな。こいつは同じ目に遭わせたくねえってのか」
カースの、こと、かな……?
不意に、三本の指が僕の中で強引に開かれた。
「ぅあっあっあああああああっ」
微かに考えようとした僕の頭はそれで、真っ白になってしまった。
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すっかり息が上がったリンデルは、その頬も、肌も、ピンク色をしていた。
「色っぽくなったじゃねぇか」
ゼフィアはニヤリと笑ってリンデルを布団にうつ伏せに寝かせる。
その腰を両手で持ち上げると
「入れるぞ」
と言った。
「何……を……?」
ぼんやりとしてきた頭が、考える事をやめようとしている。
ゆるりと振り返ったリンデルは、ゼフィアが取り出したそのモノに背筋が凍りついた。
「え……、それ、を、入れるの……?」
「ああ」
ニヤリと笑ったその唇を、ゼフィアはリンデルの背に落とす。
びくりと揺れる肩。
「ぼ、僕の……中に……?」
「ああ」
答えながら、男はリンデルの背筋を舌でなぞる。
「んっ……」
ぞくりと甘い感覚が、少年の脳を蕩かす。
「力抜いてろよ」
(……あ、その言葉、さっき、カースも言ってた……)
グイとあてがわれたそれが、熱を帯びているのを少年は不思議に思った。
(僕のは、いつもひんやりしてるのに……)
熱く硬く、大きなそれがグリグリと力任せにねじ込まれる。
「んっ、そ、そんな、おっきいの、入らな……」
ピリっと何かが裂け、ズブズブと内側に入り込む衝撃に少年は目を見開いた。
「あっ、やっ、あぁあぁぁあああああっ!!」
開いたままの唇から滴がぱたぱたと布団に落ちる。
ゼフィアが少年の背に覆い被さるようにして、横から顔を覗き込む。
少年の表情は、苦悶のそれではなく、蕩けるように緩んだものだった。
一つ息をつくと、男は少年の首筋に顔を埋めて呟いた。
「……やっぱりお前、痛覚を遮断……いや、快感に置き換えられたな」
「ふ……ぇ……?」
「まあいいさ……それなら、遠慮なんかいらねぇよな?」
酷く冷たい言葉の響きに、リンデルの背筋が凍える。
男がどんな顔をしているのか不安になって、振り返ろうとしてよじった肩を掴まれ、ぐいと仰向けにされた。
「ぅあっ」
半分ほど刺さっていたそれをそのままに、体を回されて少年が声を上げる。
腰はがっしりと両手で男に支えられ、持ち上げられている。
「ほら、良く見てろよ、これが全部入るからな」
ニヤリと、ゼフィアは初めて会ったときのように、どこか暗い笑いを浮かべて言った。
少年の瞳に、未知への恐怖が浮かぶ。
男は、その姿に満足気に一つ舌舐めずりをすると、少年の腰を自分に引き寄せた。
ミチミチと音が聞こえるほどに強引に差し込んでも、少年から溢れるのは悲鳴に似た嬌声だった。
「や、やだっお腹、壊れちゃ……あっだめっ……んっんんっっ」
「お前がやるって言ったんだろ?」
もう少しで全部入りそうなところで、男は壁に阻まれた。
ぶるぶると震える少年の体をもう一度グイと引き寄せる。
「ぁあっ!」
リンデルの体が大きく跳ねる。が、それ以上先には進めない。
「なんだ、ここで終わりかよ。姉ちゃんの方にすりゃよかったな」
「ふっ、うー……うぅ……」
息が上がった少年が、頬を真っ赤に染めて、それでもふるふると首を振る。
目に溜まっていた涙が、ポロリと零れた。
「ふぅん? じゃ、強引にねじ込むとするか」
ニヤリと口端を歪めて、男はリンデルの両足を持ち上げると、腹につくほどに押しつける。
「うっ。あ。んんんっ」
息が詰まりそうになり、少年が苦しげな表情に変わる。
ぞくり、と男の背筋を熱が過ぎる。
「そういう顔の方が、俺は好きだぜ」
リンデルの顔の両脇に、男が手をつくと、そのまま体を屈める。
力任せに、男のそれは少年の中へ、深く深く刺さった。
「ふっ……あっ……く、ぅ……ぅ」
胸までも男に押し潰されて、途切れ途切れに息をする少年が、まるで溺れているみたいだ、と男は思った。
少年は苦しげな表情で、熱に浮かされたように額にも瞳にも滴を浮かべて、縋るように男を見上げていた。
男の脳裏に、ずっと昔、あの黒髪の青年がまだ少年だった頃の顔が過ぎる。
(俺に犯られて、毎晩殺せ殺せと煩いガキだったな……)
もっと追い詰められた顔が見たい。そんな衝動に駆られ、男は動き出した。
「んっ。あっ。んんっ。やっ」
ひと突き毎に、少年から声が漏れる。
中は狭くはあったが、まだどこもかしこも柔らかく、押せば押しただけ形を変えた。
しばらくその柔らかさを味わいながら動いていると、少年の声が切羽詰まってくる。
