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哀し気な表情をしている彼は、あれから何度もうまい屋に足を運んでいるあの銀髪プリンスだ。
日の光どころか書店の蛍光灯の明かりすらエフェクトがごとく身にまとう、あの銀髪プリンスだ。
九蔵は反射的に聞き耳を立てた。メンクイの条件反射だ。
盗み見ると不審がられるしイケメンには認知されたくないため、耳だけに集中する。声だけでも摂取したい。
「大変申し訳ございません。この作品は今とても人気ですので、特装版は他店にも在庫がないんですよ。ご予約いただいたぶんで完売しておりますので……」
「そうですか……どうしても欲しかったんですが……〝世界一かっこいいハゲ親父たちの世紀末〟……」
「恐れ入ります……」
(セカハゲッッ!!)
九蔵はギュッ、と手に持っていた袋を握り締めた。
──世界一かっこいいハゲ親父たちの世紀末。通称セカハゲ。
今大人気の作品だ。
プリンスが求める特装版は、なんの因果か今しがた受け取ったものだった。
頭皮の薄さがバッドステータスにならないくらい親父たちがイケオジなのである。
(どっどうすりゃいいんだ……! プリンスな上に同志だぞ……っ! これがナスなら貸せるけど、俺が一方的に知ってる相手だから声かけたら気持ち悪がられるだろうし……っ! でも困ってんだよなぁ……せ、せめて俺の近所の小さい本屋ならまだ特装版売れてねぇかもしんねーってことだけでも伝えたい……っ! がっ、俺のコミュ力じゃ無理だ……っ!)
九蔵はレジと出入口の間で一人立ち尽くし、スマホをいじっているフリをしながら内心で転げまわった。
豪胆な澄央なら必ず声をかけるし、チャンスと見てナンパするかもしれない。
ニューイならなんの臆面もなく本を差し出し、バイト先を告げて「気が向いた時に返してくれればいいのだよ」と微笑むだろう。
しかし九蔵は九蔵なのだ。
個々残さんちの九蔵くんなのだ。
「いいえ、こちらこそ申し訳ない。探してくれてありがとうございました」
素知らぬ顔だけは得意なだけの九蔵にはどうすることもできす、プリンスはニコリと美しい笑顔で店員にお礼を言い、出口に向かって歩き出した。
(あぁぁ……っ!)
困っている同志を見捨ててしまった九蔵は、素知らぬ顔の下で項垂れる。
いつもそうだ。
ここぞという時に声が出ない。
昔働いていた会社でも陰で助けることしかできず、明るくて人付き合いが上手い同僚に出し抜かれてあしざまに言われてしまった。
それの反論もうまくできず、噂に焼かれて退職。自分の意見を言うことや他人と話をすることに疲れたのだ。
再就職せず貯金を増やしながらしばらくフリーターをしている理由は、その忌避感にある。休養中。
そういう陳腐な過去だ。
誰にでもあるだろう。
もちろん今は特に悲しんでいたり引きずっていたりはしないが、それによって露呈した自分の弱点に気落ちする。
けれど文句ではなく人助けをしようという時も、声が出ない。
九蔵は自分のそういうところが嫌いだ。
過去や経験のせいなんかじゃなく、本気でどうにかしようとしなかったせいだとわかっているので嫌いだ。
なんだかんだで、話しかけて嫌がられるのが怖いからなにもしないほうが楽だと甘んじている。
心ないようで、罪悪感。
こういう時はいつも自分を恥じ、九蔵の肩はいくぶん丸くなるのだ。
「社会はほんの少しの勇気の連鎖でできている……けど、俺の勇気は含まれねぇんだ……」
愛と勇気すら友達ではなかった九蔵は、スマホをポケットにしまい、すごすごと出口に向かって歩く。
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