1 / 40

第1話

 神童と呼ばれていた小鳥遊しろ(たかなししろ)が原因不明の病に罹ったのは、数えで十二歳を迎えた冬のことだった。  色々な医者に診せたが原因はわからず、次第に走るのはおろか歩くことすらままならなくなり、衰弱していくばかりだった。  始終空咳をして、すぐに息が上がってしまう。父親の小鳥遊銀有(たかなしぎんゆう)はやり手の豪商で、若い頃は首都で派手に商売をしていたらしいが、一度手酷く失敗した関係で、都落ちのようにこの小さな山間の郷に居を構え、もう十数年になろうとしていた。絹を扱う商売は面白いほど早く軌道に乗り、大したものだと言われる反面、郷では風変わりなお偉いさんだと少し遠巻きにされているところがあったようだ。  しかし銀有はそんな些細なことを気にする繊細な神経は持ち合わせておらず、郷の祭りにも毎年巨額の寄付をするため、この界隈ではしろは「小鳥遊のお坊ちゃん」と呼ばれ、親しまれていた。  そのしろが原因不明の病だと知れると、郷の人々は昔の悪行が祟ったのだと噂をしたが、当の銀有が迷信の類を頭から否定する性質だったので、絹の流通で稼いだ金にものを言わせて、高名な医者を招いたり、最新式の医療を提供する近隣の町まで息子のしろを連れて行ったりしたが、どうにも結果は良くなかった。  全く治る気配がないまま、十二歳で病んだしろが十五歳を迎えた頃、郷に薬師が現れた。  聞けば薬師は息子をひとり連れており、視力に難があるらしかったが、良く効く薬を調合するというので、巷で評判になっていた。巷といえど、実は街々の妓楼を渡り歩いているとの噂で、本来ならばこんな山間にまで脚を伸ばさないのだが、どこからか噂を聞きつけた銀有がつてを辿ってその薬師親子を迎えたことは、すぐに新しい噂となった。  何事につけのめり込む性質の銀有は、その頃、しろの治療に躍起になっており、一縷の望みを託し、しろを薬師親子に診せる決心をしたらしかった。  薬師は名を涼架一之介(すずかいちのすけ)といい、息子は名を琅一(ろういち)といった。

ともだちにシェアしよう!