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第三話 がちゃがちゃな意識
ワンオペの戦いは夕方から始まる。
奇跡的に同じ保育園にいれたが、お迎えは三十分も要する。担任に笑顔を張りつかせて、そこはかとなく二人の様子を伺い、兄妹をママチャリに乗せて、家路につく。午後十九時。そこから、二人の手洗いうがい、お着替え袋から泥まみれの服を洗濯カゴに突っ込んでおく。なお、乾燥機つき洗濯機にはまだ畳んでない朝に回した分が入っている。
そして、急いで冷凍シリーズ。おにぎりとから揚げをチンして、トマトと大量に茹でていたブロッコリーを添え、念のため、冷凍ご飯もレンチンする。スープは長谷園のインスタント様々で添えるが子供たちが飲みきることはない。
ここまで立ちっぱなしで二時間。すぐにご飯に取り掛かるほど聞き分けがいい二人ではないので、すでにリビングの玩具を床一面に広げているが、見ないことにする。
とりあえず、スプーン、フォーク、さらにはお茶を二人分用意し、自分はおにぎりだけパクついて、飲みこみながら二人分の定食もどきをテーブルに並べた。ちなみに唐揚げなんて食べたら、おかわりがないと泣き喚いて、悲劇が待っているので手はつけない。
この二人、兄と妹はなにをしても仲が悪い。三歳の章太郎 は身体が弱く、大人しい。生まれた頃は気管支が弱く、よく病院へ駆け込んだりもした。それに対して一歳の千秋 は自分を三歳だと思い込んでいるじゃじゃ馬だ。目を離すと取っ組み合いの喧嘩に発展し、生きるか死ぬかの決闘を兄に挑んでは毎夜繰り広げる。つねに平等で、対等でありたい妹に、先住猫のように兄を褒めたたえなければならない難しさがここにある。
二人が夕食にありついている間にお隣、佐々木に電話して頭を深々と下げて預かってもらう約束をとりつける。風呂にいれて、パジャマに着替えさせて、はやくて午後二十時半だ。
意識を失いかけながらも、マツキヤのリポDaを一本飲んでなんとか乗り切って、眠そうな二人を預けて、大通りまで出てタクシーを止めた。
きょうも十回以上、人に頭を下げ続けてしまった。
タクシーに揺られ、久しぶりの一人の時間に沁み込んだ疲労がとろとろと溶けていく。二人は眠そうに佐々木さんの所へ行ったが、明日も朝から保育園だ。
タクシーから橙色のライトや朱色のランプ灯が線のように引いて見えて、そのなかを車が勢いよく駆け抜ける。沈んだビルの巨塔が廃墟のように囲み、静けさが増すとあっという間に目的地についた。
指定された病院の安置所。足取り重く、夜勤なのかだるそうな医師に連れられ地下へ足を運ぶ。アルファである夫こと、雅也は浮気相手である同僚、百合子 の温かな手に触れられ、冷たく一人、横になっていた。
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