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第4話

 放課後、帰り支度をしてコートを着ると眼鏡くんは何か浮き立つような気がした。「なんだろう?」と違和感を感じながらも、特別変わった所はなくて首を傾げながら帰路に着く。俺はもうあの男から眼鏡の男子の手に渡ったので、今度からは眼鏡くんと呼ぶことにする。  あの男のポケットはチョコレートの他にも色々放り込まれるらしく、こちら側はチョコレート専用だったが、反対のポケットは消しゴムや飴、レシートなどなんだこれってものがひしめいていた。ついでにしょっちゅうポケットに手を突っ込んでいた。  それに引き換え、眼鏡くんはきちんと整理された机の中や制服そのままに、ポケットの中に余計な物はない。チョコレートの他には電車通学の定期入れのみ。その上ポケットに手を入れる習慣もないので干渉されずに居心地が良い。居心地は良いけれど、いつ見つけて貰えるのか分からなくて落ち着かない。  学校を出て真っ直ぐに駅に向かう。眼鏡くんはチョコレートの存在に全く気付かないまま駅に着き、改札を通るために定期を出そうとして初めてその存在に気付いた。立ち止まるわけにもいかず、改札を通ってからポケットの中のチョコレートと手に持った定期入れを交換する。  まじまじとチョコレートの包みを見つめ、それがバレンタインのチョコレートだと気付いてボッと顔が赤くなる。驚いた表情でアタフタと周りを見回す。 「えぇ……」  まさか、と呟いてまじまじとラッピングされた箱を見つめ、もう一度ポケットにそっと仕舞った。その一連の仕草が堪らなく可愛い。  ──可愛いな、おい。  俺はあの男の分身の様なものなので、眼鏡くんの一挙手一投足が可愛くて仕方ない。電車に乗る間、電車を降りて自宅まで歩く間、眼鏡くんは時折コートのポケットの上から触ってチョコレートの存在を確認している。  戸惑いながらも隠しきれない嬉しさが分かる。当然だ、生理的に嫌いでもない限りは、嫌われるより好かれる方が好きだろう。真っ直ぐ単純そうな眼鏡くんなら尚更だ。あの男からのチョコレートだと、眼鏡くんは気付くだろうか。気付いて欲しい。あの男は手紙を入れたりはしなかったけれど……、自分の告白の代わりに俺だけ渡して満足なんて、強がってるだけだ。  眼鏡くんは家に着くと、玄関にお出迎えをした小さな老犬に「ただいま」の挨拶をして急いで自室にこもる。そして、コートのポケットからチョコレートの包みを取り出した。  ブルーのクローバー柄の包み紙に深緑のリボン。本命チョコにしては小さいが、眼鏡くんは包みを持ち上げてまじまじと見つめる。それからリボンを外し、紙を破かないように注意しながらそっと包みを開ける。中には小さな箱。その箱を開けると犬の肉球型のチョコレートが2つ。  中のチョコレートを見て、眼鏡くんがもう一度ラッピングに使われた包み紙とリボンを見る。 「もしかして……」  眼鏡くんの口から独り言が零れた。慌てて箱からチョコレートを取り出し何かを探す。だけど何も見つからず、箱、リボン、包み紙とくまなく見ていく。 「違うのかな……、あった!」  半ば諦めかけた時、眼鏡くんの瞳がキラリと煌めいた。ブルーのクローバー柄の包み紙の隅、小さく、小さく書かれた文字。見つけられない事を前提に、だけど見つけて欲しいと書いた文字。  あの男、見かけに寄らずに乙女チックだとは思ったが……、まさかこんな所に気持ちを隠してあるなんて。 「イニシャルだけだけど……勘違いじゃ、ないよね……?」  煌めいた眼鏡くんの瞳がどんどん光を集めて、ついに涙になって零れ落ちる。ただ黙って涙を流す眼鏡くんに、あの男の想いが伝わる。  ──眼鏡くん、見つけてくれたぞ!  飛び上がって喜び、あの男へ念を送る。

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