「ああっ、あんっ。や、だ……こん……んっ」
小さな体がブルルと震える。
ぱくぱくと開く唇が、うっすら紫色に変わって、酸素が足りないのだと気付く。
ちょっと圧迫しすぎたか。
ゼフィアが少し体を起こすと、少年はヒュウヒュウ音を立てながら、大きく息を吸い込んだ。
見る間に、青白くなりかけていた頬に赤みが戻る。
「大丈夫か?」
「んっ……ぁ……だい、じょうぶ……」
息苦しさから解放されて、快感のみが残ったのか、少年は小さく体を震わせると今にも蕩けそうな表情で、答えた。
まだ精通もない少年に、こうも快感ばかり与えるってのも、それはそれで酷な事だったんじゃないか? と、ゼフィアは心の中でカースに問う。
男はじっと少年を見下ろす。
表情こそ蕩けそうだが、その体は強引に掴まれ押し潰されて、肩や脚には痣が浮かんでいる。
引き裂かれた箇所からは、鮮やかな赤色が零れ落ち、そこらを点々と染めていた。
どう見たって悲惨な目に遭っているその姿。
男は心臓が高鳴るのを感じた。
(皆、酷い目に遭えばいい。俺がそうだったように。一人残らず、全員)
口端を歪ませて、ゼフィアはずるりとギリギリまで引き抜いたそれを、勢いよく突き立てた。
「ああああああっ」
小さな体が少しでも逃れようと動くのを、上から押さえ込む。
三度、四度と繰り返すうちに、少年の顔色が恐怖に染まる。
「だ、めっ、だめぇ……や、めて、僕っ、おかしく、なっちゃ……っ」
「そりゃそうだろ。お前はどこにも出しようがないんだからな」
ゼフィアは自分の口から出た言葉の残酷さに気付き、昂ぶる。
(ああ、こういうのも悪かねぇな)
「代わりに俺が、たっぷり注いでやるからな」
男の言葉も聞こえているのか分からないほどに、少年は恐怖に引きつった顔で、ただ震えていた。
「あっ、やっ。やだ、やだぁぁあ」
少年が、ふるふると首を振りながら、大粒の涙を零す様を、男は良い気分で見下ろしながら、奥へと深く抉りつつも速度を上げてゆく。
室内には、少年の鳴き声と、水音が絶え間なく響いている。
「や、め……やめ、ってっ……」
ガクガクと揺さぶられ、少年がゼフィアの腕に縋り付く。
「あっ、こ、こわい……こわい、よぉっ!!」
瞳にいっぱい涙を溜めて、それを恐怖の色に染めて。
それが目の前の男を煽るものとも知らずに。
「たすけて……っ、ぼく……っおかしく、なっちゃうぅうっっ」
助けを求めて伸ばされた手を、男の指が絡めてそのまま少年の頭上に拘束する。
初めての感覚に翻弄されて、ガクガクと震える少年の耳元に、男は唇を寄せた。
「俺がもっとおかしくさせてやるよ」
ゼフィアの言葉に、絶望を浮かべこちらを見上げる少年。
その瞳に滲んだ僅かな諦めが、男の背をゾクリと震わせる。
乱暴に少年の脚を掴むとゼフィアはそれを自身の肩にかけ、ぐいとリンデルの更に奥へと侵入する。
「あっああああっ!!」
少年のまだ細い太腿は、男の太い指が回ってしまうほどだった。
そのまま入るところまで押し込んで激しく揺さぶる。
「や、やだっ、や、あっ、やめっ……あああっ」
少年のとめどなく溢れる涙も唾液も、逃げられずもがく姿も、全てが男の嗜虐心を大きく煽る。
「あっ、あっ、ああっ、ああやぁぁあああっ!!」
一層激しさを増した男の動きに、リンデルは言葉にならない声を上げるしかない。
生まれて初めての快感を、どうすることもできず、ただただ心を侵されてゆく。
ぐっと、男が一際奥まで突いた。勢いに、肺が潰され少年の息が詰まる。
「……これで、終わりだ」
男が、眉を寄せて低く囁いた。
「ふ、あっ!? おっき、く……っ」
少年の目が、これ以上ないほどに見開かれる。
男は、さらに激しく動いた後で、しばらく動きを止めた。
「っっっ!! んんんんんんんんんっっっぁぁあああああああああっっ!!」
男の頬を伝った汗が一雫、少年の上へと落ちる。
絶叫の後、少年はぐったりと動かなくなっていた。
時折、ビクビクと小さく体が震えている。
「ふん、お前はこいつを助けようと思ったんだろうがな。どうやら逆効果だったようだぜ?」
ゼフィアは、暗く笑うとこの場にいない男へ、そう吐き捨てる。
少年の下では、シーツに赤やピンクの液体が数え切れないほどに飛び散っていた。
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「ぅ……ん……」
目を開くと、そこは見慣れない天井……と言うか、テントだった。
「気がついたか」
近くで聞こえたのは、男の人の声。
僕は……どこで何をしてたんだっけ。
お父さんと、お母さんは……?
