40 / 40
第40話
ふと目を開けると、隣りに琅一がいた。
同じ布団の中で目覚め、温もりが心地よい。しろは軋む身体をどうにか起こして、眠っている琅一の顔を見た。あどけなく開かれた唇に指先を伸ばすが、触れることができず、途中でぎゅ、と手を握った。
生成された花びらを煎じたものを飲んでいる他にも、雫も取り入れているので、体調はだいぶ良かった。夜毎に多少の無理を強いられても、翌朝に残るのは、今のところ健全な節々のがたつきだけだ。咳をすることも、最近では忘れていることが多い。
蚊帳の外から、初夏の曙の芳しい香りが風に乗って流れてくる。深呼吸をすると、太陽の匂いとともに、こほっと咳の名残りのようなものが出て、琅一に振動が伝わってしまうのを、しろは危惧した。
「……琅一」
そっと愛しい人の名前を呼ぶ。
すると、焦点の合わない目で、琅一がしろを見た。
「……しろ」
闇色の眸が柔らかく変化するのを見るのが、しろは好きだった。琅一は意識が戻ると探る手でしろの腰を抱いた。まるで自分だけのお気に入りの玩具を与えられ、独り占めする子どものような仕草は、いつ見ても胸を打たれる。
「今日は早いな」
「うん。琅一が手加減してくれたから、起きられる」
琅一の手が伸びて、しろの頬に触れる。ぱらぱらと花びらが散って、甘い表情に変わるのが、しろにもわかる。今日は月に一度の休みの日だと思い出したらしく、しろの方に半分だけ寝返りを打ち、その手を床の中へと引き入れるようにして、誘う。
しろもまた、昨夜の交合から一日も経っていないというのに、身体が甘く疼くのを止められなかった。
琅一がしたいと望むように、しろも足りない。むしろ、日を追うごとに琅一を好きな気持ちが更新されていくのが、初めての体験で、少しくすぐったいほどだ。
「ん……」
くちづけを、しろからすることも増えてきた。こんなに淫らにされてしまって、どうしようと思う時もたまにあるが、琅一が許してくれるなら、それでいいのではないかと思うように、しろはなっている。
くちづけの合間に、琅一が言った。
「そうだ、しろ。そこの箪笥の左上の抽斗を開けてみてくれ」
「左上?」
座敷にのべられた布団の他に、長持と箪笥があるぐらいの殺風景な部屋である。しろが起き上がって抽斗を開けると、一枚の紙が丸められて入っていた。他には細々としたしろの身の回りのものが入れてあるが、この紙には見覚えがない。
手に取り、開くと、「あっ」としろは声を上げた。
「代筆業営業許可証、……っこれって」
「手に入れるのに、少し時間がかかったが、できるか?」
布団の上に胡座をかいた琅一を振り返ると、照れくさそうに後頭部をかいていた。
「いいの?」
「仕事がしたいと言っていただろ。薬屋で働くのもいいが、どうせなら一国一城の主になれ。薬屋の暖簾の脇に看板を出させるから、やってみるといい」
これで琅一と対等とまではいかないにしても、自立するための一歩を踏み出せる。しろは胸がいっぱいになり、くしゃりと顔を歪ませて礼を言った。
「ありがとう、琅一。おれ、頑張る」
「あまり頑張りすぎるなと言いたいところだが、好きにやるといい。応援する」
布団の上にいる琅一の前に座ると、しろはぺこんと頭を下げた。
「本当にありがとう。嬉しい」
「お前の字はきれいだから、きっと客がつく」
「うん」
「──でも、忙しくなっても、俺の相手もしてくれ」
はにかみながら言う琅一に、しろは静かに笑んでいざり寄った。琅一の手を取ると、かさりと大量の花びらが散る。
「するよ。もちろん。おれの琅一だもの」
膝立ちのしろの身体を引き寄せると、琅一は額と額をくっつけた。そのまま柔らかく髪を梳くと、ぱらぱらと白い花が落ちかかる。
「そうと決まったら、まずは俺に恋文をくれ。お代は払う」
「えっ」
「しろの想いの丈が知りたい」
「ろ、琅一の想いをおれが代筆するんじゃないの?」
「そこは見本が欲しいところだな」
「ええっ、ずるいっ」
琅一が身体を入れ替えると、くすくすと笑いながら二人で布団の上を転がった。
抱き合う肌と肌の間から、白い花が次々にこぼれ咲く。
今朝も、褥は真っ白な花であふれていた。
=終=
ともだちにシェアしよう!