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最終話.奴隷と奴隷(R)

 激しく口付けられながら、縺れるように脱がし合う。たった今まで丁寧に着飾っていたお互いの衣服は皺くしゃになって、冷たい床の上へと落とされていく。  壁の薄いグレンの部屋。薄ぼんやりと浮かび上がるのは、初めて見る自分以外の男の裸だ。  リオをすっぽりと覆えるだけの広い肩幅に、程良く筋肉の付いた二の腕、なめらかに膨らむ胸板と凹凸のある腹筋、それでいて腰は細い。同じ肉体なのに自分の体とはまるで違う肉付きに見惚れていると、同じようにグレンの瞳にうっとりと見つめられていて。 「相変わらず綺麗な体だな」 「ぇ、んっ、ぁっ⋯⋯」  低く掠れるグレンの声にどきりとしたと同時、ぴちゃ、と音を鳴らして胸の頂きを舐められる。あっという間に芯を持つそこは、グレンの舌先で何度も転がされて赤く腫れ上がっていく。 「ほらな、綺麗」   真っ赤になった乳首を甘く噛まれて指でピンと弾かれる。こんなにも欲まみれの体が瞳孔の開いた瞳に恍惚と映されて、グレンが瞬きをするたびにシャッターを切られているみたいな気分になる。もっと乱れて見せてと煽られているようで。  いとも簡単に反応してしまう体が恥ずかしいのに、妄想が現実になっていくことに興奮しているのか、グレンの愛撫に期待してしまう。 「ゆ、ゆび⋯⋯」 「指挿れて欲しい?」 「うん⋯⋯」 「いいよ。足、開いて?」    ずりずりとシーツを引き摺って足を開くと、手伝うようにグレンの手が内腿を滑って、尻たぶを撫でる。 「自分で足持ってな?」  誘導されるまま、折り曲げた膝の裏に己の手を入れて固定すれば、恥ずかしいところがグレンから丸見えになってしまう。ただ見られているというだけで、勃ち上がったペニスからはとぷとぷと透明な汁が流れ落ちて、恥ずかしくてたまらない。グレンが指先でそれを掬って、リオの肛門に塗り広げるように縁を撫でると、まだ慣らしていないそこはにゅるりと指を飲み込んだ。 「っ⋯⋯!んぁっ」 「随分性急だな。そんなに欲しかった?」  リオよりも長くてごつごつとした指が、ゆっくりとナカを搔きまわす。この感触が欲しくてたまらなかった。 「さっきはこっち弄ってやれなかったもんなぁ。でもさすがにあの部屋で⋯⋯ご主人をメスイキさせちゃまずいだろ?俺なりの配慮だよ」    甘ったるい声を耳に流し込まれて、性感がふるりと震える。  そんな配慮、いらないのに。本当はあの場所でこうして欲しかった。リオと同じようにグレンにも理性を脱ぎ捨てて欲しかった。それでもそうしないグレンに、やっぱりこれは彼にとってただの仕事なのだと思い知ってしまった。  だから、今こうして生々しく触れられると、従順な体は甘くほどけてしまう。  早くグレンに、こんなふうに犯されたかったから。 「ぅ、あぁ⋯⋯ぁ⋯⋯っ」  啜り泣くような声が出る。その度に前立腺をぐりりと押されて、内腿がきゅんと引き締まる。  時折グレンが唾液を垂らすから、先走りと混ざり合ってぐちゅぐちゅという音が狭い部屋に響いた。ぬめりのある指の出し入れに合わせて呼吸を繰り返しているうちに、窄まりはグレンの指を三本も咥えていて。触れられていないペニスははち切れそうな程にそそり勃って、先端から幾筋もの粘液をとぷりと零している。 「可愛いな、こんなに漏らして。俺の指好きなの?」  好き、という言葉にどきりとする。グレンのことを嫌いだと、何度も自分に言い聞かせるように唱えたのに、そのたびに心が泣いて瞳から涙が流れた。  本当はグレンを好きだと伝えてしまいたい。