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第5話

 眼鏡くんは何人かの友達に連絡を取り、あの男の電話番号を手に入れる。あの男、好きな相手と連絡先の交換すらできていなかったのかと思うと情けなくてちょっと呆れる。  食事を取り、風呂に入り、眼鏡くんはいつもと同じ日常を送る。そして就寝前、スマホを手に取ってあの男の電話番号を入力し、逡巡する。意を決したように通話のボタンを押すと、呼び出しの音に心臓を高鳴らせて待つ。緊張が俺にまで伝わってきそうだ。 『もっ、もしもし、茅野?』  緊張してどもったあの男の声が電話越しに聞こえる。こちらから話しかけようとした眼鏡くんは名前を呼ばれて驚いたようだ。 「あれっ? 深海?」 『どうしたの? 俺の電話番号知ってたっけ?』  あの男も相当驚いてるようだ。あの男が眼鏡くんの番号をこっそり調べて登録していたのは明白だけれど……、眼鏡くんが驚いているから、何で名乗る前からこの電話が自分だと分かったかを教えてやれ。 「佐島に聞いて教えて貰ったんだけど……、急にごめん、あの、今話してもいい?」 『えっ、あっ、えっと……、うん』  控えめな眼鏡くんに比べて、あの男の動揺っぷりはどうだ。全く、いいのか悪いのかすらもわからない返答だ。 「あの……、変なこと聞くんだけど……、今日コートにチョコレートが入ってたんだけど、」 『えっ』 「……それって、深海の?」 『あっ、いや……、お、れじゃない……』  ──おいコラ、この期に及んでとぼけるつもりか!?  目の前にいたら、足の小指に本の一つでも落としてやるのに。電話越しの距離がもどかしい。 「リボン、深緑だった。包み紙は青い四つ葉の柄で、チョコは肉球の形。僕が犬飼ってる事知ってるの、しかも青いチャームの付いた深緑の首輪で、名前が『よつば』って知ってるの深海しかいない」  ──質素なチョコレートな割に、抜型とかラッピングにやたら拘ってると思ったら、そういう事か。やる事がいかにも乙女思考らしくて情けなさを通り越し、いっその事可愛らしく思えて来る。 「よつばがいなくなっちゃった時、一緒に探してくれたの凄く嬉しかった。だから、チョコレートくれたの深海だったらいいなって……」  電話の向こうで息を飲む気配がした。  ──眼鏡くんの方があの男よりよっぽど男前だ。ここまで来て白を切ったりするなよ! 決める所を決められなきゃ、好きな奴なんて手に入らない。 「ね、本当に深海じゃない?」 『あの、俺!』  話し出したのは同時だった。でも、男の勢いに押されて眼鏡くんが黙る。 『……、俺、茅野の事が好きだ』  ──よし! よく言った!! それでこそ男だ!  見えてはいないが、俺は大きなガッツポーズを作る。なんなら、逆転ゴールを決めたシューターのように部屋の中を飛び回る。嬉しい。あの男と一緒にいたのはわずかな時間なのに、こんなに嬉しい気持ちになるなんて驚きだ。  眼鏡くんはぽかんと呆けていて、それからあっという間に首まで赤くなった。 「ほんとに?」  震える指と、震える声でたずねる。 『チョコレート渡したの俺じゃないなんて言ってごめん。本当は俺からって言うのが怖くて……、コートに入れた後も逃げて帰っちゃったし……。格好悪いんだけど、本当に茅野の事好きで……』  ──その男の言う事は本当だ。友達と一緒に混ざって触れる事も出来ない程、眼鏡くんの事が好きなんだ。 「格好悪い事なんてない、深海は格好良い。──今も好きって言ってくれて嬉しい……、僕も、深海の事、好き……」  電話の向こうの気配を痛い程感じる。嬉しくて、信じられなくて、真っ赤な顔をして涙ぐんでいる。 『あ……りがとう。本当に? チョコに名前も書けなくても? 面と向かって告白できないヘタレでも?』 「今、言ってくれたじゃん。それに見付けたよ、名前書いてくれたでしょ」 『えっ……、あれ見つけたの?』 「うん」  見つからないと思ったのに、言えない言葉を『せめて届いて欲しい』と妹のおまじないをこっそり真似して書いたのに、まさか見られるなんて……と恥ずかしさに消えたくなっている男が見えるようだ。 『ごめん、それは忘れて……』 「忘れるわけない、嬉しかった」 『──あした、明日、告白やり直すから、もう一度チャンスを下さい』 「あ……、お願いします」  眼鏡くんは更に赤くなって返事を返す。 『……』 「……」  二人して畏まって押し黙る。 『……えっと、じゃあ明日……』 「うん」 『じゃ、今日はおやすみなさい』 「うん、また明日ね。おやすみなさい」  緊張で強張った手を何とか動かして電話を切る。  ──二人とも気恥ずかしさでぎこちないのが初々しくて、見ている俺が恥ずかしさで捩じ切れそうなんだが!  ああ、それでも良かった。まさか、眼鏡くんも好きでいてくれるなんて。男、本当に良かったなぁ。これで俺の肩の荷も下りた。  これからも、頑張るんだぞ。俺はもう一緒にはいられないかもしれないけど、眼鏡くんがラッピングに使われていた紙とリボンを丁寧にクリアファイルに挟んでくれているから、まだまだ消える事はないだろう。  眼鏡くん越しの報告、待ってるからな。

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