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第二十九話ー2 落花流水
一日目 全裸で横たわり、向き合う。
「きょうは見つめ合うだけです」
「……わかったから」
「なんだか、恥ずかしいですね」
二人はキスすらしていない。裕の裸は見たことがあるが、服を脱ぎ落して素肌をさらすなんて初めてだ。
「太郎、緊張してる?」
「そ、そりゃしますよ。あ、話したらだめです。三十分無言ですよ」
「ふっ、わかった。こんなに近くにいるのになんかおかしいな」
「裕さん、しっ」
太郎は鼓動すら聞こえそうで裕から視線を外してしまう。橙色のライトが裕の灼けた肌を照らし、太郎の胸板が美しく白磁のように引き締まってみえた。
少し長めの前髪が裕の汗ばむ額にぱらりと落ちかかる。安堵の色を瞳ににじませ、触れそうなくらい近い指先が愛おしい。肌触りのよい夜具に柔肌をのせて、二人の視線は吸いつけられたようにぴたっと止まり、濃く絡みついた。柔らかな息遣いが耳の奥にまで届いて、恥じらいに耳たぶが熱くなる。
裕は恥ずかしそうに太郎を窺う。匂やかに艶つやしい胸元、筋肉質のたくましい体つき。穴があくほど見つめ合い、蒸されるような熱気が二人を包み込んだ。
うるんだ目を見開いて、ぼうっとした頭で考えた。出会ってからずっとそばにいた。みじめな姿もみられたし、本音もぶつけてしまった。それでも一番に自分と子供を心配してくれて、気遣ってくれる。優しくて、愛おしい年下の男。太郎と過ごすうちに自分の気持ちが膨らんでいくのを見過ごせなかった。
どれほど経ったのだろうか、二人の目に異様な熱が宿る。
皮膚が溶けてしまいそうなくらい溢れでる幸福感と妄想が膨らむ。微熱を持ったように躰の芯が疼いて、まるで挿入でもしている感覚に下半身がじんと痺れ、全身が燃え上がる。
抱きたい、と太郎はつよく思った。
太郎の雄はすでに透明な液を垂らして、なかへはいりたいと願っている。
「裕さん……」
「……たろ」
「明日、たくさん触ってあげますね」
「我慢してるんだろ? 俺は、してもいいとおもってる……」
甘い吐息を洩らしながらも、骨まで溶そうな興奮にふたりの肌は熱を発している。ただ互いの目を見ているだけなのに満たされ、もやもやと熾き火のようになにかが燃え上がる。ただ、まだあの時の記憶がこびりついて残っているだけだ。
太郎は首を横にふって微笑んだ。
「我慢しましょう。裕さん、愛してる」
「……太郎、ごめんな。色々とありがとう」
「そんな……」
自分と出会っていなかったら、裕は傷つかなかった。肩の瘡蓋が目に入る。こんなにひどい怪我を負う必要もない。視線が傷ついた肩に移って、眉根がぴくりと動いた。
「たろう?」
「あ、ちがうんです。おじさんにまだ嫉妬しているだけで……。裕さんを守れなかったこと、まだ後悔しているんです」
太郎はふるふると首を振って否定をした。心のわだかまりが解けたのか、口を割ってしまう。
「あれは、俺のせいだよ。おまえは悪くない。だめだな、あれからさ、よく考えても、このまま一人で子供を抱えて育てていけるのかってたまに不安になるんだ」
「裕さん……」
「……俺はもう他のアルファと番うことができない。それでも体はアルファを求めてしまうんだ。発情期はくるし、森さんとだってしてしまった。嫌だろ、こんな事故物件なやつ」
「嫌じゃないです、むしろ、ずっと心配でした。叔父さんも、本当はまだ許せなくて、悔しくて……」
「たろう」
「ごめんなさい」
「なんだよ、謝るなよ。おまえは悪くない。出会えてよかった」
今日はキスも愛撫もしない。そう心に決めた。
「もうつらい目には合わせません」
「うん」
「絶対にです」
「……うん。ありがとう」
涙がこぼれて頬を伝い、すべてを溶かしてしまったかのように流れ落ちた。
「あ、裕さん、本通りに松葉崩しで上下反対にして寝ます?」
「ふは、それは勘弁だ」
目を細めて互いに笑った。疲れていたのか、裕はそのまま寝息をたてて眠る。
笑って誤魔化したが、触りたくてたまらない。
気が変になりそうになりながら、その晩は生き地獄のように裕の寝顔を見守り続けた。
二日目 抱き締める
その日は四人で島を観光した。マンゴーシェイクを島カフェで飲んでいると、裕が太郎の手を上に乗せて握った。それだけで驚いてしまい顔をみると、裕は真っ赤な茹だこのように俯いていた。
その夜は、ぴったりと体をあわせ、太腿を絡ませて長い抱擁を交わす。皮膚のすべての部分を接触しあわせ、裕は恥ずかしそうに太郎の胸に顔を埋める。
「……あたってる」
「う、ごめんなさい」
裕の柔らかなまま髪が胸板に触れ、性器もまだ硬くない。自分だけが興奮してしまい、申し訳なさと情けなさに恥ずかしくなってしまう。