瞬間、眼裏に鮮明に蘇る。
父は、その腕を、足をもがれ、魔物に腹を食い破られていた。
母も同じだ。
そこまでで、やっと自分がどこで何をして……いや、されていたのか思い出す。
起き上がろうとした途端、全身にビリビリと衝撃が走った。
「んっ、あっ、ああっ」
快感に力が抜けて、浮かせた肩がベッドへ戻る。
カースのテントの、藁のベッドは、それに合わせてガサガサと音を立てた。
荒い息で喘ぐ少年から、カースが目を逸らした。
視線だけで辺りを見回すと、姉は隅の方で毛布にくるまって眠っていた。
テントの外は真っ暗のようで、時間まではわからないが深夜なのかもしれない。
「俺のせいだ……」
「……っ、え……?」
息と息の合間に、なんとか聞き返す。
「あいつ、嫌がるヤツを痛ぶるのが趣味だから、お前が嫌がらなきゃ、すぐ興味をなくすんじゃないかと、思ったんだ……」
カースは、焼けるような後悔に焦げついた顔で、リンデルの目を見ないまま、ポツリポツリと呟いた。
「だが、それは間違いだった……」
「カース……」
少年は、この男が、自分のために悔やんでいるのだと気付いた。
「俺のせいで、お前は余計に酷い目に……」
「大丈夫! 僕は大丈夫だよっ」
慌てて、リンデルはカースの言葉を遮る。
「……リンデル……」
じわり、と躊躇いながら、少年の顔を見て、男が名を呼んだ。
それだけで、少年は胸があたたかくなった。
(……どうしてかな)
森と空色の目が、悲しそうに、いたわるように、じっと少年を見つめている。
少年は、その目の色がとても綺麗だと、もう一度思った。
「もう少し、怪我が治ったら、術を外すからな」
「うん」
「それまでお前はゆっくり休んでろ」
「うん」
二人は、会話が途切れても、そのまま見つめ合っていた。
カースは、少年のあたたかな金色の目と髪が、まるで麦穂のようだと思った。
生まれ育った国には、麦畑が一面に広がっていた。
金色に揺れ、どこまでも続く麦畑の脇を、鳥に跨った父の膝に乗せられ走った。
もうずっと昔の事なのに、風や鳥の匂いまで鮮明に思い出してしまった。
もう永遠に、あの場所へは戻れない。
全ては壊れてしまった。
「カース?」
リンデルの声に、ハッとする。
男を心配そうに覗く、あたたかい金色の瞳。
その温もりに触れたくて、男は思わず手を伸ばした。
少年が、びくりと身を竦める。
その僅かな動きに、傷が痛んだのか、小さく喘いだ。
「んっ……」
「っ、すまない……怖がらせる、つもりは……」
男が、苦し気に眉を寄せて謝罪する。
カースはそのままリンデルに背を向けて、テントの隅へと移動する。
「まだ夜中だ。お前も寝ていろ……」
そう言って、男は床に落ちていた毛布に包まる。
その言葉がなぜか酷く淋しそうに聞こえて、リンデルは胸が痛んだ。
「違うの、僕、カースに触られるの、嫌じゃないよっ」
リンデルの高い声に、男が動きを止める。
まだ少年は声変わりには程遠い、高く鈴の鳴るような声をしていた。
昼間叫びすぎてか、少し掠れてはいたけれど、それがどこか色っぽかった。
「……俺は、別にお前をどうこうしようなんて思っちゃいねぇよ」
「?」
少年にきょとんと見返され、男は自分の言葉こそが的外れだったと知る。
恥ずかしさに、じわりと頬が熱くなる。
しかし、男の浅黒い肌では、ほんの少しの赤みなど気付かれないはずだった。
「カース? こっちに、来てくれる?」
まだ体を起こすこともできない少年に言われ、男は黙って従った。
ベッド脇まで来た男に、リンデルは手を伸ばした。
「ぅ、ん……」
痛みに、いや、快感に耐えながら伸ばされた手に、男が戸惑いながらも触れる。
きゅっと、小さな指が男の手を握る。
何かがこみ上げてきそうで、男は息を詰めた。
「カースも、触っていいよ」
「いや、俺は……」
目を逸らした男が、苦しんでいるように思えて、リンデルは悲しくなる。
「……おねがい、僕に触って……」
縋るような言葉に、カースは驚いたようにリンデルを見た。
潤んだ瞳も、ほのかに染まった頬も、術のせいだろう。
それでも、こいつがこんな事を言うのはどうしてなのかが分からない。
「どう、して……」
思ったより掠れた声で、カースは尋ねた。
「カースに、触ってほしいから……」
と少年は、真っ直ぐに男を見つめ返し、金色の瞳を滲ませて言った。
ともだちにシェアしよう!