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そして悪魔にはみな、生まれ持った能力がある。ニューイがこれまで特に説明しなかったくらい悪魔の間では当然のことであった。
悪魔の本分は、人間の堕落。
捕食する時、人間にはわからない香りやフェロモンのようなもので、人間を堕落させようと誘惑してしまう。
「ということで……九蔵が理性を失うのは当たり前で、人間誰しもである。そしてオカワリを要求したのは、たぶん空腹だった私が誘惑してしまったからだ。誘惑されると発情しやすくなるし、私が魅力的に見えるようになる」
「なるほど。そうだったのな」
事の次第を聞き終えた九蔵は、盛大に胸をなでおろした。
自分の感度がおかしくなったわけでも他人に体の中を触られて興奮するフェチがあるわけでもなかったらしい。
ホッと気が楽になった九蔵はエプロンを脱ぎ、ちゃぶ台の前に座る。
説明が長かったため手持ち無沙汰で、朝食を作っていた。
今朝のメニューは冷凍ご飯にインスタントみそ汁。そして玉子焼き。
歩み寄ることを忘れちゃいない。
食事はきっかけにちょうどいい。なので、朝もちゃんと二人で食べようという試みだ。
しゅんとしていたニューイも目を輝かせ、待てを言いつけられた子犬のようにじっと玉子焼きを見つめている。
「じゃ、あとの話は食べながら」
「い、いた?」
「だきます」
「いただきます、なのだっ」
「おう……もはや朝日より眩しいわ……」
二ヘラ〜っと眩い笑顔でスプーンを手に持つニューイに、九蔵はやはり釈迦フェイスで悟った。
イケメンがいると健康になる。
食欲のない朝もオカズになる。
万能調味料、イケメン。
「で、話戻すけど……」
「んぐぅ」
「流石にあれは恥ずかしいから、俺を誘惑はあんまりしねーでな。他の人にもあんましねーほうがいいぜ? お前の顔じゃ、痴情がもつれると死人が出る」
「むっ……人間の世界も危険であるな……迂闊に九蔵を外へやりたくないぞ……やはりアルバイトはやめにしよう……」
「そういう話じゃありません。誘惑しないでほしいんですよ」
「んむ。誘惑しないというのは難しい」
「は? なんでだ?」
ズズ、とみそ汁をすする九蔵が首を傾げると、玉子焼きを飲み込んだニューイはキューンと見えない犬耳の幻覚を垂れさせた。
かわいい顔はやめてくれ。魔が差す。
ニューイは味の悪いガムを咀嚼する様子で、言葉を続ける。
「空腹になると、勝手に餌を求めて人間を惑わせて惹きつけてしまう」
「ま゛」
喉から濁点のついた声が出た。
腹が減ったら即誘惑。ハンターか。頬が引き攣る。けれど……あんな気分にさせられたのは昨夜が初めてだ。
それについて尋ねると、ニューイは「夜毎九蔵の眠気を啜っていた。それから魂に触れて、少しだけ性気も」と白状した。
ニューイ曰く眠っている相手なら睡眠欲を頂けるし、少し感じるくらいでも性欲を貰うこともできるそうだ。
ただ睡眠欲は多く奪うと対象が不眠になり、体を壊す。食欲もしかりだ。
性欲は、相手の意識がないと感じにくいので質も味もずいぶん落ちる。
粗悪なものでは腹がふくれない。しかし人間の食べ物は味を感じるが、エネルギーにはならない。
悪魔も食べなければ弱ってしまう。
九蔵が眠っている夜中に起き、忍んでいたのはそういうわけだ。
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