「……嬉しいんだ。俺に反応してくれて」
「裕さん」
熱い吐息を絡ませて二人は見つめ合う。裕どんどんと惹かれてしまう。どうやって、夫は裕を抱いたのだろう。抱き締めながら裕の肩に顔をよせた。嫉妬しているのに、林檎の匂いが顔じゅうにひろがり、さらにどくどくと全身の血管が怒張してしまう。
「ご主人に、嫉妬してます」
「雅也に?」
「番になれて羨ましい」
「……」
「僕のこと、嫌じゃないですか?」
「嫌じゃない。包まれているようで安心する。俺を気遣って、我慢してくれてるのも嬉しい。太郎、ありがとう」
にこっと柔和な微笑みを浮かべる裕に太郎は無になれと自分に言い聞かせた。
三日目 キス
「キス、したい」
「たろ、……んっ、え……んん」
太郎は仰向けになる裕に覆いかぶさって唇を重ねる。下唇を甘噛みし、柔らかな舌が絡みついて、密着感を楽しむ。こちらが吸おうと思うと、逃げていき、裕の頭を持ち上げると、ねっとりとした朱唇の重なりに濃厚なキスを落とした。
「好きです」
「おれ、も……」
頬を赤らめて、裕の藍色の瞳が濡れて、上目遣いで見上げる。耳にもキスし、軟骨をかるく噛んだ。それから鎖骨や骨のでっぱりに唇をあてて、切歯をたてる。ぴくぴくと反応する裕に目を細めてしまう。思いあまって、全身に雨を降らせると裕が笑った。
「……あ、ごめんなさい」
「いいよ。ずっとキスしたかったから」
さらに唇を求めて、裕と貪るように唾液を交換し、体内に染み込ませていく。何度もくりかえして甘美な味わいに観を尽くした。
「好きです」
「……うん、好きだ」
半分喘ぎのようなかすれた声に裕の尖った乳首があたる。太郎は嬉しくて、裕のいたるところに口づけをして歓楽に溺れた。
太郎と初めてキスした。夫以外の男。ましてや番以外のアルファを求めた自分がいる。罪悪感がわきながらも、また太郎に触れたいと思う自分がいた。
きょうもまた、する……。
昨日よりも激しく求めてしまったらどうしよう。日にちを追うように、勃起もせずに全身で欲しいと求めてしまう。
太郎、幻滅する、かな……。
水飛沫をつくって遊ぶ三人を眺めながら、パラソルの下で裕は手を振った。すっかり子供たちも太郎に懐いて家族のようにみえる。でも、昨夜はその微笑みを浮かべる男を雄のように求めて、はっと赤面してしまう。
まずいな。これじゃあ、まるで欲求不満みたいじゃないか。
陽射しが照りつけ、遮るように顔を覆うと柔らかな唇の感触が蘇り、肌が照りつくように灼けた。
四日目 愛撫
その夜は戸惑いながらも、軽いキスから深いキスへと変わって、指でなぞるように肌に触れた。乳首に触れられるとぴくぴくと跳ね、焦らすようにくるくると乳輪を目指して、太郎の指は硬くなったしこりをあやしていく。
「裕さん、可愛い」
「ん、焦らすなよ」
「焦らすのがいいんですよ、たくさん気持ちよくなってください」
「え、あ、だめだって……っ」
粟立つ膨らみをなぞりながら、耳のくぼみにも舌を這わせて、濡れた音が響いてとどく。ゆっくりと長い指が下方へのびて、火照った躰が太郎の唇を求めてしまう。
「なか、指をいれていいですか?」
「……ん、あ」
「たっぷり濡らしておきますから」
「太郎のも舐めたい……」
裕が太郎の上にまたがり、赤い舌をだしながら強張った怒張をぺろぺろと舐めてくれる。懸命に奉仕してくれる。裕の太腿からはしとどなく濡れた粘液が垂れて、妖艶で妖しくみえた。
「太郎のピンクだな」
「い、言わないでください。……僕もさわりますよ」
「おれのは勃たないよ」
「でも濡れてますよ?」
「え、……っ、あ、あ、あ」
丸まった綿を吸われ、筋を指のはらで撫でられる。甘くもせつない痺れが電流のごとく走り、窄まりも粘液で柔らかくほぐれていく。嫌悪感はなく、ぞくぞくとした甘い痺れがはしる。
「番が死んだら、運命の番に愛されるのかな」
「あ、あ、あああ、都市伝説、だ、よ」
「そうかな? 裕さん、ここ、ふっくらしてますね」
「あ、あ、太郎、おまえ慣れてる……」
「きょうのために勉強しました。よくほぐさないと」
感覚が麻痺するぐらいにひらかれ、さらに快感を得ようとしてしまう。
「はぁ、あ、あ、はぁ、じれったい……」
「裕さん、かわいい」
太郎の桃色に猛ったものを咥えながらも、ひらいていく性感が雄を求めていた。
欲しい、太郎がほしい。
太郎の熱い舌をうしろの小さな窄まりで締めつけて、粘膜が動くたびに尻を振ってしまう。咥えながらも、ぴちゃぴちゃと深い快感をさらに求め続けてしまう自分がいた。
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