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第二十二話 妙ちきりんな嫉妬
「先輩、この料理マジ美味いっす!」
「そう? 頑張って作った甲斐があったよ」
「いやいや、本当プロっすよ。レシピ教えて下さい!」
「あはは、あとでメールする」
一階へ下りると、ピザにパスタ、サラダ、ポテトフライという見事なお膳立てを整えていた。
太郎はお手製のピザを切り分けながら、招待客である佐々木の皿にのせて、にこやかにほほえみ返す。和気藹藹 の雰囲気で、子供達は早々と食べ終わって歯磨きが終わると瞬く間に寝てしまった。
そして、ミラクルな再会を果たした太郎と佐々木は楽しそうに会話を弾ませて、佐々木が持ってきた日本酒を互いに酌み交わす。
二人の楽しげ声を耳にしながら、裕はすうすうと寝息をたてる子供たちへ毛布をかぶせた。招かざる客のような居心地の悪さに唇をかみしめる。
……俺も寝たい。
ふと、三日前の森の電話を思い起こす。
普段はメールで連絡を受けていたが、急に昼休みに電話がかかってきた。
『ああ、東雲くん? いま大丈夫? うん、そう、君のご主人の名前、どこかで聞いたことがあったんだ。それで調べたんだけども、かの有名な東雲英二郎氏の孫じゃないかな。ひょっとしたら、ご主人、多額の遺産を持ってるはずだ。当時、英二郎氏の遺産相続が話題になって週刊誌の記事がたくさんでた記憶がある。もしそうならば、身の回りの安全も兼ねて、よく気をつけたほうがいい。金目当ての奴らが沢山出てくる』
週刊誌の記事? 遺産相続?
狐につつまれた気持ちで、森から届いたメールに添付された資料をひらくとでかでかと「十億円の行方」の文字が目に入った。
内容は祖父である東雲英二郎氏の遺産は、遺言状により一人娘である雅子、孫である長男の英一、次男の雅也が相続することとなったが、その額は十億をのぼる、というものだった。
『……確かに夫の雅也は東雲英二郎氏の孫です。ですが、そんなお金、どこにもありませんよ。あったとしても、すでに使ってしまったんだと思います』
『どうして? すぐになくなるような金額じゃないよね?』
『……夫は仕事中に不倫して、その帰りに死んだんです。恐らく、その女性に全て使ったと思いますよ』
『それは、……ひどいね』
『もう済んだことなのでお気になさらず。また進捗があれば教えてください。こちらからも、ご連絡致します。では』
言葉を探して言い淀む森に短い言葉を並べて、有無を言わさず切ってしまう。森に知られたくなかった。いや、誰にも知られたくない。もう二度とあの家のことなんて思い出したくない。意地を剥き出しにして、かたくなに一人で家族を守り通そうとする自分がいた。
裕は間仕切り戸をひいて隙間を細めると、太郎の隣の椅子へ腰を下ろす。
二億円なんて、現実味がない。
目の前にある緑のルッコラを口に放り込みながら咀嚼する。太郎に視線をうつすと、ピザを美味しそうに食べていた。
お手製の料理で子供達のハートをがっちり掴んで、太郎を気に入っている。が、裕は面白くなかった。子供が喜ぶほど、自分だけが蚊帳の外にいる気分になる。
「裕さん、日本酒どうっすか?」
「いや、お茶でいいよ」
「じゃあ、僕が取ってきます」
「いいよ。自分で取りに行く」
立ち上がる太郎に素っ気なく接して、席を立つ。冷水筒ごと持ってきてテーブルにどんと置いた。
「ゆ、裕さん……」
「なんだよ?」
ぎろりと凄むと太郎はたじたじとなって、青ざめる。だが、佐々木は眼中に入らないのか気兼ねなく話をつづけた。
「しかし、今日は疲れましたね! 衣類に本、CD、楽譜にへその緒まで沢山でてきてびっくりしましたよ」
「そうだな。助かったよ」
「大変でしたけど、太郎先輩と再会できて、マジ感激っす!」
