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1.悪癖 (R)
カシャ。
「ん⋯⋯っあ⋯⋯!」
――ここが好きなのか? このド淫乱。
カシャ。
「ぁんっ⋯⋯、はぁっ⋯⋯言わないでぇ⋯⋯、あぁっ、そこ、こすっちゃだめッ⋯⋯!」
――この街一番の貴族の御令息が、とんだ変態とはなぁ。こりゃあ大スクープだ。
カシャ。
「ぁっ⋯⋯! うるさい、⋯⋯ッ! うぁッ⋯⋯」
――犯されて興奮するなんて、ド変態貴族のリオ様。ほら、ここも。
カシャ。
「うっ⋯⋯あんッ⋯⋯ッ! やめ⋯⋯っぁあっ⋯⋯! ちくび、ぎゅってしちゃ⋯⋯だめぇ⋯⋯!」
――扱かれながら乳首抓られるのが好きなのか? 恥ずかしいなぁ?
カシャ。カシャ。
「あぁあっ⋯⋯ぁっ⋯⋯⋯⋯好きじゃない、そんなのっ⋯⋯!」
――へぇ? そうは見えないなぁ。鬼畜に責められるのが大好きって顔してやがるのに。
カシャ。カシャ。
「好きじゃ、ない⋯⋯っ! ふ、ぁっ⋯⋯!」
――素直になったらいっぱいイカせてやるよ? リオ、言ってみな? いっぱいイキたいって。
カシャカシャカシャ。
「んっ⋯⋯はぁっ⋯⋯! もっと、もっと⋯⋯もっとぉ⋯⋯⋯⋯! イキたいぃっ⋯⋯⋯⋯!」
ビクビクと体が痙攣する。
浅い絶頂を迎えたリオは、シーツの上にどさりとカメラを放り投げた。
手首がもう限界だ。このカメラは片手で支えるには少々重すぎる。
もう片方の手は、今まさに己が吐き出した白濁にまみれている。大きく嘆息して、どろどろのそれを枕元に用意しておいたリネン製の手ぬぐいで拭き上げた。
夕刻が迫る自室に一人。
リオは乱れたベッドの上、のそのそと起き上がった。
貴族の一日、というものはゾッとするほどに長く、退屈だ。
毎朝決められた時間に起床し、決められた行事、しきたりを完遂し、午後になれば貴族同士の交流、それぞれの趣味にその時間を充てる。
⋯⋯なんて退屈な毎日なのだろう。
狩猟、音楽や絵画などの芸術鑑賞、大金を使った道楽。そのどれもがリオにとって、退屈で仕方がなかった。
ただひとつ、興味があるものといえば。
己の体そのものだった。
これは、思春期特有の現象なのだろうか。そう思って、数々の夜会に出席し、煌びやかに着飾った豊満な女性と何人も顔を合わせてきた。けれど、どれほど美しい女性と会話を交わしても、心が惹かれるようなことは一度も無かった。
それなのに――。
自室で一人になり、衣服を剥いだ己の体にはひどく興奮してしまう。
好奇心を抑えられず、街の商店で手に入れたカメラで己を撮ってみた。両手に収まるくらいの大きさのカメラは、シャッターを押すと写した風景が本体に付いた印刷口からすぐさま写真となって出てくる。
小さな長方形のフィルムを空気に晒すとだんだんと浮かび上がってくる、己の姿。不思議なおもちゃを手に入れてしまったリオは、そのカメラの虜になった。
最初に自らの姿を撮影した時は、整った貴族の装いのままにただレンズを睨みつける無表情な顔になってしまったが、それでも今まで見てきたどんな絵画よりも美しい、と見惚れてしまう程だった。
澄んだ琥珀の瞳、小さな唇はふっくらと膨らんで血色も良い。蜂蜜色の髪は絹糸のように柔らかく流れている。こんな風に俯瞰で自分を見ることは初めてで、無意識のうちにドキドキドキと胸が高鳴った。
カメラを構える角度を変えたり、表情を変えたりして数枚撮影するたびに、印刷口から吐き出される小さな写真を確認する。だんだんとコツを掴んで来て、美しい写真が増えてゆく。
そうして何枚目かの写真を見た時、自分が薄っすらと笑っている事に気が付いた。興奮しているのか息が上がり、頬がほんのりと赤くなっている。心なしか体も熱く、気が付けばタイを緩めて一番上の釦を外していた。
その瞬間にリオを包み込んでいたのは、これまでに無いほどの高揚感だった。
その日以来、リオは午後になると誰にも顔を合わせず自室に篭り、自分で自分を撮影する行為、いわゆる自分撮りに耽っている。
釦をひとつ外すだけでは飽き足らず、その次はさりげなく胸元を覗かせてみたり、スラックスに手を掛けてみたりと、リオの行為は日を追うごとにエスカレートしていった。
ついには生肌のほとんどを晒して撮影していた。写真に写る奥ゆかしく嫋やかな自身の姿に、体の奥が熱くなった。
なんて、妖艶なのだろう。
美しい。まるで芸術作品だ。
もっと、見たい。
己の美しく綺麗な瞬間をもっと眺めたい。
自分の顔や体を見て興奮するだなんて、誰かに知られたら地位も名誉も失うことだろう。親友のアンディにすら言えない。それが更にリオの背徳心を煽った。
これは、秘密の趣味だ。
生肌に手を這わせて、体のあちこちを弄りながらシャッターを押す。自慰行為にはそれほど興味などなかったのに、自分撮りをするようになってからは毎日のように体を触るようになった。
いつからか、ただ自分のイヤラシイ写真を撮るよりも、架空の誰かに犯される事を妄想する方が興奮する事を知った。
そして今日は初めて、ついに妄想しながら自慰行為をする自分の姿を撮ってみた。
だが、片手でカメラを構え、もう一方の手で己のペニスを扱く事は思った以上に難しくて、深い絶頂が得られなくて少し物足りなかった。
体を清めた後ガウンを羽織り、シーツの上に無造作に散りばめられた写真の数々を手繰り寄せる。
上手く撮れているだろうか。期待しながらかき集めた写真を確認してみて、リオはがっくりと肩を落とした。
「なんだよ、ブレブレ⋯⋯」
はぁ、と溜息をついたリオはベッドの上に大の字になって天井を仰いだ。
やはり、自慰行為を撮影する事は難しい。カメラは片手で持つには重いし、おまけにシャッターは硬いのだ。ブレてしまうのも仕方がない。
何か別の方法はないだろうか、と項垂れていると、自室の扉が数度鳴る。
「リオおぼっちゃま。アンドルー様がいらしております」
「……あぁ、アンディか。約束してたんだっけ……。すぐに行く」
使用人のドリーに返事をした後ガウンを脱ぎ捨て、正装に着替えたリオは客間へと向かった。
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