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それからしばらくして、ニューイがお弁当を食べ終わった頃だ。
「そういえば、この遊園地にはとあるジンクスがあるのだよ」
「ジンクス?」
首を傾げる。
空の重箱を片付けていた手を止めて振り向くと、レジャーシートを畳みながらニューイは頷いた。
やけにもじもじしている。
恥ずかしいジンクスなのだろうか。
先を促すと畳んだレジャーシートで口元を隠し、大きな体を気持ち縮こまらせて見つめられる。いちいち仕草がかわいい悪魔だ。
「し……城の主を倒して恋しい相手にプロポーズすると、必ず、成功するらしい……っ」
そう言い切ると、ニューイはぽっぽと頬を赤らめた。
「あ、あー……」
だが九蔵は嫌な予感がして言葉に詰まる。
この先の展開は、わからなくもなかった。だからこそ視線を逸らして、返答から逃げる。
できれば答えたくない。
「それでな、九蔵」
「おー」
「私はポンコツ悪魔だから、どういう呪いが働いてそういうジンクスがまかり通っているのか、見当がつかないのだ」
「おー……」
それでも九蔵はなにも気づいていない鈍感を装って、不愛想な顔をした。
曖昧な笑顔ではバレてしまう。
ニューイがきちんとこちらを見て大切にしてくれているからこそ、指先が震えるのだ。
「だからね」
言いざま、ニューイは荷物の中にレジャーシートをしまいこみ、九蔵の手から荷物をそっと奪って二つ分を背負った。
咄嗟に遠慮しようとしたが、声を発する前に、頬を赤らめたニューイがニヘラと笑いかける。
「私がラスボスを倒すことができたら、このジンクスが本当かどうか……九蔵が教えてくれないかい?」
ああ──言われてしまった。
九蔵は硬直し、眉間にぎゅっとシワを作った。
ニューイの言葉の意味は、〝この遊園地をクリアしたらキミにプロポーズするので、返事を聞かせておくれ〟ということだ。
突然アプローチをすると叱られる。
九蔵が困ると知っている。
故に事前に許可をとろう。でも直接的に言うとバッサリ切られるかもしれないので、遠回しにこそーっと。
どうせそういう考えだろう。
つまり九蔵は、これに頷けば、好きな相手から告白される。
「…………」
だからこそ、言葉に詰まった。
悲壮なんて欠片もない。
真っ直ぐに恋をするニューイ。
彼と自分の心は、違うからだ。
笑顔で誤魔化すことが板に付いてきただけで、本当の心は……違うからだ。
(お前は、今でもイチルを愛しているくせに……俺に、プロポーズをするんだな……)
喉の奥が痛かった。まるで未亡人と不倫をしているみたいだ。だってニューイは、今もイチルを愛している。
痛いくらいにわかっていた。
彼のあんな顔を見て、声で聞かせられて、美しい心が見えないほど盲目じゃない。
それじゃあ、自分は?
自分はなぜ、プロポーズをされる?
この問いに、恋に浮かれて舞い上がった頭で頷いてしまったら、自分はもう転生することもなく悪魔の世界でニューイと生きていく。
自覚なんて、なかった。
別物だとわかっていてもいなくても、ニューイはイチルを愛している。
もし九蔵が今、ニューイに好きだと愛を告げても、ニューイは笑って九蔵を愛していると言いながら、心はもうイチルに捧げてしまっているのだ。
だから、プロポーズなんてしてほしくない。
九蔵が顔を上げると、ニューイは逸らすことなくひたむきにこちらを見つめていた。桃色の頬や熱い視線が、恋をしていると語っている。
「いいかな……」
緊張した面持ちで尋ねるニューイ。
──バカ、いいわけないだろ。
耐えられるわけねぇんだから。
結婚しても、俺はお前と、片想い。
契っていながら──……永遠に。お前は俺に、恋をしない。
俺自身は、愛されねぇんだ。
「……いいよ」
わかっていても頷いてしまうほど、愛しい悪魔の笑顔が眩しくて、恋しくて……九蔵はほんの少しだけ、泣きたくなった。
どこかの誰かが言っていた与太話を、今になって思い出す。
〝幸〟から一を引くと〝辛〟となるのだ、という言葉遊び。
その意味が、よくわかる。
嫌になるほど、よくわかる。
個々残 九蔵は、イチルの残りカス。
「その代わり……ちゃんと、俺の名前を呼んでくれよな」
彼の幸せな恋から一が引かれて残った自分は、恋が辛くて、笑ってしまった。
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