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──その日の夕方。
九蔵のあがり時間が近づいていた頃に、うまい屋の自動ドアがウィンと開いた。
「いらっしゃいませー」
「いらっしゃ、……いませー」
「あっ」
そこにいたのは、今朝ぶりの銀髪イケメンことプリンスだ。
まさか当日に職場で会うことになるとは思わず、気まずい気分になる。
しかしプリンスは厨房から少し間のある挨拶をした九蔵に気づいたようで、パァ、と眩い笑顔を浮かべてこちらにやってきた。
「ははっ。二回目だな。一日で二回も出会うなんて、ちょっとした運命な気がする」
「俺もこうなるとは……すごい偶然ですね」
「あぁ。なんというか、嬉しいな……! 次に会ったら必ず君に名前を聞こうと決めていたんだ」
お茶を用意していた接客担当の澄央が、どういうことだ? とでも言いたげな目でこちらを見ている。
完全に偶然だった、と目で訴え返すが、通じている気がしない。
かと言ってプリンスを追い返すこともできないので、九蔵は視線をうろつかせながら接客ブースに出る。
こんなイケメン、しかも性格がよくて人当たりもいいイケメンに認知されるとは、自分が話しかけたなりゆきとはいえ、背中がかゆくなる気分だ。
そろそろあがる時間になるしプリンスの他に客がいないので、九蔵は澄央に断って話をすることにした。
なぜか澄央は姑のような目つきで腕を組んでプリンスを見ているのだが、理由はよくわからないので気にせずにおく。
「俺は桜庭 優人 。君は……ココ、ザン?」
「個々残 九蔵です」
「個々残くんか。ああ、ええと、俺に対しても楽に話していいから、九蔵くんと呼んでもいいかな?」
「はい、や、あぁ。桜庭さん」
「優人でいいのに」
「うっ、いや、じゃあ桜庭って呼ぶわな」
「まあ、それでも構わないよ」
少し拗ねたような表情に、胸を押さえかけて制服の黒いスラックスを握る。自然に名前呼びを許してしまったし、九蔵もさせられかけた。これがイケメンマジックだ。
「んんっ。桜庭、本は買えたか?」
「それが本屋は見つけたんだけど、朝から俺と同じ理由で訪れた人たちに売れてしまっていたんだ。せっかく教えてもらったのに申し訳ない……」
「そっか……俺は全然いいよ。でも、まぁ……よかったら俺の特典小冊子、貸そうか?」
「えっいいのか……!?」
コクリと頷くと桜庭は九蔵を拝みそうな勢いで感謝し、連絡先の交換を申し出た。
九蔵は休憩室から今朝買った本とスマホを持ち出し、それを手渡す。連絡先も交換した。
「今すぐこの本が読みたいし仕事の邪魔しちゃ悪いから、今日は帰るよ。また連絡するから、このお礼はその時にね。セカハゲの感想も話し合おう」
「あっ? あぁ、わかった」
「ははっ。じゃあね、九蔵」
そう言って、桜庭は颯爽と店から出て行った。春の嵐といった具合の男だ。
澄央と九蔵の反射的な「ありがとうございました~」だけが、お客のいなくなった店内に響く。
取り残された九蔵に、澄央が待ってました! とばかりの勇み足で、真顔のまま近づいてきた。
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