グレンがそうでないとしても、言って楽になりたい。伝えたって、きっとグレンはこの爛れた行為のことを言っていると思うに違いない。 「ぅ、⋯⋯んっ、好き⋯⋯っ、」  息絶え絶えになって伝えると、なぜか涙がまた一粒こぼれ落ちた。不意に上体を倒してきたグレンがそっと雫にキスをする。その労わるような仕草にきゅんとときめく胸が、やっぱりこの男を好きなのだと訴えて余計に苦しい。  ちゅ、ちゅ、と頬に口付ける唇は、やがてリオの耳に優しく触れて。 「ぁっ⋯⋯!」 「耳、されんのも好きか?」  下半身に集まっていた快感が一気に全身に散らばっていく。耳の穴に舌を入れられて、れろれろと舐められると頭の芯がじわりと融けてしまって、もう何も考えられなくなっていく。 「あ、ぁ、すき、⋯⋯っ」  指先は前立腺に狙いを定めていて、すりすりと撫でるように擦られる。巧みな男の指遣いに陶酔していると、ふたたび唇を深く重ねられて。ぬめる分厚い舌を出し入れされて、迫り上がる快楽の波に腰ががくがくと震え出した。 「んぅ、んっ⋯⋯、はっ、」  ぢゅ、と吸い上げられた舌にびりりと走る痺れすら快感に思えて、涙の膜の向こうのグレンを見つめながら呼吸を乱す。朦朧とする視界の中、彫りの深いグレンの目元が優しく微笑んでいる気がして、だめだと分かっているのに健気な純情が喜んでしまう。 「可愛い、ご主人」 「んぅ⋯⋯主人って、いやだ⋯⋯名前で呼んで⋯⋯」  喘ぎ混じりに訴える。ただの男として、グレンに名前を呼んで欲しい。まやかしで良いから、愛されていると勘違いしたまま抱かれたい。 「おねがい……、んっ、ぁっ……」  ナカを掻き回す指が気持ち良くてたまらなくて、もっとと求めるように自ら腰を揺らした。耳元にグレンの吐息がかかって、それすら熱くて気持ち良い。 「ふは、そっか⋯⋯名前で呼んで欲しいのか?」 「んっ、⋯⋯ぅん、⋯⋯っ、」 「だったら俺のことも名前で呼んでくれよ。なぁ? 昨日の夜みたいに」  瞬間、目の前に爆弾を落とされたような感覚に心臓がどくんと跳ね上がった。グレンのことを名前で呼んだことなど一度もない。昨日の夜、とグレンは言った。昨日の夜、グレンの名を呼んだ事実があるとしたらそれは、自室でのことだ。リオは自室で、グレンに犯されるところを妄想しながら自慰をした。ペニスを慰め香油を垂らして、自らの指でお尻のナカを掻き回した。浮かされるように何度も何度も、グレンの名を呼びながら。 「すっげぇ恋しく呼んでくれてただろ?」  見られていた。何もかもバレていた。グレンで抜いていたことも、そうする理由も。すべて知っていて、応接室で誑かすようにリオの体を弄び、たった今こうしてリオに快感を与えているのだ。唇と舌と指で、じりじりとリオを狂わせるように。まるで徹底的に自分の玩具として、育てるように。   「なぁ。俺のことが好きで、俺のものになりたい、可愛い可愛いリオ」  滴るような甘い声と息を一緒に耳の中に吹き込まれて、肌の細胞が粟立つ。同時に三本の指で臍側のしこりをぐりりと押し潰すように捏ねられて。 「ぅあっ⋯⋯ぁっ⋯⋯!ぁあっ!」  焼き切れそうな熱が下腹部に迸って、どっと全身に熱い血が流れる。グレンの指が小刻みにそこを擦るたび、突き上げるような快感が大きな波となっていく。尻の穴だけでいくなんて信じられない。それなのに、無意識に足の指がきゅっと丸まって、内部を擦り続けるグレンの指をぎゅうぎゅうに食い締める。 「はっ⋯⋯っ、ぁあっ、⋯⋯!」    射精を伴わない甘やかな絶頂が、リオの体の隅々にまでじんわりと染み渡っていく。