佐々木は恍惚とした目でピザを食べる太郎をうっとりと見つめ、太郎も柔和な笑みを浮かべて対応する。
「ぼく?」
「そうっす。マジで嬉しいです! 先輩、今度皆集めて試合でもしましょう! 声かけてみるんで、やりましょ!」
スピカのように溌剌と輝く瞳を向けて、佐々木が熱をこめて喋りつづける。横目で見ると、すぐに視線を逸らした。
なんだよ、悟と違うじゃないか。
「大袈裟だよ。今じゃ、ただの公務員だし」
「そんな、いつだって先輩はヒーローですよ! あ、やべ! オレ、もう帰ります! ねぇちゃんから早く帰ってこいって言われてたんです。すみません」
佐々木は腕時計に視線を落とし、慌てて立ち上がる。すこし足元がふらついて、太郎が心配そうな顔つきに変わるのを裕は見逃さなかった。
「大丈夫? 酔ってない?」
「全然平気っす! ご馳走様でした」
「悟くん、今日はありがとう。荷物も整理できたし助かったよ」
「いや、そんな。裕さんも元気そうで安心しました。あ、太郎先輩、あとで絶対連絡しますからね! 絶対っすよ!」
「うん、あとで連絡する」
悟は念を押しながら太郎に言うと、いそいそと赤のジャケットを羽織った。裕は見送るため玄関前に立つ。
「太郎、悟くんを送ってあげろよ。ここら辺暗いし、折角の再会なんだから昔話でも、な?」
ちらりと悟の横にいる太郎を見る。太郎は酔いのまわった潤んだような目を泳がせ、戸惑いの色を浮かべた。
「でも、その……」
「いーすよ。大丈夫っす」
「遠慮はいいから、行ってこい。じゃ、またな。ありがとう」
無理矢理追い出すように背中を押して、二人を外に出した。
リビングにもどると、太郎の上着が裕の目に入る。
しまった。あいつ、そのままだった。そとはまだ寒いはずだ。
「……くそ!」
子供達はまだ起きそうにない、いま行けば五分で戻れる。裕はダウンを掴むと苛立ちながら廊下を歩いて、玄関のノブを回した。
「あ」
「あ……」
目の前に、太郎がぶるぶると震えながら立っていた。裕はその姿に顔を真っ赤にしてしまう。
「裕さん、上着……」
「とにかく、はいれ。風邪ひくぞ」
太郎の手をひいて、家にいれる。触れた指先から氷のような夜気の冷たさが伝わった。どうしてか、我もなく胸が高鳴る。
「佐々木くんは?」
「タクシーを捕まえて帰りました」
「そっか。まだ飲むか?」
「いいえ。僕、後片付けしたら帰ります」
太郎は不器用に口を緩めて笑う。でも目は合わせない。すれ違いざまに横切る太郎の手を掴んで引き寄せた。
「理由はなんだ?」
「理由?」
「なんで、俺に冷たいんだ」
「……冷たくないです」
「目を合わせないだろ。俺、なにかしたか?」
「あ、いや、その……、前に立たないで下さい」
太郎はあいた手ですっぽりと顔を覆う。
「太郎、言え。仲直りしたい」
どうしようもなく、繋いだ手を握り締めて、そばにたぐり寄せる。
「……う。裕さん、それは反則です」
「は?」
「なんていうか、そういうのあざといです」
「はあ?」
あざとい?
「いや、あの、うん、仲直りしますから、それ以上近づかないで下さい」
「わかった。で、理由は?」
「お、おじさんに嫉妬してたんですよ」
「はあ? 森さん?」
「だって、裕さん、おじさんの話をあまりにも楽しそうに言うから、あの、なんだか、ごめんなさい、僕は人間が小さいんです」
「それなら……」
と、言いかけた途端、チャイムがなった。二人とも視線をぶつけ、びっくりしたように顔を見上げて玄関をあける。
「書留です」
申し訳なさげに郵便局員が茶封筒を差し出し、サインを求めてすぐに帰っていった。
宛名を見ると、百合子だった。
太郎は名前をみて、一瞬、顔を曇らせたのを裕は気づかなかった。
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