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(この……っ!)  なにをするんだ、と言おうとした。  しかし驚く間もなく手を握られ、跪くニューイに見上げられ、懇願される。 「ねぇ、九蔵、私と結婚しよう?」 「っな……っ」  ビクッ、と肩が跳ねた。 「もういいだろう? 私と結婚して悪魔の世界で暮らせば、アルバイトになんて行かなくていいんだ。また(・・)ずっと二人でいられる。私にその魂を渡して……? 私と契ろう……?」 「な、なに、言って」  澄んだルビーの双眸で訴えるニューイ。  握られた手が、九蔵の思考力を削ぐ。 「ね? そうしよう? 私の屋敷に行けば、いつまでも昔みたいに二人で話ができる。ほら、またキミを抱いて空を飛ぼう? 仕事ではなく、キミの行きたいところへ。本を読もう? キミの好きな本は、全て置いてあるのだ。キミの欲しいものはなんだって手に入れてみせる。悪魔は人間にとって恐ろしいかもしれないが、ポンコツなりに私は他の悪魔を退ける術は持っているから、きっと守る。だから、ほら、ね?」  勝手なことを言われている。  それは間違いないのに、すぐには反論できなかった。ニューイの声があまりにも真摯で、読み解けない混沌とした感情を内包していたからだ。 (ニューイ……? なんか、変……ってか、マズくねぇか……っ?) 「あの世界は、一人じゃ広すぎる……」 「……っ……離せ、よ」  これ以上様子のおかしいニューイを見ていられなくて、九蔵はキツく目を閉じた。それでも彼の耳心地のいいたおやかな声は、容赦なく九蔵の脳を揺さぶる。 「九蔵……っ九蔵……っ」 「や、待て、落ち着けって、な?」 「嫌だ、もうキミと離れたくない……っキミがどうやら私と性格が合わないと思っていることはわかるが、なればこそ共に歩み寄るべきだ……っ! お願いだからもっと私を見ておくれ……っ!」 「そっ、れは、無理だろ? てか俺もう、バイト行かねぇと……だから、そういう話は、あとにしよう」 「嫌だ! 嫌だ、嫌だよ、もう嫌だっ。わかっただろう? 私には人間生活など向いていないっ。置いていったってお留守番なんか、私はじょうずにできないっ!」  一生懸命な声を、聞かせないでくれ。  脳を揺さぶられながらも、九蔵はなるべく冷静に、穏やかに、威圧しないように和平を申し入れたつもりだった。  だけどニューイは堰を切っている。  九蔵の和平は聞き入れず、徹底交戦を申し入れて、九蔵の心を爆撃する。 「私には、キミがわからない!」 「っ」 「私はキミだけが好きなのだ! ソージキやセンタクキは嫌いなのだ! 人間の世界にいたいわけじゃなくて、キミのそばにいたいだけなのだ! 知らないことだらけの場所に置いていかれてキミに見てももらえないのは、寂しい! 私は寂しい! 私はキミだけが唯一無二の必要不可欠な存在なのだ! ほら、私はシンプルでわかりやすく伝えているっ。だからキミだけには、私を……っ」  矢継ぎ早に気持ちを投げて、必死に縋りつくニューイ。──もう、限界だ。 「いい加減にしろっ!」 「ッ!」  九蔵はカッ! と頭に血がのぼり、ついに声を荒らげてしまった。  ギロリと無言で睨む。それほど、ニューイの言い分が聞くに耐えなかったのだ。  普段は叱る時ですらあまり大きな声を出さない九蔵に突然怒鳴られたニューイは、目を見開き、驚いた。  数秒、震える。  そして切なげに、ゆっくり、クシャ、と表情をひしゃげさせる。 「だって……やっとまたキミと出逢えたのに……これじゃ、片想いだ……」 「──……っ」 (なん、だよ、それ)  そんなニューイの掠れた声に、脳が揺さぶられすぎて、吐き気がしそうなほど熱いマグマがふつふつと湧き上がった。

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