ペニスは先走りをはしたなくだらだらと垂らして、触れられていない乳首はぴんぴんに尖り切って、この体がどれだけ感じ入っているかを知らせる。 「きもちぃ……、はぁっ……ぁ、」  自分の手ではどうやっても引き起こす事の出来ない快楽の波に浸って、息を乱しながらグレンの肩に縋るように抱きついた。 「⋯⋯このままじゃ本当に女抱けなくなりそうだな」 「い、いらない⋯⋯抱かない⋯⋯」  震えて覚束ない唇を懸命に動かす。ゆっくり喋らないと舌を噛んでしまいそうで、グレンを抱きしめる腕にぎゅうっと力を込めた。 「俺に抱かれる方が好きか?」 「⋯⋯ぅん、⋯⋯好、き⋯⋯、グレン⋯⋯」  ずっと、グレンを奴隷として操っているのは自分なのだと思っていた。当然だ。だってグレンはリオが買った。性的な欲望を満たす玩具として利用するために。だけど実際はどうだ。こんなふうに言葉で追い詰められて、心も体も丸裸にされてしまう。 「お前ってさ、ほんとベッドの上では素直で可愛いよなぁ」  掠れた声に笑みが混じるから、奴隷に調教されたどろどろの性感が悦びに震える。  ずるりと指が引き抜かれるのすら気持ち良い。まだ抜かないでと切なく疼く穴に、今度は指よりも熱くて硬いものが押し当てられて。 「んっ、あっ⋯⋯っ!」  心臓の音がばくばくと大きくなる。与えられる快感に夢中になっていて、グレンがこんなにも熱を高めていたなんて気付かなかった。 「グレン、待って……、」  たった今イッたばかりで収縮する穴の縁にグレンの硬い先端をぴたりとあてがわれて、ぬちぬちと粘液を塗り広げられる。その感触が気持ちよくて、緩やかな絶頂から意識が降りて来ない。ひくひくと息づく入り口に濡れた鈴口を執拗に擦り付けられると、その熱を招き入れようとする粘膜が蠢いた。  グレンが勃起している。我慢汁をたくさん零して、苦しそうに眉間に皺を刻ませている。窄まりに押し当てられる怒張はリオのナカに入りたがって、更に硬さを増した。長い黒髪の隙間から覗く瞳は、リオを見下ろしたまま恍惚と揺れていて。 「お前は俺のものだよ、リオ」  たった今リオを捉えているのは、カメラのレンズではなく、欲情している雄の両目。その二つのガラス玉に映されて、リオの体の芯の部分が今にも泣き出しそうに悦んだ。  受け入れるように腰を上げると、どくんどくんと脈打つ熱いものが入り口を割り開く。 「ぁ、あっ、入っちゃう⋯⋯!」  指よりも太くて、硬いものが。毎晩妄想して求めた幻よりもずっと熱い、血の通った肉体が。 「入らせて、リオのナカ⋯⋯」 「ぅ、ぁあっ⋯⋯あっ⋯⋯!」  ずぷ、ずぷと貫かれる。腹の中がきつくて、苦しくて、息ができない。体が真っ二つになってしまうような強烈な痛みに、ぎゅっと目を瞑る。  こんな痛みを感じたことは今までにない。だけど、痛くて良い。グレンと体を繋げられる事が嬉しい。だから、もっと奥まで入ってきて欲しい。 「ふ、ぁ⋯⋯っ、グレン⋯⋯」  紅く濡れた唇は、無意識にグレンの名前を何度も呼んでいた。体は引き裂かれるように痛いのに、ぎゅうっと抱き締められると心の中があたたかくて気持ち良い。 「痛くされたい?」  降ってくる嗜虐の声とは裏腹に、巧みな指先が乳首を柔く摘む。くにくにと捏ね回されてキスをされると、じんわりと甘い痺れが生まれて下半身の痛みを和らげていく。 「あっ⋯⋯っ⋯⋯」  ぐ、ぐっ、と奥までこじ開けられて下生えが当たると、ついに根元まで捩じ込まれた事が分かった。小さなベッドがぎしぎしと軋んで揺れて、二人が吐き出す息遣いが部屋に充満していく。 「んぅ⋯⋯っぁ、⋯⋯ぁっ⋯⋯」  髪を撫でられて、ちゅ、ちゅ、と体じゅうにキスをされた。腫れ上がった乳首をふにふにと食まれて、カウパーの止まらないペニスを緩く扱かれる。