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2.友人

 客間に到着すれば、大きな大理石のテーブルの向こうにアンディが座っていた。  幼馴染のアンディは、この辺り一帯の領主、ウィンガー家の一人息子だ。  リオの一族、ルシーダ家とも古くから親交が深く、歳の近い二人は幼い頃から親友なのである。 「おっす、リオ」 「アンディ、元気かい?」 「あぁ。お前は? 最近狩猟にも全然来ねえし、みんな心配してんぞ」 「あはは。僕は猟銃とか、あんまり興味ないっていうか⋯⋯」  明るく快活なアンディは性格も良く、見目も抜けるように爽やかだ。隠し事や、人に言えないようなやましい事など、何一つなさそうなタイプ。  リオとは正反対の性格なのに、生まれや歳が近いということもあって、アンディは隔たりなくリオとも仲良くしてくれている。  ふと、彼の向こうに、壁に背をつけて立つおさげ髪の少女の姿が目に入る。 「ん? その子は⋯⋯?」 「あぁ、紹介しようか。こっちへおいで、カナリア」  カナリアと呼ばれる少女は、戸惑いながらもおずおずとこちらへ近寄る。 「カ⋯⋯カナリアです」 「ごきげんよう、だろ? カナリア」 「ご、ごきげんよう」  まるで保護者のようなアンディの態度に疑問を抱く。その少女の声は震えていて、目線はきょろきょろと落ち着きがない。身なりこそ綺麗にしているが、使用人にしてはあまりにも力不足に見える。  しかしアンディに贔屓にされているのは明らかで、違和感が膨らむ。 「初めまして、カナリア。僕はリオ。そんなに緊張しないで。まぁ⋯⋯座ってよ」 「あ、ありがとうございます」  戸惑いながらも彼女がそう言った折、その首元に鈍く光る銀色の首輪が取り付けられている事に気が付いた。 「カナリアは、俺が奴隷市場で買ってきた」 「奴隷市場?」  聞き慣れない言葉を繰り返す。この美しい都にも、奴隷という名の生命ある道具を売買している闇市場があるらしい事は知っていたが、まさかアンディが行くとは。裏表のない実直な彼が行くような場所ではないはずだ。 「あぁ。別に貰うつもりはなかったんだがなぁ。たまたま付き合いでそこに行った時にこの子を見つけたんだ。娼婦の子らしいんだけど、父親不明、母親にも捨てられて身寄りがなくて、そこに行き着いたんだと。救ってやりたくてさ」 「⋯⋯ご主人様、ありがとうございます。本当に⋯⋯命尽きるまで、あなたに仕えます」 「カナリア。そういうのはやめろって、何度言ったら分かるんだ。俺の屋敷で良識を覚えて、いつか巣立っていってほしいんだよ。世界は広いんだぜ? なぁ、リオ」 「⋯⋯ぁ、あぁ。そうだね。カナリア、良い主人に買われて良かったね」  奴隷とは、その命が尽きるまで主人である貴族に仕えなければならない。その使役は主人によって様々だが、リオの認識では、ほとんどが農業や荷役などの力仕事であり、暴力的に拘束しているものなのだと思っていた。  しかし、カナリアに対するアンディはそうではなかった。  闇市場に売られ、生涯奴隷として働くことを決められていたはずの娘を、アンディは救い出したのだ。  そして、いつしか自分の元から巣立たせたいと言う親友の目は、誠実そのものだった。 「主人によって、奴隷が人間らしく生きられる道もあるんだってこと、俺が証明するよ」  そう話す親友の姿は眩しくて格好良い。  それなのに。  リオの頭に浮かんでいたのは、それには相反する爛れた企みだった。

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