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 これでもまだギリギリで我慢していたのだ。これ以上は怒鳴らないよう、堰を握って抑えていた。  やめてくれよ、と胸中で呟く。  ──好きで転生したわけじゃねぇのに、俺が悪いのかよ、アホ。 「ならこんな魂なんか諦めて、さっさとお前を愛してくれる人間を探してこい!」  気がつけばもう、爆ぜていた。  湧き上がるマグマにそのやるせない感情が混ざり、下腹部の底から喉奥を抉り、嘔吐するように叫んでいた。  感情を言葉にすると、唇を噤むことは途端に難しくなるのだ。 「魂とか言われても俺にはわかんねぇし俺を好きだっていう意味が納得できないっ! 無理だって言ってんだからさっさと捨てちまえってのにワガママ言って、俺を困らせてどうしてぇんだっ? こんな俺が嫌ならやめればいいだろっ? 俺が頼んでここにいさせてるわけじゃない。勝手に尽くして、勝手で……っそう、そうお前は、勝手だっ! 勝手すぎる! 俺に死んだ責任をなすりつけて、俺を魂の名前で、勝手にコントロールしようとしてる!」  九蔵は絞り出すように叫んだ。自分の慟哭にニューイが震えようが関係ない。  一度噴火したマグマは止まらず、触れるものを全て焼くようなトゲをつけて相手を呑み込む。 「もっと話がしたいとか見てほしいとか距離詰めたいとか、俺に望むな! 俺はそもそもっ、他人がいると──疲れるんだよッ!」 「ッ……!」  そうして九蔵がトゲを吐ききると、室内は水を打ったようにシン……と静まり返った。  噴火のあとは常に悲惨だ。  二人の間に気まずいわだかまりを残して、焼け落ちた平穏の残滓が漂う。  たいそう驚いた表情のまま硬直し、死にそうな目でこちらを見ているニューイ。 「っあ……」  我に返った九蔵は、サァ、と血の気が引いた。  ああ最悪だ。やってしまった。顔も頭も熱く冷たい。時間よ戻れと切に祈るが、戻ったことはただの一度もない。 「……ぅ、ん……」  後悔と絶望に染まる視線の先で、ニューイは静かにそれらを受け止め、震えた。  彼の震えが手を伝って九蔵に伝わる。  その振動が、心臓にまで達した。 「確かに私は、無理なワガママを言った。それは私が悪かった。すまない。もう言わないぞ。……ただ」 「……っ……」 「そんなに突き放されると、悪魔だって嫌な気分になるし、とても……悲しいのだよ」  トン、と唇にニューイの指先が触れる。  切なげな声とともにカサついた表面を微かになで、いとけなく離れた。  離れた指先を見たくない。  九蔵は顔を伏せる。  自分の感情を多く吐き出した時、九蔵はいつだって大きな後悔に囚われ、独りよがりな臆病風に吹かれてしまう。  自分の内側が煤けている自覚があるから、それを聞いた相手と二度と顔を合わせたくないという思いで脳を埋め尽くされた。  今回も、それだ。全て吐き出しきった時は脳裏で警鐘が鳴ったことに気がついたのに、それを無視して叫んだ九蔵に後悔が襲う。  九蔵は掴まれた腕をよじって静かに振り払い、ニューイの隣をスッと通り過ぎてなるべく日常的に玄関へ向かった。 「……言いすぎた。悪い。俺が悪かった」 「…………」 「ただ、こうなるとお互いいいことねーだろ? ……そういうことなんだから、本気で、俺の魂なんか、諦めたほうがいいと思うぜ」  心の摩擦なんて嫌いだ。  そうするなら摩擦する心ごと相手がいないほうがずいぶんマシだ。  振り向くこともできなくなる。なにも悪くない相手に悲しい顔なんてさせたくないから、もがいていたはずだった。  けれど──……誰かを傷つけた時。誰かに傷つけられた時。  そういうトラブルが起きた時は、言葉もなくただ全てを受け入れて、せめてその場から消える。逃げ出す(・・・・)。  あの日から、九蔵は酷い臆病者になってしまった。そんな自分が大嫌いなのに、相変わらずそのまま、今日も部屋を出る。  パタン、とドアが閉まった。

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