痛くしようだなんて微塵も思っていない手つきは、まるでリオに快感を覚えさせるように丁寧に愛撫を繰り返す。  好きだ。グレンが好きだ。  このまま本当にこの男のものになってしまいたい。この行為のあとも変わらず、身分の違いも越えて。  けれどきっとそれは出来ない。  グレンはきっと、この夜が明けたらここから出て行ってしまうだろう。もう二度とキスをすることも、こんなふうに体温を分かち合うこともなくなってしまう。  それなら、グレンの熱を一生忘れられないくらいに鮮烈に、この肌で覚えていたい。 「ん、はっ……、グレン⋯⋯、」  ゆらりと両手を伸ばした。腰を送りながら緩慢にリオのペニスを扱いていた手がゆっくりと止まる。 「どうした? ぎゅ?」 「⋯⋯ん、」 「いいけど⋯⋯そしたら、お前のちんこ擦ってやれないよ?」 「⋯⋯いいから⋯⋯、ぎゅってして⋯⋯」  は、と短く息で笑うグレンの仕草が好きだ。呆れたような笑みの中に、いつも優しさが混じっているから。  抱き締められるのを待っていると、背中の後ろに腕を差し込まれて抱き起こされた。グレンの腿の上に乗せられながらぎゅっと背中を抱き締められて、結合部が更に深く重なる。 「ぅ、あぁ⋯⋯っ」 「これでいい?」  硬く勃ち上がったペニスがずぷりと奥まで入り込む。そのまま下から突き上げられる腰に内壁をぐりぐりと抉られて、互いの腹の隙間に差し込まれた右手で剥き出しの亀頭をぬくぬくと扱かれた。同時に、ちょうどグレンの唇の位置にあった乳首を甘く吸われて、蕩けるような快感が極まっていく。 「あっあっ、ぁっ⋯⋯だめ、一緒にしちゃ、っ⋯⋯だめぇ……っ、」 「わがままばっかり」  すぐそばで肌に触れるグレンの息にすら感じてしまう。妄想の中でリオを手酷く抱くグレンとは、何もかもが違う。指先も、唇も、肌も、粘膜も、優しくて繊細で、まるで大切なものを扱うようで。違うと分かっているのに、愛されていると錯覚してしまう。 「気持ち良いな?リオ」 「ぅ、うんっ⋯⋯きもちぃ、きもちいっ⋯⋯」  ばちゅばちゅと激しい音を立てて腰を揺らすグレンの汗が、密着しているリオの肌に滲んだ。その眉根に快感を察して、体の中心の一番深いところから幸せが込み上げてくる。体内でグレンの熱を包んでいるのだと思うと、リオの小さな胸では受け止めきれないほどあたたかな感情が満ち溢れていく。  もうそれが幻でも愛でも何でも良い。この瞬間を、一秒たりとも忘れないように、脳に体に心に焼き付けたい。 「グレン、っ⋯⋯、んっ、ふっ⋯⋯、」  気が付けばグレンを抱き締めながら、彼の腿の上で自ら腰を揺らしてキスを求めていた。  ぐ、と腰を引き寄せられ、硬い雁首で前立腺を抉られる。不意に離れた唇が這うように首筋を伝い、甘く歯を立てられた刹那に、押し寄せた快楽の波がとうとう決壊する。 「んっ⋯⋯!ぁあっあっ⋯⋯!イ、ク⋯⋯ぅうっ!」  互いの腹にどぷどぷと白濁を散らして、全身の毛穴すらひとつ残らずどこもかしこも気持ち良い。きゅうぅと締まった尻の穴がグレンの形をはっきりと捉えて、浮き立つ血管の脈動すらリオを虜にしてしまう。 「あっぁっ、んん⋯⋯っ、グレン⋯⋯っ」  虚ろに目を合わせると、間近にあった瞳が細まる。  優しく背を抱かれたまま押し倒されるや否や、ぐい、と持ち上げられた太腿にグレンの親指が食い込んだ。律動が速くなって、息を詰めたグレンが己の快楽の為に腰を突き動かす。 「は、はぁっ……っ、あぁっ……!」  もう終わってしまうのかと思うとどうしようもなく切なくて、まだ離れたくなくて。絶頂寸前に腰を引いて外に出そうとしたグレンの背中を、ぎゅうぎゅうに抱き締めた。 