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第40話

 ふと目を開けると、隣りに琅一がいた。  同じ布団の中で目覚め、温もりが心地よい。しろは軋む身体をどうにか起こして、眠っている琅一の顔を見た。あどけなく開かれた唇に指先を伸ばすが、触れることができず、途中でぎゅ、と手を握った。  生成された花びらを煎じたものを飲んでいる他にも、雫も取り入れているので、体調はだいぶ良かった。夜毎に多少の無理を強いられても、翌朝に残るのは、今のところ健全な節々のがたつきだけだ。咳をすることも、最近では忘れていることが多い。  蚊帳の外から、初夏の曙の芳しい香りが風に乗って流れてくる。深呼吸をすると、太陽の匂いとともに、こほっと咳の名残りのようなものが出て、琅一に振動が伝わってしまうのを、しろは危惧した。 「……琅一」  そっと愛しい人の名前を呼ぶ。  すると、焦点の合わない目で、琅一がしろを見た。 「……しろ」  闇色の眸が柔らかく変化するのを見るのが、しろは好きだった。琅一は意識が戻ると探る手でしろの腰を抱いた。まるで自分だけのお気に入りの玩具を与えられ、独り占めする子どものような仕草は、いつ見ても胸を打たれる。 「今日は早いな」 「うん。琅一が手加減してくれたから、起きられる」  琅一の手が伸びて、しろの頬に触れる。ぱらぱらと花びらが散って、甘い表情に変わるのが、しろにもわかる。今日は月に一度の休みの日だと思い出したらしく、しろの方に半分だけ寝返りを打ち、その手を床の中へと引き入れるようにして、誘う。  しろもまた、昨夜の交合から一日も経っていないというのに、身体が甘く疼くのを止められなかった。  琅一がしたいと望むように、しろも足りない。むしろ、日を追うごとに琅一を好きな気持ちが更新されていくのが、初めての体験で、少しくすぐったいほどだ。 「ん……」  くちづけを、しろからすることも増えてきた。こんなに淫らにされてしまって、どうしようと思う時もたまにあるが、琅一が許してくれるなら、それでいいのではないかと思うように、しろはなっている。  くちづけの合間に、琅一が言った。 「そうだ、しろ。そこの箪笥の左上の抽斗を開けてみてくれ」 「左上?」  座敷にのべられた布団の他に、長持と箪笥があるぐらいの殺風景な部屋である。しろが起き上がって抽斗を開けると、一枚の紙が丸められて入っていた。他には細々としたしろの身の回りのものが入れてあるが、この紙には見覚えがない。  手に取り、開くと、「あっ」としろは声を上げた。 「代筆業営業許可証、……っこれって」 「手に入れるのに、少し時間がかかったが、できるか?」  布団の上に胡座をかいた琅一を振り返ると、照れくさそうに後頭部をかいていた。 「いいの?」 「仕事がしたいと言っていただろ。薬屋で働くのもいいが、どうせなら一国一城の主になれ。薬屋の暖簾の脇に看板を出させるから、やってみるといい」  これで琅一と対等とまではいかないにしても、自立するための一歩を踏み出せる。しろは胸がいっぱいになり、くしゃりと顔を歪ませて礼を言った。 「ありがとう、琅一。おれ、頑張る」 「あまり頑張りすぎるなと言いたいところだが、好きにやるといい。応援する」  布団の上にいる琅一の前に座ると、しろはぺこんと頭を下げた。 「本当にありがとう。嬉しい」 「お前の字はきれいだから、きっと客がつく」 「うん」 「──でも、忙しくなっても、俺の相手もしてくれ」  はにかみながら言う琅一に、しろは静かに笑んでいざり寄った。琅一の手を取ると、かさりと大量の花びらが散る。 「するよ。もちろん。おれの琅一だもの」  膝立ちのしろの身体を引き寄せると、琅一は額と額をくっつけた。そのまま柔らかく髪を梳くと、ぱらぱらと白い花が落ちかかる。 「そうと決まったら、まずは俺に恋文をくれ。お代は払う」 「えっ」 「しろの想いの丈が知りたい」 「ろ、琅一の想いをおれが代筆するんじゃないの?」 「そこは見本が欲しいところだな」 「ええっ、ずるいっ」  琅一が身体を入れ替えると、くすくすと笑いながら二人で布団の上を転がった。  抱き合う肌と肌の間から、白い花が次々にこぼれ咲く。  今朝も、褥は真っ白な花であふれていた。  =終=

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