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第一話 アルファの夫氏しぼう
「よっしゃ! 今日もワンオペいくか!」
オメガである東雲 裕 は最寄り駅のトイレで、ペン型の抑制剤を手に持ち、横腹の肉を摘むとカチカチと大量のシニスリンを打ちこむ。そうしないと、発情期 で二人の子供をお迎えから寝かしつけまでを一人で乗り越えられない。
アルファの夫である東雲雅也 の帰宅は午後二十一時。三歳と一歳の子供たちが寝静まるときに帰ってきては、ネクタイを緩めて、ため息をこぼす。子供と同じ定食のような夕食。ちなみに俺は丼で食べた。炭水化物を放りこむように食べて、子供と台所を往復しながら咀嚼する。
それを夫である雅也は優雅にリビングの木製テーブルに向かって、長い足を組んでよく噛んで食べる。
なんで俺ばっかり……。
世帯年収一千万以上あっても、ほとんどが税金で持っていかれる。所得制限で子供手当ては五千円、医療費は子供は二割負担。入学金、学資保険、保育園なんて二人入れて十万を超えてしまう。あっという間に金は消え、共働きでないとやっていけない。
なぜだ……? どうしてこんなにも金がかかる?
アルファと結婚して番になっても、オメガが全ての幸せを手にすることはない。現実を考えろ。子が産まれれば、金がかかる。金を稼いでも、税金でもってかれる。さらに子育てに体力と睡眠は必須。仕事は育休を取って、頭を下げて、さらに二人目を二歳差で産んでしまい、三年という長くも儚い休みと手当を貰い、すぐには辞められない。
お手伝いなんて、調べるひまもない。
二人の子供を帝王切開で出産し、腹を切ったのに助産師は「歩いて! 大丈夫! 歩けるから!」と二メートル先のトイレまで励ます始末だ。弱いオメガも子の為なら全力で振り絞って一歩を踏み出し、一時間おきの授乳(完ミ)に目を擦りながら耐えるしかない。そこからずっと走ってきた。まともに寝たことなんてない。
一生一緒に頑張ろうと囁く夫には完全なる理解と享受は無理なのだ。職場に頭を下げて、「お先に失礼します」と言いながら、砂を噛むような気持ちで会社を後にしてこれからの戦いに備えて、電車に揺られながら濁していく気持ちなんて。
―そんな毎日だったのに、夫こと、雅也が交通事故にて急死した。
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