「おい、リオ⋯⋯っ、」 「は、ぁっ⋯⋯抜く、な⋯⋯僕のなかで⋯⋯、果てろ⋯⋯、」    もうほとんど無意識で言っていた。体勢を崩したグレンの体ががくんとリオにのしかかる。グレンをもてなすように内部をきゅうーっと締めると、抱き締めた背中がどくんと一度大きく波打ったと同時、腹の奥が焼けるほどに熱くなって。 「んぁっ、ぁあぁ⋯⋯っ!」  中出しされることにすら感じ入って、自分でも泣いているのか喘いでいるのか分からない。しがみ付いてグレンの背中に縋ると、全身をきつく抱かれたまま腹の一番奥の奥に、熱い精をどくどくと注がれていく。これがセックスなんだと教え込まれているような感覚に、終わらない快感がからだ中を満たしていく。  熱くて、淫らで、濃密で、もう何も考えられない。結局この身に残っているのは底なしの快楽と、グレンという男に向けられた止まらない感情だけだった。 「お前は本当に、愛されるのが下手だな……リオ」  グレンが小さく囁いたけれど、リオの意識はそこでぷつりと途切れてしまった。 ◆  目を覚ますと、グレンは窓際に椅子を寄せて、白む空を見上げながら煙草を燻らせていた。リオは薄いシーツにくるまったまま、その黒髪が時に弱々しい朝の風に靡くのをぼんやりと眺めた。 「ねぇ、僕のこと利用したでしょ」  奴隷の首輪を外してもらう為に。そうして自由を手にするために。  リオの気持ちに勘付いていたグレンは、それを利用したのだろう。そうでなければ、あんなふうには男を抱けない。  ふっ、と煙を吐き出した唇が小さく微笑う。 「どうかなぁ」  グレンはこちらに背を向けたまま、吸いかけの煙草をもう一度口に運んだ。  体を重ねたくらいで心まで手に入れられるだなんて、少女のような事は思っていない。だから別に傷付いてもいない。世の中はこんなものだといつもどこかで諦めていたからなのか、リオの心は意外にも晴々としていた。 「ふーん⋯⋯」  はぁ、とため息をついてぽすんと枕に頭を乗せると、リオのこめかみに何かがこつんと当たった。ふと見るとシーツの一部がぼこりと盛り上がっている。  寝返りを打ってごそごそとそこを手で探ると、先日訪れた時に見かけた本が出てきた。以前見た時よりも読み進めたみたいで、ちょうど真ん中あたりに栞が挟まっている。  自分を丁寧に抱く男は一体何に興味があって、どんな本を読んでいるのだろう。そんな好奇心だけでページを捲った。ぱらぱら、と数ページ送ると、開きやすくなっていたのか栞の挟まったページがぱかりと見開かれた。 「⋯⋯!」  そこに挟まっていたのは、栞代わりにした一枚の写真だった。  写されていたのは、陽だまりの中で書斎机に頬杖をついて眠るリオの姿。いつだったか、グレンに撮られた時のことを記憶の隅に思い出す。 「この写真、いつの間に⋯⋯」  撮影した写真は全てリオの鍵のかかった引き出しへ保管されているのに。  そっと本を閉じて、それを元あったシーツの下へと戻した。  するりとベッドから飛び降りた時には、みるみる頬が緩んでいて。窓際の椅子に凭れかかって煙草を吸う男の首元に手を滑らせる。 「でも、逃してあげない。僕だけの奴隷クン」  小生意気な笑みを浮かべると、薄い朝の光に照らされたダークグレーの瞳が淡く瞬く。 「ふは、仰せのとおりに。ご主人」  手の中に潜ませていた錫の首輪を回して、かちゃりと錠をかけた。  くつくつと微笑う大きな喉仏の上に、ちょうど「私の主人はリオ」と刻印されたところが来るように。 end.

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